↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、乙女ゲームのヒロインでした  作者: 国枝 彩乃
修行編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/35

契約と三階の秘密

 その夜から『伝達物質総合図鑑』を読み始め、浮かんだ疑問は図書館で調べるようになった。帰宅して父が帰るまでは回路ペンの練習。夕食後はまた図鑑に戻る。伝達物質の面白さに夢中になった。原料の採取、加工、抽出方法、溶液の配合。濃度。微妙な差で作用が変わる。そして『王家の森』。全ての伝達物質は『王家の森』でしか採取できない。王城の背後から、古代遺跡を取り囲むように続く広大な森。入れるのは研究所で働く職員と研究者のみ。

 本を閉じて灯りを消し、目を閉じた。ハイレーナの想像の森は神秘に満ちていた。火の伝達物質、カルネアの赤い花が咲き、風のシルファの白い花が揺れている。

「いつか見てみたい……」

 休館日以外は毎日図書館へ通っている。その日、一番奥の書架を眺めていると、一角が『ヴァロネス博士』に割かれていた。ハロルドの著書、論文のまとめ、そして、別の研究者が書いた父の本。

「『ヴァロネス博士の軌跡』か……」

 その話をエルヴァにすると、「地下室にはヴァロネス博士の論文を集めた部屋がございますよ」と言われて驚いた。

「研究者と学生専用なので、ハイレーナ様をお連れすることはできませんが」

 ため息が出た。

 

 次の休館日。ヴァロネス邸のサロンには、トニス、ハロルド、オットー、ハイレーナが揃った。オットーの補佐官が数枚に及ぶ契約書を配布し、ハロルドとトニスが丁寧に読み込んでいる。ハイレーナも最初は読んでみたが、よくわからない言葉が並んでいたので早々に諦めた。ハロルドとトニスの質問に答える補佐官を眺めていると、オットーと目が合った。

「大丈夫だよ。不備も不正もないから」

「うん……ラナスの方はいいの?」

 ハイレーナの問いにオットーは苦笑いした。

「まあ、ね。こっちの方が忙しくなっちゃったんで、しばらくは王都とベドレインを行ったり来たりかな。ラナスはとりあえず、有能な者がいるから」

「ふーん」

 ちょうどその時、トニスとハロルドが契約書をテーブルに置き、ペンを取り出した。

「では、こちらにサインを。ハイレーナ様もどうぞ」

 言われた箇所にサインをする。何枚も何度も。最後にオットーがポロダン商会の印章を押した。

「契約はこれで完了。で、ハナ、図書館へ徒歩で通っているんだって?」

 契約書を揃えて鞄へしまいながら、オットーがハイレーナに話しかける。首を傾げると、照れ隠しのような笑顔が返ってきた。

「いや、うちの馬車を使わないか?送迎くらい請け負うよ」

「ハイレーナ、それはありがたい申し出だよ」

「大丈夫、今のところ不便はないから。ちょうどいい運動になっているし」

「しかし……」

「いらない。大丈夫だから」

 語気が荒くなる。諦めたようにハロルド、トニス、オットーが目を見合わせた。

「……じゃあ、そのうち必要になったら、いつでも言って」

「……わかった」

 オットーはハロルドとトニスに丁重に挨拶をし、補佐官と共に馬車に乗り込んだ。見送りに出たハイレーナに笑顔で、「また近いうちに来るよ」と言って、帰って行った。

 玄関に戻ると、トニスとハロルドが何か話し合っていた。ハイレーナに気がついたトニスがにっと笑った。

「お嬢、俺はこれで帰るが、今日はハロルドがいいものを見せてくれるそうだよ」

「いいもの?お父様?」

「うん。熱心に勉強しているようだから、伝達物質の抽出をね」

「本当?」

「おう、迎えが来たようだ。じゃあまたな、お嬢。ハロルド」

 トニスが出ていくのを見送って、ハロルドを振り返る。

「では、行こうか」

 ゆっくりと階段をのぼるハロルドのあとをついて三階へ向かう。ハイレーナが三階に来ることはほとんどない。ハロルドの書斎と、納戸があるだけだ。

 初めて父の書斎に足を踏み入れる。意外と小さな書斎は本と紙束に埋もれていた。中央に大きな机が一つ。奥の壁にはアーチ型の開口部があった。開口部の向こうは窓がないのか薄暗い。ハロルドが灯りを灯すとそこには、天井までの本棚がいくつも並び、ぎっしり本が詰まっていた。

「書庫?」

 その間を縫うようにして進むと、一枚の重厚な扉が現れた。ハロルドは首から下げた鍵を鍵穴に差し込んだ。ガチャリ、と大きな音がして、扉が開く。目に入ったのは光。一歩足を踏み入れて気がついた。

「実験室!」

 白い壁に大きな窓。中央に実験台。正面奥の棚に並んだ実験器具。小さな棚が並んだキャビネット。大ぶりの機械。

「お父様……これは?」

「うん、家でも仕事ができるように作ってもらった」

 ハロルドは実験器具を取り出して、台に並べてゆく。

「いつの間に……?」

「イレーネが起き上がれなくなった頃かな」

 一瞬ハロルドの手が止まり視線を宙に彷徨わせた。口角が少しだけ上がる。

「できるだけ側に居られるようにね」

 そういえば、物心ついた時からお母様に『三階はお父様のお仕事の部屋だから、行っちゃダメよ』と言われていた。


 さあ、と言われて実験台に近づいた。

 台の上に乗せられたのは蝋引き布に包まれた赤い花びら。

「半乾燥のカルネア」

「これが……」

 図鑑の絵でしか見たことのない花びらが目の前にある。思っていたよりも鮮やかな深紅。

「火の伝達物質。これを抽出して、インクの原料を作る」

 そう宣言すると、ハロルドの雰囲気が一変した。花びらを一つ一つ丹念に拭き、乳鉢に入れすりつぶす。

 ペースト状になったそれをガラス瓶に移し入れ、静かに酒精を注ぐ。瓶を湯煎にかけた。コンロの火を調節する。部屋にはこぽこぽと水音が静かに響く。しばらくすると、瓶の中の液体はカルネアと同じ真紅に染まった。しばらくして、鍋を火からおろし、瓶を取り出すと丁寧に漉す。沈殿物を取り除いた赤い液体を再び湯煎にかけ、濃縮する。三分の一ほどの量になった時、透明の液体を一雫垂らし、静かにかき混ぜた。

「セルマ液……?」

 ハイレーナの呟きにハロルドが破顔する。

「よく覚えたね。そうセルマ液。安定剤だ」

 苔に似た小さいキノコから抽出する液で、伝達物質を長期保存し、安定させるために加えると、昨日読んだばかりだ。

 湯煎から取り出した瓶を台の上に置き粗熱を取る。出来上がった液体は自ら光を放つような赤。

「これが、伝達物質」

「そう。これに溶液を加えてインクにする。溶液も種類があるし、他の伝達物質と合わせるときは配合にも気を遣う。どうだい、面白かったかい?」

 ハイレーナは無言で頷いた。その間も目は赤い液体から離せなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。