トニスの来訪と新しい発明
「面白いものを作ったんだって」
玄関を入るなり、そう言ったのはトニス・ペトリ。
図書館の休館日だった。ハイレーナはパッと笑顔になる。
「うふふ、見せましょうか?」
そう言って、挨拶もそこそこに自室に上がって、蝋引き布と紙を取ってきた。
布を手に取ったトニスは何度もひっくり返して隅々まで見た。
「蜜蝋か、溶かしたんだな。面白えな。どっからそんなもの思いつくんだか」
「お弁当を持ち歩くのに、油や水分が染みてくるのが気になって」
「お嬢は昔っから発想が特別だったものな。木馬、覚えてるか?」
「おじさまが作ってくださったやつですね」
「三歳児とは思えなかったもんな。しかも厳しいのなんの。『取っ手をもっと細くしろ』の、『もっと可愛い顔にしろ』の、何度も作り直させられて」
ハイレーナは身を縮めた。
「ごめんなさい」
「いや、あれ大量に作らせて、大儲けさせてもらったからチャラだ」
トニスはかかかと豪快に笑った。
「それで?こっちはなんだ」
今度は蝋引き紙を表紙にしたノートを手に取る。
「これは同じことを紙でやったんですけど、綴じてノートにしてしまいました」
学院時代によくやっていた簡単な製本方法。二つ折りにした紙の中心に四つ穴を開けて糸で綴じる。
「ほう、紙でやると透明度が出るな」
ハロルドが横でにこにこしながら眺めている。
「面白れえ。布もいいが紙も使えるな。破れにくいし、水に弱いものを保護するには最適だ」
紙と布をテーブルに置いたトニスがハイレーナに向き直る。
「で、これをどうするつもりだ?」
「どうするって?家で使うつもりですけど」
「ならいい」
「どういうことですか?」
「商品にして売ろうってぇなら、無理が出る」
言われていることがよくわからない。
トニスはハイレーナに視線を合わせた。
「お嬢よ。蜜蝋の値段、知ってるか?」
首を振った。値段など気にしたこともない。
「貴族令嬢だから市場には詳しくなくて当たり前だ。しかし、これから物作りを目指すならそれではダメだ」
首を傾げてトニスを見る。トニスは身を乗り出した。
「これは誰が使う?」
「え……マーサとか私、料理する人?ノートは、学院生とか?」
「だろ?学院生はともかく、使うのは使用人か庶民、商売をする者。布はともかく、紙、蜜蝋も高価だ。商品としては高くなりすぎる。一枚あればいいってもんじゃない。何枚かあってこそだ。日常使いするんだろ?高かったら売れねえよ」
原価の話だ。考えたこともなかった。
「それにな、これは便利だが地味だ。日常に使うもんだ。貴族は食いつかねえ」
これはマーケティング。前世で聞きかじった話を思い出した。
「そうですわね。庶民が使うのは牛脂や羊油で作った安い蝋燭ですもの。匂いがきつくてとても……」
マーサが料理を運びながら、一言添える。
「売ることなんて考えていなかったから……」
しゅんと肩を落としたハイレーナの横でトニスは再び布と紙を手に取った。
「まあ、家で使い回すには便利だな。作り方も単純で、使い道は多い。俺も、作ってみようと思うくらいには面白え」
眉尻を下げて、トニスを見上げる。
「自由な発想はいい。そこから生まれるもんは大きい。ただ、物作りを仕事として考えるなら、ちゃんと売れるかどうかも考えないとダメってことだ」
「はい」
ワインが行き渡って食事が始まる。
「それでどうだ、図書館の方は」
そう聞かれて、ハイレーナは思わずノートに手を伸ばした。
「面白いです。でも、わからないことがたくさん!」
そして、メモしたことを読み上げ始めた。
「おい、待て待て」
トニスは切り分けた肉を口に放り込んで、急いで飲み込んだ。
「ハイレーナは僕には質問してくれない……」
ハロルドの呟きを無視して、ワインをごくごくと飲んでグラスを置くと、ハイレーナからノートを奪った。一ページずつ読んでいく。ハロルドが横から覗き込んでいるのを見て、ハイレーナの顔が赤くなった。
「なるほど」
ノートから顔を上げたトニスはニヤリと笑った。
「教えてやるのは簡単だが、自分で調べてみろ」
ペンを持って来させると、ハイレーナのノートに何やらさらさらと書き綴る。
「これくらいか。まあ読んでみろ」
ハロルドが隣で頷いている。受け取ったノートには読むべき本のリストが並んでいた。
「自分で調べりゃ忘れねぇからな。それに、俺たちの授業料は高いぞ。今のお嬢には払えねえ」
とウインクを送ってよこした。
食後のデザートを食べている時、チラチラとハイレーナのノートを見ていたハロルドが言った。
「そういえば、見たことのない綴じ方をしているね?それもハイレーナが考えたのかい?」
「ええ、お父様。二つ折りにした紙の真ん中を糸で縫いました」
トニスはブルーベリーのクラフティを頬張りながら頷いた。
「縫うなんて俺たちにゃ、思い浮かばないもんな。製本の職人ならいざ知らず」
本当は糸じゃなくて……。
「なんだ、言ってみろ」
考え込むハイレーナにトニスが顎をしゃくる。
「糸の部分を針金でできたらいいなと思っていて」
「ほう。どういうことだ?」
「紙束に穴をあけて、そこに針みたいな……」
皿を推しやって、ノートを広げ、絵を描き始める。
「それでね。こうやって馬蹄の形をした針にして、紙束に打ち込むの。で、受け鉄の部分に溝を切っておけば、当たった針が内側へ折り曲がる。そうすると、紙束を綴じることができるでしょう?」
身振り手振りを交えて説明していると、マーサの声が飛んできた。
「その続きは後ほど、どうぞサロンで」
サロンのソファーに浅く腰掛け、身を乗り出して聞いていたトニスが、ペンをハイレーナから奪うと、サラサラと紙に書き始めた。
「押し出し機構が必要ってことだな。それもかなり強力な力が要る。針の強度が半端ない。受け鉄に溝を切るってか。こういう形の溝か?」
「そう。そうしたら針がこの形に沿って滑って折れ曲がる」
「ふむ」
ハロルドも横から覗き込んでいる。
「考え方はリベット留めに近いな。それを馬蹄型の針で両端でやろうということかい?」
「マーサ、針金ないか?」
「はいはい、ただいま」
マーサが抱えてきた庭師用の工具箱から針金を取り出し十センチほどに切ってゆく。千枚通しで穴を開けた紙束に通して、端を折り曲げた。
「なるほど。面白え」
「針金の強度の問題なら、穴あけポンチを別にすればいいんじゃないか?」
とハロルドが言う。
トニスとハロルドが押し出し機構やら、設計の話をしている。機械のことはさっぱりわからず、ハイレーナは目の前の針金を手に取って、遊び出した。
針金。
紙。
そういえばクリップってこんな形だっけ。
折り曲げて、回して折り曲げる。
針金が指に食い込んだ。
ハイレーナは指先に息を吹きかけ、工具箱の中からペンチを手に取った。
もう一度。
出来上がった物を紙束に刺してみる。
あ、クリップだ。できた。
ニコニコしながら顔を上げるとハロルドとトニスが目を剥いてこちらを見ていた。
「お嬢、何をやった!」
紙束をひったくられる。トニスはクリップを抜いて、もう一度差し込んだ。ハロルドもトニスの手元に顔を近づける。
「これは……」




