初めてのお茶会
「アメリア様、ご招待に預かりまして、ありがとうございます」
庭に面した広いバルコニーにはふんだんに花が飾られ、ウォード送風機から緩やかな風が送られてくる。瀟洒なテーブルに色とりどりの菓子が並んでいた。そこに座っているのはドレス姿のアメリア。見慣れた制服姿と違って、侯爵令嬢そのものだった。
「ようこそ。どうぞ、お座りになって」
アメリアはメイドたちに合図を送る。テーブルについたハイレーナにお茶が振る舞われた。
ヴァロネス邸に戻ってから最初にアメリアへ手紙を書いた。助けてもらった礼と、挨拶もせず学院を去る非礼を詫びた手紙。そして、翌日にはお茶会への招待状が届いた。
ハイレーナが身につけているのはイレーネのドレス。マーサが大急ぎで直してくれたもの。化粧をして髪を結い上げ、イレーネのアクセサリーをつけて、借り物の貴族令嬢が出来上がった。
「お手紙拝見いたしました」
喉を潤すとアメリアが言った。
「アメリア様。まずはお礼を言わせてください。助けていただいたこと、また、厳しく叱っていただいたこと、感謝申し上げます。卒業してから、やっと自分の将来について、真剣に考えなければと思い当たりました」
「ようやくご自分のこと、お気づきになりましたのね」
アメリアはテーブルに置いた扇子を優雅に取り上げた。
「無自覚のあなたがウイレム殿下と結婚しても、良いことは何もなかった」
今ならわかる。王家の責任の重さと、それに相応しい振る舞い。
花の香りが漂ってくる。ヴァロネス邸とは違う、手入れの行き届いた美しい庭。
「フレデリカは修道院に送られましたわ。ディミトリは伯爵領で蟄居処分です」
息を呑んだ。フレデリカの処分が重い。眉を顰めたハイレーナの表情をどう解釈したのか、アメリアが口元を押さえながら言った。
「フレデリカは父親の言うまま、学友や教授をカジノへ誘っていたのです。借金のできた相手を、自分の取り巻きとして利用していたんですもの、無自覚だったでは済まされません。ディミトリは本来ならもっと厳しい処分に相当するはずですが、エレブルー伯爵家の力が強かったのです」
「アメリア様、怒っていらっしゃいます?」
「仮にも貴族の娘に暴行を働き、普段の素行も極めて悪かった。廃嫡は当たり前。甘い、と思いますわ。本来なら、貴族たるもの、模範にならなければなりませんのに」
「アメリア様らしい……」
ふっと笑った。沈黙の中にウォード送風機の音が響く。カップを口に運んで香り高いお茶を味わった。
お母様がお父様に出会った伯爵家の庭もこんなだったんだろうか。
気がつくと、言葉が滑り出ていた。
「……私の母は、学院に入る半年前に亡くなりました」
吐息を一つ。そして続ける。
「父は、翌日から姿を消しました。研究所へ行ったきり。有能な博士かもしれませんが、私にとっては娘を顧みない冷たい父親でした」
アメリアの目に僅かな驚きの色が宿った。
「学院に入った時は、自分ばかり辛い目に遭うと思っていました。優しくされることで満たされるなら、他のことはどうでもいいと。周りのことなど見えていなかった」
ハイレーナは乾いた喉を潤して、庭の花に目をやった。
「ウイレム殿下をはじめ、皆は私に、かけがえのないものを与えてくれた大切な友人です。それは後悔していません。ただ、もっとやり方があったと思います」
アメリアは黙ってハイレーナを見ている。
「この数ヶ月、父とも少しずつ話すようになりました。それでやっと少し目が覚めました」
アメリアが背筋を伸ばす。真剣な目がハイレーナを捉えて離さない。出てきた言葉は耳に痛いものだった。
「学院の評価はそのまま社交界の評判。ウイレム殿下との婚約劇は注目を集めすぎました。ヴァロネス博士の名をもってしても、まともな縁談があるとは思えません。侍女や家庭教師という働き口も難しい。厳しいお立場ですわよ」
わかってる。
ハイレーナは自分の手に視線を落とした。
「まだ、何がしたいかわかりません。……でも、少し勉強してみたいと思っています」
「最後の試験では、頑張っておられましたものね」
驚いて、アメリアに視線を戻す。扇子で口元を隠しているけれど、目が少しだけ笑っている。ハイレーナの口角が上がる。
アメリアは菓子を一つ手に取って、上品に口へ運ぶ。ゆっくり味わって、紅茶を一口。そして微笑した。
「なんだか、少しあなたが羨ましくなりました」
「えっ?」
「わたくしは結婚が決まっております。わたくしに選択の自由はありません。不満はありませんわ。夫となる人を支え、領地を守り、代役も務められるよう精進すること。それが貴族の娘としての務めですから」
真っ直ぐな眼差し。迷いはない。「でも」と言って目を細めた。
「あなたは自由ですのね。自分の将来を自分で決めることができる。あなたさえその気になれば、やりたいことを全て実現させる可能性がある」
そして、挑むような眼差しがハイレーナを射抜く。
「あなたが何者になるか、見せていただきましょう」




