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毒盛り悪女の紅茶を、王子は今日も喜んで飲んでいます【連載版】  作者: ゆにみ。
後日談

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4/5

どろどろに溶け合いたいんだよ

 夏の日差しが和らいだ頃。

 王妃教育を終えたメルティアは、エヴァンの執務室を訪れていた。


 今ではすっかり定位置となった彼の膝の上に、彼女は座らされていた。


 彼は時折、彼女の桃色の髪に触れ、指にくるくると巻き取っては外してをくり返す。彼女はそれを無言で受け入れていた。


 そんな中、不意にエヴァンは世間話でもするように呟く。


 「僕はね……君とひとつになりたいんだよね」


 唐突な言葉が耳元に落ち、メルティアはすぐさま彼の顔を見た。

 彼は表情こそ変わらない。けれど、彼の手が彼女の髪から腰へとそっと移された。


 態度と表情の噛み合わなさに、一瞬聞き間違いかと思った。

 けれど、添えられた手がゆっくりと腰をさすり、熱を持っていく。

 

 「それは……誘っているのですか?」


 彼の手が止まり、きょとんとした顔で首を傾げた。


 「ん……まあ、そういう下世話な意味は全くないけど……。手段としては夜伽ということになるよね」


 「婚前……ですよ」


 あまりにも直球な言葉に、思わず反発してしまう。

 すると、エヴァンは彼女を覗き込むように顔を近づけた。反射的に、メルティアの身体が小さく震える。


 「え? 何、メルティアは僕以外と結婚するつもりなの?」


 「論点をすり替えないでください……」


 そういう話ではないのだけれど……。

 今では随分慣れたが、彼の独特の言い回しには今でも反応に困ることがしばしばある。


 黙り込む彼女を、エヴァンは静かに見つめていた。

 やがて、彼女の髪を一束、手に絡ませる。


 「でもね……本当に、変な意味はないんだ」


 エヴァンは桃色の髪を梳かすように、ゆっくりと手を滑らせた。


 「ただ、僕は君と溶け合いたいだけだよ。その方法がそれしか思いつかないって、それだけ」


 意味を疑わせるほどの熱のこもった言葉が落とされる。それでも、彼は相変わらず平然としていた。

 一瞬、夢でも見ているのではないかと錯覚を覚えたけれど、腰に添えられた手がこれが現実であることを証明している。


 ふと、彼の指先が首筋に触れ、髪が指の間からさらりと零れ落ちた。


 エヴァンはそれを気にする様子もなく、もう一度、彼女の髪を指に絡ませた。どうしても髪に意識が向いてしまう。


 「君とどろどろに溶けて、もうどこまでが僕で、どこからが君なのか、わからなくなるくらいが理想なんだけど」


 彼は髪を絡ませたまま、さらに顔を寄せてくる。

 澄んだ瞳と目が合い、しばらく無言で見つめ合った。


 なんだか呑み込まれてしまいそうになり、メルティアはそれを振り払うように、小さく息をつく。


 「もっと普通に言ってください……」


 エヴァンは顔を離すと、目を丸くさせた。


 「ん?」


 ……わざと惚けているのだろうか。

 それとも無自覚なのか。どちらにしても、たちが悪い……。


 「……お願いですから、もう少し普通の恋人みたいに誘ってください」


 「難しいなあ。僕は普通に恋をしているつもりなんだけど」


 「それが一番困るんです……」


 それでも、彼のことが大好きな自分は抗えない。

 エヴァンは再び彼女の髪を一束手に取ると、そのまま口元へ寄せた。

 蒼い瞳が、まっすぐに彼女を捉えている。


 「それで、メルティアはどうしたい?」


 「……わかってるくせに」


 「うん。わかってるよ」


 エヴァンは、くすりと笑った。


 「だから、ちゃんと君の口から聞きたいんだ」


 「……ずるいですね」


 「そうかな?」


 「……そんなこと言われたら、断れないじゃないですか」


 メルティアが拗ねたように言うと、彼は考え込むように黙り込んだ。

 やがて、ゆっくりと口を開く。


 「断ってもいいよ」


 彼はそう言いながら、メルティアの髪を手放した。

 はらりと、桃色の髪が指の間から滑り落ちる。


 「君が嫌なら、僕は何もしない。だから、メルティアが決めて?」


