↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、乙女ゲームのヒロインでした  作者: 国枝 彩乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/31

女性司書とお迎え

 机に戻ると、さっきまで読んでいたページを開く。少々強引に読み進めた。しだいに文体にも慣れて、わからないところは多いけれど、内容が少しずつ頭に入ってくる。

「ウォード結晶から伝達物質を使った回路を引く。え?回路が交差して滲んだらダメなの?――爆発の危険性。ブレてもダメなの?伝達物質、配合の割合で出力が変わるって、どういう……」

 想像していた以上に回路や伝達物質は繊細で、複雑だった。

「じゃあ伝達物質って、何?どうやって作るの?」

 次から次へと湧き上がる疑問をノートに書きつける。

「だいたい、どうやって伝達物質を発見して、ああこれは歴史を調べないとダメだ」

 書架へ向かう。タイトルを端から読んで、該当しそうなものを引っ張り出す。いつの間にか夢中になっていた。ふっと周りが明るくなって、頭を上げる。館内のウォード灯が一斉に灯ったところだった。

「え!」

 慌てて辺りを見回す。窓の外はすでに薄闇だった。

「いけない!」と慌てて立ち上がり机の上の本をまとめ始めた。ああ、明日も続きが読みたい。本のタイトルをメモするしかないか、と思った時、受付にいた女性司書が通りがかった。

「すみません。この本、明日も読みたいのですけれど……」

「それでしたら、お預かりできますよ。受付台で手続きをお願いします」


 二人で手分けして本をまとめ、荷物を持って一階の受付台へ運ぶ。外の闇はどんどん濃くなっていく。許可証を差し出して、手続きをする間も気が急いた。司書は何やら書き込んだあと、許可証をハイレーナに渡そうとして、ふと手を止めた。

「遅い時間ですが、お迎えの方なり、馬車は?」

「いえ、歩いて帰ります」

 司書の驚いた顔が目に入る。

「供も連れずお一人で、ですか?いけません。守衛に伝令を頼みましょう。せめてお迎えを寄越すように」

 大ごとにしたくない。今から急いで帰れば、マーサの小言くらいで済むかもしれない。

 足踏みしたくなるのを堪えて答える。

「でも、家に使用人は一人ですし。遠いから時間がかかります」

「遠い、とは?」

「歩いて四十分ほど」

 司書は呆れ顔で嘆息すると反論を許さない口調でこう言った。

「ますますいけません。お一人で帰すわけにはまいりません」


 彼女はハイレーナについてくるよう合図をし、外へ出た。前庭を抜けて門の手前にある詰所に入った。門衛や巡回している衛兵の詰所だった。

「こちらのお嬢様が、お供がおられず、お一人で帰るとおっしゃっておりますの。危険ですので、お迎えをよこすよう伝令をお願いできますか?」

 二人いた衛兵の年配の方がすぐ立ち上がって、ハイレーナと司書に頷く。

「もちろんです。伝令を出しましょう」


 自宅の場所を説明し、若い衛兵が馬で出発すると、衛兵に勧められ、司書とともに詰所の一角に腰をおろした。迎えが来るまで付き添ってくれるようだ。近くで見る彼女は第一印象より若く見えた。二十五、六歳だろうか。ふと、興味が湧いた。

「お手数をおかけしてすみません。お名前を伺っても?」

「エルヴァ・ロッシと申します」

「私は」

 自己紹介しようとするハイレーナを遮って、エルヴァが言う。

「ハイレーナ・デ・ヴァロネス様。存じ上げております」

 そうか、許可証だ。気を取り直して、尋ねる。

「王立図書館に女性司書は何人おられるのですか?」

「私一人でございます」

 やはり。司書試験も難関だと聞いていた。王立図書館に勤めるならトップクラスだ。

「素晴らしい、ロッシ様は優秀なのですね」

「私に様は不要です。平民ですので」

「ではロッシ司書とお呼びしても?」

 小さく頷いたエルヴァの表情は変わらない。

「古語やベトランタ語も読めるのですか?」

「一通りは」

「尊敬致します」

「司書として、当然のことですわ」


 その時、遠くから馬車の車輪の音が聞こえてきた。勢いよく走ってくると門の前で急停車した。研究所のエンブレムが光る。車輪が止まると同時に扉が開き、ハロルドが転がるように出てきた。

「ハイレーナ!」

「お父様!」

 ハイレーナは急いで立ち上がり、門を出る。後ろからエルヴァが付いてきた。ハロルドはハイレーナをつま先から頭のてっぺんまで見て安堵のため息をついた。

「無事なんだね!よかった……」

 後ろに立つエルヴァを認めると駆け寄って両手を掴んだ。

「あなたが、伝令をよこしてくれたのですね。ありがとう、ありがとう。ハイレーナを一人で返さないでいてくれて、本当に!」

 エルヴァは手を取られたまま、目を見開いて目を瞬いた。

「ヴァロネス博士?」

 エルヴァが動揺しているのを見て、ハイレーナは父の袖を引く。

「お父様!」

 ハッとしたハロルドは慌ててエルヴァの手を離した。一歩下がったエルヴァは背筋を伸ばし、無表情に戻った。

「ヴァロネス博士。ハイレーナ様を安全にお渡しできてようございました」


 衛兵とエルヴァに何度も礼を言って馬車に乗り込むと、ハイレーナは向かいへ座った父に謝った。

「申し訳ありません。日没までには必ず帰るって約束、破ってしまいました」

「びっくりした。屋敷に着いたら、まだハイレーナが帰ってこないとマーサが門の前にいて。そしたら伝令が来て」

 父の眉が下がっている。

「怒ってる?」

 父の目がじっとハイレーナから離れない。

「怒ってないけれど、もう二度とこんな時間まで外にいないでおくれ。ハイレーナにまで何かあったら僕はもう……」

 その父の表情に胸が痛くなった。



 馬車がヴァロネス邸の門前に停車した。

 屋敷の玄関を入るとホールにマーサが仁王立ちで待っていた。

「お嬢様!いい加減になさいまし!」

 謝る前に雷が落ちてきた。

「だいたい、男爵令嬢が徒歩で図書館まで通われることが非常識なんです。それを旦那様がお許しになっているからといって、暗くなるまで帰ってこないなど!」

「……ごめんなさいマーサ」

 両手を握りしめて目を伏せた。

「若い女性なのですよ!危険が隣り合わせである自覚をお持ちなさいませ」

 後ろのハロルドは完全に気配を消している。この家でマーサに反論できる人間はいない。腕を組んでハイレーナを見下ろすマーサ。一呼吸置いた後、低い声で言った。

「お嬢様はもっと責任感の強い方だと思っておりました。マーサはがっかり致しました」

 目に涙が滲む。マーサの「がっかり」は身にこたえた。

「……ごめんなさい。二度とやりません」


 マーサの視線が刺さっているけれど、顔は上げられない。沈黙が続く。しばらくしてマーサが手をぽんと叩いた。

「ではお夕食にいたしましょう。温め直さなければいけませんから」

 厨房へ向かうマーサのあとを、なぜか肩を落としたハロルドとハイレーナが続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。