毒飲み王子(sideエヴァン)
ねえ、メルティア。
僕達ってとっても相性がいいと思うんだ。
とある日の昼下がり、いつものようにティータイムを終え、エヴァンとメルティアは、庭園にある木の根元に二人で寄りかかっていた。
あたたかな日差しにいつのまにか眠ってしまったメルティアは、エヴァンの肩に頭を預けていた。
それを彼は当然のように受け入れていた。
うん。こうしているだけでも分かる。
やっぱり僕達は、ずっとこうしているべきだ。
◇
メルティアのことは、初めはそこまで好印象ではなかった。
とある日の王宮で開かれたガーデンパーティー。
少女たちが和気藹々と会話をする中、その輪から外れたように、ひとりデザートを口にしている少女が目に入った。
(あれは……ノートン公爵令嬢か)
高位貴族にしては、随分と控えめだ。
どこか周囲から一歩引いているようにも見える。
高位貴族とあらば、高飛車な性格のものが多い中、彼女はどこか異質だった。
淑女と言えば聞こえはいいが、この社交界で生きていくには多少の積極性も必要だろう。
――ほんの気まぐれだった。
「やあ。君はノートン公爵令嬢だね。あちらで少し話をしないか?」
「……で、殿下。は、はい……」
声をかけると、彼女は目をぱちぱちと瞬かせた。
エヴァンはそのまま彼女を人々の輪へ引き入れ、会話を楽しんだ。
それがきっかけだったのかもしれない。
それからというもの、彼女から妙に熱のこもった視線を向けられるようになった。
自分の容姿や立場を考えれば、好意を向けられること自体は珍しくない。
だから、その時はさほど気に留めなかった。
ただのその他大勢に過ぎなかったのだ。
しばらくして、エヴァンとメルティアの婚約が決まった。
王族なのだから、政略結婚は当然だ。
だが、どうせなら関係は良好でありたい。
そう思っていたが、メルティアは思いの外真面目な少女だった。
王妃教育にも真剣に取り組み、教育係からの評判もいい。
自分との交流でも、懸命に話題を振ろうとしてくる姿が好ましかった。
(なんだ。普通に話せるじゃないか)
これなら夫婦となっても、良好な関係を築けそうだと安堵した。
――そう思っていたのに。
ある日、彼女が言った。
「私はお茶を淹れるのが得意なのです」
そうして、彼女手ずからお茶を用意してもらうことになった。
なんとなく声色と表情の硬さに違和感を覚えたが、特に気に留めることもなく、エヴァンはティーカップを顔へ近づけた。
その時だった。微かに鼻につく香りが、鼻を通った。
エヴァンはすぐさま彼女を一瞥した。すると、彼女は自身の手元を不自然なほどに凝視していた。
エヴァンは僅かに目を細めた。
(……何か入れたな?)
確信に近かったが、エヴァンは躊躇わずに紅茶を口にした。
ぴりりと舌先がほんの少し痺れる。これは毒だと確信に変わったが、彼の瞳はメルティアをしっかりと捉えたまま。
紅茶がエヴァンの喉元を通ると、彼女は心底安堵した顔をする。
余計に意味が分からなかった。
(なんだ? 彼女は僕のことを好いていたのではないか? 自惚れだったのか?)
この日から、エヴァンはメルティアを注意深く観察することになる。
王族への殺人罪は、たとえ未遂であろうと即刻死罪だ。
けれど、エヴァンはすぐにメルティアを捕らえなかった。
――死なない確信があったからだ。
誰にも話していないが、自分には異能がある。
他人から簡単に殺されない程度の、あまり役に立たない能力だが、毒を喰らうことができる。
彼女のことは、いつでも捕らえられる。
だからこそ、メルティアの真意を探ることにした。
この日も当然のようにエヴァンは、メルティアから差し出されるお茶を口にした。
液体が喉を通っていくたびに、じんわりと痺れが広がった。
殺すにしては、毒の量が少ない。むしろ昨日よりも僅かに減っているような気もする。
「……うん。おいしいね」
そう口にすれば、彼女は安心したような顔を見せる。
別の日も同じだった。
怯えたように毒を入れ、自分が無事であることを確認する。
しまいには、薬瓶をちらりと覗かせるようにまでなった。
(……なんだ? 隠す気があるのか?)
毎回となれば、わざとなのだろう。
――もしや、本当に隠す気がない?
