新年の晩餐
「マーサも一緒で、かまわないかい?」
新年の夜、ダイニングに降りたハナを、父ハロルドが立ち上がって迎えた。強張った表情のまま蚊の鳴くような声で「はい」と返事をする。
テーブルには新年の晩餐料理が載っていた。
「喪中ですので控えめなのですが」
ワインを注いで、三人で食卓を囲む。祝いの言葉は控えて食事が始まった。無言のままカトラリーを動かす音がする。マーサが何気ない口調でハロルドに尋ねる。
「今年は、ペトリ様はよろしかったのですか?」
手の止まったハナに向かって、補足する。
「トニス・ペトリ様、覚えていらっしゃいますか?お嬢様に木馬を作ってくださった。毎年、新年の晩餐にいらしていたのですよ」
覚えている。お母様とお父様の学院時代からのお友達。自分が帰らない間に、そんな習慣があったことに、釈然としない。
「今年は遠慮すると。誰か他の友人の家で過ごすと言っていたよ」
「ペトリ様のお好きなレモンクッキーを焼きましたので、お渡しくださいませね」
「うん」
「ペトリ様も技術部の所長に就任なさるのですよね?」
「そうだよ。うちも、技術部も所長がお歳だったからね。トニスは『面倒だ』とぼやいていたけど」
聞きなれない父の声を耳にしながら、ぼんやりとハイレーナの記憶を探っている。
こんな声だったかしら。
どうしても、青白い顔の「学院に入れ」と言い捨てた姿と、目の前の柔らかい表情の父が噛み合わない。
「トニスが『お嬢によろしく』と言っていたよ。『近いうちに顔が見たい』とも」
突然話しかけられて、狼狽えた。
マーサが気を利かせて答える。
「ペトリ様も驚かれますでしょうね。あんなにお小さかったお嬢様がレディになられて」
「本当に、こんなに大きくなって、僕の知らない間に……」
知らない間ってなに!?
体の奥から沸々と怒りが湧き上がってくる。
「私を放っておいたのは、お父様です」
地を這うような声が出た。
「あ、ああ、そうだね。僕がいけなかった。ハイレーナ」
「お嬢様!」
ハナは音を立ててカトラリーを置く。
「一番、辛くて寂しかった時に放り出したくせに。いまさら!」
「ハイレーナ……」
「一度も会いにきてくださらなかった!お手紙だって一度も!」
父の顔が歪む。ハナは椅子を引いて立ち上がった。マーサの静止も聞かずダイニングルームを後にした。
自室の扉を閉めると怒りのまま部屋の中を歩き回った。興奮が静まってくると、今度は怒りをぶつけた後の気まずさが胸を覆った。どさりと椅子に腰掛けて、頭を抱えた。
もう、いや。消えてしまいたい。
「お嬢様」
マーサの声が扉の外から聞こえた。
「マーサが悪うございました……」
「やめて!マーサは悪くない」
部屋の中から叫ぶ。マーサは、マーサだけは悪くない。
「お嬢様にはまだ早かったのに、マーサが無理を言いました」
思わず立ち上がって扉を開けた。マーサは盆を持って立っていた。皿には晩餐の料理が少しずつのっている。
「マーサ、ごめんなさい。せっかくマーサが……」
「いいえ、お二人が帰ってきてくださったのが嬉しくて、イレーネ様がいらした頃のようになるのではないかと、思ってしまったのですわ。まだ、早すぎました」
「マーサ……」
伸ばしたハナの手は盆に遮られてマーサに届かなかった。マーサは寂しそうな笑顔をハナに向け、盆を差し出した。
「少しでも、召し上がってくださいまし。さっきはほとんど手をつけられませんでしたから」
「マーサ」
「では、お休みなさいませ」
ハナが盆を受け取ると、マーサは静かに去っていった。
喪が明けると同時に学院に戻った。その日のうちに新しい公示が学院に張り出された。
『第二王子ウイレム殿下を王太子に立て、レグステラ王国王女ミカエラ殿下との婚約をここに正式に定める』
掲示板の前に集った生徒たちから声が上がり、ハナに視線が集まる。数人の生徒たちから失笑がさざなみのように広がった。ハナは公示を一読すると逃げるようにその場から立ち去った。
「レグステラ王女……」
レグステラは同盟国。王女はオリビアンの元婚約者。北の大国を牽制するためにも、同盟の絆を失うわけにはいかない。理解した途端、苦笑いが漏れた。
「そりゃ、男爵令嬢と結婚できるわけないわ」
ゲームはとっくに終わってたんだね。バカみたい。
「お可哀想に、結局捨てられて」
「ミカエラ殿下とは比較になりませんわ」
声の方にチラと視線をやる。フレデリカとその取り巻きたち。
もう、どうでもいい。
自室に篭ると何もする気になれず、パラパラとノートをめくった。
結局、私、ウイレムのこと好きだったんだろうか。
アドリアンたちと囲む食堂のテーブルに初めて現れた時のウイレム。警戒心いっぱいでハナを睨みつけながら同席すると、尋問ばりの質問攻めをしてきた。アドリアンとエステヴァンに「お前たち、騙されているんじゃないか?」と目の前で言われて、ドキッとしたこと。「バカじゃないの?アドリアンもエステヴァンもそんな間抜けじゃないわ!」と言い返した時の、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情。
「お、お前、誰に向かってものを言っている!」
「幼馴染も信用できないような大馬鹿者でしょ!」
思い出してふふふ、と声が漏れた。
怒りで真っ赤になったウイレムと、にやにや笑うエステヴァン。
「これがハナですから」
とアドリアンは肩をすくめた。
攻略に一生懸命だったけど、楽しかったな。みんな、仲良くなったし、いろんなものを受け取ったんだ。
「私の居場所だったんだ。それでも帰りたかったけど……」
ノートを閉じてため息をつく。
これから先一体どうしていいのか、全く見当がつかない。窓の外の暗闇が自分の先行きのように見えた。




