↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、乙女ゲームのヒロインでした  作者: 国枝 彩乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/30

母の部屋へ

 深呼吸をして扉を開けた。真正面の窓から光が差し込んでいる。白くて大きなベッド。たくさんのクッション。

「ハイレーナ」

 ベッドに半身を起こし、両手を広げて迎えてくれるお母様が見えた気がして、一歩部屋の中へ踏み入った。


「お母様の部屋へ行ってみないか」

 ハロルドからそう言われたのは朝食の席だった。二階の一番奥の部屋。お母様が亡くなってから一度も足を踏み入れていない。

「今まで一度も入れなかった。ハイレーナと一緒なら……」

 お父様も?

 思った時には頷いていた。


 ベッドとお揃いのキャビネットとライティングデスク。ぎっしり詰まった本棚にソファセット。衣装部屋へ続く扉。一歩ずつ確かめるように足を進める。ソファに座って刺繍をするお母様。衣装部屋から引っ張り出したドレスを着たハイレーナを見て、笑い転げるお母様の声。ベッドに潜り込んで読んでもらった本と、お母様のぬくもり。


 思い出と同時に温かさで心が満たされていく。


 お母様、お母様。


 埃ひとつない部屋に花が飾られていた。

 マーサ……。


 やっと入ってきたハロルドがキャビネットの上に手を置いていた。その指先が小刻みに震えている。ハナは父のそばへ行くとその手に手を重ねた。

「開けてみましょう。お母様が大切にしていたもの、見たい」


 引き出しの一番上には裁縫道具と刺繍糸。刺しかけのハンカチとレース編み。

 次の引き出しにはたくさんの画用紙とパステル。

 そして一番下の引き出しから出てきたのはたくさんの絵だった。覗き込んだハロルドが、声を上げた。

「ハイレーナの作品だ!こんなに取ってあったんだね」

 絵は次から次へと出てきた。両脇の扉の中にも大量に残されていた。

 一枚一枚広げて見る。


「おお、これは回路だね。覚えているかい?僕が描いた回路を気に入って、一生懸命真似をしたんだよ。小さい頃から絵が上手だったね。『大きくなったらおとしゃまとお仕事する』と言ってね」

 荒い線で描かれた親子三人の絵。

「これは、二歳くらいだったかな。イレーネが『二歳でこんな絵が描けるなんて、この子は天才だ!』と言ってね。僕がこの絵を欲しいと言っても譲ってくれなくてね」

 ハロルドが微笑んでいる。


 なぜ忘れていたんだろう。あの頃はよくこの部屋で三人で笑っていた。お父様の回路、たくさんの絵。床に寝そべって描いて、汚してマーサに怒られて。


「これは、ハイレーナの発明品だ」

 一枚渡された絵を見た瞬間、心臓が跳ねた。

 拙いとはいえ、何が描かれているのかはっきり分かる。促されて裏を見ると大人の字で解説が書かれていた。

『氷を作る箱・食料を保管する冷たい箱。三歳』

『一人で走る馬車。四歳』

『くるくる回る泡立て器。四歳』

『動く絵を見る箱。五歳』

 あれも、これもあちらの世界の物だ。動悸がする。


「ああ、これ、覚えてるかい?」

 そこには荒いけれど、木馬の絵が描かれていた。

「ハイレーナが二歳くらいだったかなぁ。これが欲しいって言われて、説明してくれて」

 部屋にあった木馬を思い出す。

「トニスが作ってくれたんだが、顔が怖いと泣き出してね。トニスが……」


 ……私は一体、何者なの?


 思案はハロルドの声で途切れた。

「これは僕が持っていっても構わないかい?」

 隣でトントンと紙束を揃えている。

「以前、この泡立て器を作ろうとしてね。当時のウォードでは大きすぎて上手くできなくてね」

 驚いて父の顔を見る。

「それで高圧縮ウォードの開発を考えたんだ。懐かしいな」

 よっこらせと立ち上がったハロルドは、キャビネットの上にどさりとまとめた絵を置いて、ライティングデスクに近づいていく。ハナは本棚に歩いていった。ぎっしり詰まった小説と歴史書。面白そうなものを抜き出してみる。体が弱かったお母様はよく本を読んでいらした。

 下の段には絵本が何冊か。見覚えがある。

 本棚から離れ、ベッドの蔦模様に触れて、お父様のそばに行く。ハロルドは窓に向かって立っていた。肩が震えている。手には革の手帳。ハナに気がついたハロルドは大きく鼻を啜って涙を拭いた。開いていた手帳を閉じる。

「イレーネの日記だ」

 革表紙を撫でる。

「今はまだ、僕には読めない。いつか……」

 ハロルドは日記からハナに目を移した。

「読むかい?」

「読みたい」

 ハロルドはハナに日記を差し出した。

「他にも古いのがあるはずだ」

 デスクの引き出しを探って同じ革表紙の日記帳を三冊見つけ出し、ハナの手に乗せた。


「また来よう。二人で一緒に」

「はい」


 ハロルドがチェストの上の紙束を手に抱える。ハナはイレーネの日記を胸に抱いて扉へ向かった。扉の前でもう一度部屋を振り返った。


 次は、お花を持ってこよう。


 そう思いながら扉を閉めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。