そこで初めて、彼女が誰かに脅されている可能性に辿り着いた。
それなら、なおさら分からない。
脅されているなら、自分に助けを求めればいいはずだ。
いや。恐怖で誰にも頼ることができないのかもしれない。
……少し、探りを入れてみることにした。
エヴァンは紅茶をひとくち含み、ティーカップをそっとテーブルに置いた。
彼女の真意を確かめるため、慎重に言葉を選んだ。
「ねえ、メルティア。このお茶には何か――」
その時の彼女の顔は、今でも忘れられない。
エヴァンは、言葉に詰まらせた。
彼女の瞳が、まるで高揚したかのように潤んでいた。
――ようやく何かを終わらせてもらえることを、待ち望んでいたかのように。
一瞬だった。ほんの一瞬、彼女の表情に浮かんだ喜び。
それをエヴァンは、決して見逃さなかった。
「……エヴァン様?」
黙り込むエヴァンに、彼女は様子を窺うように首を傾げた。
もう、彼女はいつもの表情に戻っている。
けれど、エヴァンの脳裏には先ほど見た表情が、焼きついたように離れない。
「…………っ」
咄嗟に口元を覆った。
おそらく、自分は今、口元がだらしなく歪んでいる。
それを隠すように、エヴァンは笑顔を作り直した。
「……いや。いつも通りおいしいよって伝えたくて」
そう伝えれば、メルティアは安堵したように微笑んだ。
やはり彼女は罪を隠す気がない。
だが、彼女の行動そのものは、自分を殺さないように必死になっているようにさえ思えた。
どう見ても自分を好いているようにしか見えない。
それなのに、自分に裁かれることを望んでいる?
意味が分からない。何故だ?
これが……彼女にとっての、救済?
そこまで辿り着いた瞬間、なぜだか言いようのない喜びが湧き上がった。
エヴァンの瞳が大きく見開かれる。
自身の正気ささえ疑ったが、エヴァンはそれを受け入れることにした。
そこからの行動は早かった。
エヴァンは、すぐに彼女の周囲を調べ始めた。
彼女が父親に酷い扱いをされていると知った時には、なぜもっと早く調べなかったのだと後悔した。
ヒントはいくらでもあったはずだ。
もっと早く気づいていれば、彼女を苦しませずに済んだ。
それなのに自分は、彼女を理解することを優先した。
(……くそっ)
立ち止まっている暇はない。だからこそ、内心では必死だった。
メルティアとの会話でも、可能な限り彼女の意思を尊重する形で言葉を選んだ。
自分が彼女を囲うことなんて、やろうと思えば無理にでも行える。
ましてや彼女は、脅されていたとはいえ罪人なのだ。
そうする理由はいくらでも作れる。
でも、それでは意味がない。
彼女自身に選んで欲しいのだ。
そしてようやく彼女は、自分の願いを口にしてくれた。
「……エヴァン様のおそばに、ずっといますわ」
うん。やっと引き出せた。
やっぱり彼女は――ホンモノだ。
◇
不意に、エヴァンの肩に頭を預けていたメルティアが、僅かに身じろぐ。
ゆっくりと瞼が持ち上がり、虚な瞳が覗く。
彼女は小さく声を漏らすと、目元を擦った。けれど、急に我に返ったかのように身体を起こした。
「す、すみません! 私、寝てましたか!?」
「うん。気持ちよさそうだったよ」
慌てた様子でいつもより声が大きい彼女が、どうしようもなく愛おしい。
エヴァンは乱れた髪を払うように、彼女の頬へ触れた。
そのまま、自身の唇を彼女のものへ重ねた。
彼女は一瞬、身体を震わせたが、すぐに力を抜き、彼に身体を預けた。
もう、彼女にとって自分は安心できる場所になっているはずだ。
彼女から伝わる体温が、そう告げている。
ゆっくりと唇を離すと、未だ寝ぼけているのか、熱のこもった、とろんとした瞳と目が合った。
エヴァンは口元を緩ませる。
「うん。やっぱり僕たちは相性がいいよ」
そう言いながら、彼はにこりと微笑んだ。
意図が分からないのか、メルティアはその瞳を大きく揺らす。
「エヴァン様?」
様子を窺うように上目遣いになる彼女を見て、身体の奥から何かが込み上げた。
不思議と嫌な気はしない感覚に、彼はもう一度彼女の頭を撫でた。
エヴァンは元々ちゃんと普通の王子です。
メルティアが彼の隠れた本質を引き出しちゃったのよねー。