 急に距離を取られたことに、メルティアはほんの少し寂しさを覚えた。

 それが悔しくて、視線を逸らす。


 本当は、もう少し触れていて欲しかったことに気がついてしまったのだ。

 いつのまにか自分も欲が強くなったみたいだ。


 「……本当に、何もしないんですか?」


 「君が嫌ならね」


 「……そうですか」


 「うん」


 それきり沈黙が落ちる。この瞬間は、エヴァンも彼女に触れようとはしなかった。


 彼なりの優しさだろう。


 でも……足りない。


 静まり返った室内に、心臓の鼓動だけがやけに大きく響き続ける。


 先に耐えられなくなったのは、メルティアだった。


 「……エヴァン様」


 「うん」


 「私も……あなたと、ひとつになりたいです」


 その時、エヴァンの目が、彼女の真意を図るようにわずかに細められた。


 「それは、僕が喜ぶと思って言ってる?」


 「……違います」


 「じゃあ?」


 この人は、いつも最後には自分に選ばせる。


 以前の自分なら、きっと彼が望む答えを探していた。

 彼が喜ぶ言葉を選んで、自分の気持ちには蓋をしたままだっただろう。


 けれど今は違う。


 私は、エヴァン様に望まれたからそうしたいのではない。

 私自身が、この人を求めている。


 それが、どうしてこんなにも満たされるのか。


 メルティアは頬を赤くしながら、それでも今度は目を逸らさず、彼の瞳をまっすぐに見つめた。


 「……私が、そうしたいからです」


 そう告げた瞬間、彼の表情がふっと緩んだ。

 そして、そのまま彼女の唇に自身の唇を重ねた。




 ◇



 窓の外は、すっかり太陽が傾いていた。

 メルティアはエヴァンの腕に包まれながら、ベッドで横になっている。


 「ねえ、メルティア。いつまで寝てるの?」


 疲れて瞼が上がりきらない彼女とは対照的に、エヴァンはいつもの様子だった。


 「……わかって聞いていますよね?」


 「ん……可愛いからついね。許してくれる?」


 「……許しません」


 「えー? 残念だなあ。僕はもっと君と溶け合いたいんだけど」


 彼は、こてんと首を小さく傾げている。

 それを可愛いと思ってしまうのは、惚れた弱みだろうか。


 「メルティアはどうしたい?」


 ほら。やっぱり、そう聞く。


 彼はわかっているのだ。自分がこの言葉に弱いことを。

 それでも、これで絆されてはいけない気がして、彼女はエヴァンを軽く睨んだ。


 「……変な意味は無いと仰ってましたよね?」


 「もちろん。でも……そうだな。君があまりにも可愛かったから……欲が出たみたい」


 メルティアは思わず目を見開いた。

 いつも余裕のある彼から溢れた本音が、胸に染み込んでゆく。


 「……ずるいです」


 「それで?」


 「今はだめです」


 「そっか。残念」


 エヴァンは目をそっと閉じた。

 どうやら、これ以上は言わないらしい。

 それはそれで、なんだか面白くなくて。


 (……本当に引いてしまうの?)


 そう思うと、今度は自分から触れたくなった。

 メルティアは彼の頬を両手で包み込む。


 「……もう少し休んでからです」


 エヴァンは目を丸くさせ、しばらく無言になった。

 やがて、小さく息を吐く。


 「……君も大概だよ」


 その反応に気分が良くなり、メルティアは笑みをこぼした。


 「でも嬉しいな」


 「嬉しい……ですか?」


 「君が自分の意見を言えるようになったみたいで」


 エヴァンは目元を和らげると、頬を包んだままのメルティアの手に、そっと自身の手を重ねた。

 柔らかな手つきに、まるで自分が彼の宝物にでもなった気がする。


 「……エヴァン様だからです」


 なんだか恥ずかしくなって、視線を逸らす。その様子をエヴァンはじっと見つめていた。


 「……やっぱり今はダメ?」


 「だめです」


 気温が徐々に涼しくなっていく中、二人はお互いに笑い合った。

 二人の間に流れる空気は、どこまでもあたたかかった。

今回、割愛したシーンは次のエピソードを見てみてね。

中々、攻めたので苦手な方はここで完結としても読めます。

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