突然のプレゼント
「では正式な契約書は、日を改めて。ハナ、また近いうちに」
門までオットーを見送って、サロンへ戻るとトニスが待っていた。
「どうした、お嬢、元気ないな」
「そんなこと……」
しばらくハイレーナの顔を観察していたトニスはニヤリと笑った。
「置いてけぼり喰らって寂しかったか」
唇をへの字に曲げて俯いた。
「そんなお嬢に元気の出るものをやるよ。トニスおじさんから、誕生日のプレゼントだ。十八歳おめでとう」
意表をつかれてはっと顔を上げる。誕生日、今まで祝うのを避けてきた。オットーだって、わかっていたから一言も言わなかった。
お父様に捨てられた日だから……。
おずおずと差し出された包みを受け取った。
「今年は良いんじゃないのか?ハロルドも夕食には間に合うように帰るってよ。ほら、開けてみろ」
包みを開け、箱を開くと中から大ぶりのペンのようなものが出てきた。
「これは?」
「回路用のペン」
ペン先には穴が空いていて、上からインクをセットする。注射器と万年筆の中間のような形。
「学院でも研究者向けの授業を選ぶと、実習の一回目でもらうやつだ」
トニスを見上げる。
「最近、回路が気に入って、書き写してるんだろ?本物で書くとどうなるか、知りたくねえか?」
ハイレーナは好奇心に目を大きく開いて頷いた。トニスはついて来いと合図すると厨房へ向かった。顔を出すと忙しく働くマーサに声をかける。
「ちょっと使っていいか?」
「なんですか、ペトリ様」
「お嬢の勉強のためなんだが。そんなに時間は取らせねえ」
これみよがしのため息をつくと、マーサは渋々調理台の前から退いた。
「とうもろこしの粉、出してくれるか?」
「はいはい」
鍋に水ととうもろこしの粉を入れて混ぜる。それを火にかけさらに混ぜる。しばらくするととろりとしたゲル状のものが出来上がった。冷まして赤インクを一滴。
「覚えたか?」
「はい」
トニスは回路用ペンに出来上がった擬似インクを流し込んだ。
「本物とは違うが、回路用のインクに近い。これでまず書く練習をするんだ。大したことは書かなくていい。まずは直線」
トニスは紙にペンを滑らせる。真っ直ぐな美しい赤線が現れた。
「それから円」
大小の円が描かれる。
「四角と三角」
均衡の取れた正方形と正三角形。
「これらを一筆で書くこと」
やってみろと渡されて回路ペンを持つ。普通のペンよりずっと太くて持ちづらい。
紙の上に滑らせてみる。インクと違う書き味。
「ああっ」
出来上がった線は凸凹で太さがまちまち。曲がってしまう。
「意外と難しいだろ?」
しかもペンの傾きや圧が変わるだけで太さが変化する。早く動かしたところは細くなっている。手癖がそのまま線の太さに出る。
「こんなので、あの精密な回路を描くんですか?」
「おうよ。これができなきゃ国家試験は受からないよ」
もう一度、ペンを握り直したところで、マーサがぬっと顔を近づけてきた。
「お夕食、いらないのでしょうか?お腹は空いていらっしゃらない!?」
「ああ、ごめん!」
トニスと二人で平謝りし、ダイニングルームに退いた。
ハロルドの帰宅を待って、夕食が始まった。
「研究者になるって、大変なの?」
トニスとハロルドの動きが止まり、二人が顔を見合わせる。沈黙の隙間を埋めるように付け加えた。
「トニスおじ様みたいにウォードを使って何かを作れたらいいなって……」
「お嬢、製品はな、俺たちだけで作るわけじゃないぞ。大体チームでやるんだ。第二、第三合同でな」
「第二、第三って?」
「第二は伝達物質と回路専門の研究所だ。第三は別名技術部。俺んとこだ」
「お父様は第一。ウォード結晶の研究所だよ」
ハロルドが付け加える。トニスが続けた。
「回路や伝達インクなしでは何も作れない。だから、専門的な知識と基礎技能は不可欠。どんな回路が必要かわからなければ、設計図も作れんからな」
「だから国家試験では技能テストもある。回路、伝達物質抽出、インク作製と分かれているよ」
「大変そう……」
ハロルドの声は諭すように響く。
「研究者になるには、すべての科目で合格点を取るのはもちろんのこと、総合点の基準も高い」
「ただし、研究者になれなくても、科目ごとの合格点をとれば、回路師や伝達インク師になることはできる」
トニスがすぐ後を引き取った。
「民間の工場で働くってこと?でも……」
「そう、修理や量産はできるが、新しいものは作れねぇ」
「それ、前から不思議だった。どうしてやっちゃいけないの?」
また、二人が顔を見合わせる。
「ウォード関連の研究は事故や暴走も起こりやすいんだ。だから、しっかりした設備と知識と技能を持った者が必要なんだよ」
クリップや蝋引き布じゃなくて、家電製品に近い物は――。
「……研究者にならないと、作れない……」
ハロルドが優しい眼差しをハイレーナに注ぐ。
「ハイレーナが本当にやりたいのなら、挑戦してみればいい」
はっと顔を上げて、二人を見た。
「私にできると思う?」
「それは誰にもわからねえ。お前さん次第じゃないか?」
デザートを終え、サロンに移ってお茶を飲む。トニスは年代物の食後酒を舐めるように味わっている。
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます」
マーサが遠慮がちにハイレーナのティーカップの横に、包みを置いた。物思いに沈んでいたハイレーナは、驚いてマーサの顔を見た。
「急だったので、大したものはご用意できなかったのですが……」
「開けてみていい?」
中から可愛い刺繍の施されたエプロンが出てきた。
「ありがとう、マーサ!とっても素敵」
手を伸ばして、マーサに抱きついた。しっかりと受け止め、ぎゅっと抱擁を返したマーサはハイレーナの耳元で囁いた。
「マーサも嬉しゅうございます。やっと、お嬢様のお誕生日を祝えるようになって」
涙が滲んだ。抱擁を解いた後のマーサの目にも涙が光っていた。ハロルドがこほこほと咳払いをする。
「お父様からも、プレゼントだ」
大ぶりの重い包みを受け取る。包装紙を破った中から出てきたのは本だった。
『伝達物質総合図鑑』
開いてみると、一つの原料ごとに、歴史、効能、抽出方法など細かくまとめてある。満面の笑顔を父に向けた。
「お父様、ありがとうございます」
ハロルドがにっこり笑って両腕を広げたので、おずおずと短い抱擁をした。
「それでね、少し勉強したら、お父様と一緒に伝達インクを作ってみようね」
「教えていただけるのですか?」
ハロルドはうんうんと頷いている。
「ありがとうございます。頑張ります!」
大きな声がサロンに響いた。




