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毒盛り悪女の紅茶を、王子は今日も喜んで飲んでいます【連載版】  作者: ゆにみ。
本編

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3/5

毒飲み王子(sideエヴァン)

 ねえ、メルティア。

 僕達ってとっても相性がいいと思うんだ。


 とある日の昼下がり、いつものようにティータイムを終え、エヴァンとメルティアは、庭園にある木の根元に二人で寄りかかっていた。


 あたたかな日差しにいつのまにか眠ってしまったメルティアは、エヴァンの肩に頭を預けていた。


 それを彼は当然のように受け入れていた。


 うん。こうしているだけでも分かる。

 やっぱり僕達は、ずっとこうしているべきだ。




 ◇



 メルティアのことは、初めはそこまで好印象ではなかった。


 とある日の王宮で開かれたガーデンパーティー。

 少女たちが和気藹々と会話をする中、その輪から外れたように、ひとりデザートを口にしている少女が目に入った。


 (あれは……ノートン公爵令嬢か)


 高位貴族にしては、随分と控えめだ。


 どこか周囲から一歩引いているようにも見える。

 高位貴族とあらば、高飛車な性格のものが多い中、彼女はどこか異質だった。


 淑女と言えば聞こえはいいが、この社交界で生きていくには多少の積極性も必要だろう。


 ――ほんの気まぐれだった。


 「やあ。君はノートン公爵令嬢だね。あちらで少し話をしないか?」


 「……で、殿下。は、はい……」


 声をかけると、彼女は目をぱちぱちと瞬かせた。

 エヴァンはそのまま彼女を人々の輪へ引き入れ、会話を楽しんだ。


 それがきっかけだったのかもしれない。

 それからというもの、彼女から妙に熱のこもった視線を向けられるようになった。


 自分の容姿や立場を考えれば、好意を向けられること自体は珍しくない。

 

 だから、その時はさほど気に留めなかった。

 ただのその他大勢に過ぎなかったのだ。


 しばらくして、エヴァンとメルティアの婚約が決まった。

 王族なのだから、政略結婚は当然だ。


 だが、どうせなら関係は良好でありたい。


 そう思っていたが、メルティアは思いの外真面目な少女だった。

 王妃教育にも真剣に取り組み、教育係からの評判もいい。


 自分との交流でも、懸命に話題を振ろうとしてくる姿が好ましかった。


 (なんだ。普通に話せるじゃないか)


 これなら夫婦となっても、良好な関係を築けそうだと安堵した。


 ――そう思っていたのに。


 ある日、彼女が言った。


 「私はお茶を淹れるのが得意なのです」


 そうして、彼女手ずからお茶を用意してもらうことになった。


 なんとなく声色と表情の硬さに違和感を覚えたが、特に気に留めることもなく、エヴァンはティーカップを顔へ近づけた。


 その時だった。微かに鼻につく香りが、鼻を通った。

 エヴァンはすぐさま彼女を一瞥した。すると、彼女は自身の手元を不自然なほどに凝視していた。


 エヴァンは僅かに目を細めた。


 (……何か入れたな?)


 確信に近かったが、エヴァンは躊躇わずに紅茶を口にした。

 ぴりりと舌先がほんの少し痺れる。これは毒だと確信に変わったが、彼の瞳はメルティアをしっかりと捉えたまま。


 紅茶がエヴァンの喉元を通ると、彼女は心底安堵した顔をする。


 余計に意味が分からなかった。


 (なんだ? 彼女は僕のことを好いていたのではないか? 自惚れだったのか?)


 この日から、エヴァンはメルティアを注意深く観察することになる。


 王族への殺人罪は、たとえ未遂であろうと即刻死罪だ。


 けれど、エヴァンはすぐにメルティアを捕らえなかった。


 ――死なない確信があったからだ。


 誰にも話していないが、自分には異能がある。

 他人から簡単に殺されない程度の、あまり役に立たない能力だが、毒を喰らうことができる。


 彼女のことは、いつでも捕らえられる。

 だからこそ、メルティアの真意を探ることにした。

 

 この日も当然のようにエヴァンは、メルティアから差し出されるお茶を口にした。


 液体が喉を通っていくたびに、じんわりと痺れが広がった。

 殺すにしては、毒の量が少ない。むしろ昨日よりも僅かに減っているような気もする。

 

 「……うん。おいしいね」


 そう口にすれば、彼女は安心したような顔を見せる。


 別の日も同じだった。

 怯えたように毒を入れ、自分が無事であることを確認する。

 しまいには、薬瓶をちらりと覗かせるようにまでなった。


 (……なんだ? 隠す気があるのか?)


 毎回となれば、わざとなのだろう。

 

 ――もしや、本当に隠す気がない?


 そこで初めて、彼女が誰かに脅されている可能性に辿り着いた。

 それなら、なおさら分からない。

 脅されているなら、自分に助けを求めればいいはずだ。

 いや。恐怖で誰にも頼ることができないのかもしれない。


 ……少し、探りを入れてみることにした。


 エヴァンは紅茶をひとくち含み、ティーカップをそっとテーブルに置いた。

 彼女の真意を確かめるため、慎重に言葉を選んだ。


 「ねえ、メルティア。このお茶には何か――」


 その時の彼女の顔は、今でも忘れられない。

 エヴァンは、言葉に詰まらせた。


 彼女の瞳が、まるで高揚したかのように潤んでいた。

 ――ようやく何かを終わらせてもらえることを、待ち望んでいたかのように。


 一瞬だった。ほんの一瞬、彼女の表情に浮かんだ喜び。

 それをエヴァンは、決して見逃さなかった。


 「……エヴァン様?」


 黙り込むエヴァンに、彼女は様子を窺うように首を傾げた。

 もう、彼女はいつもの表情に戻っている。


 けれど、エヴァンの脳裏には先ほど見た表情が、焼きついたように離れない。


 「…………っ」


 咄嗟に口元を覆った。


 おそらく、自分は今、口元がだらしなく歪んでいる。


 それを隠すように、エヴァンは笑顔を作り直した。


 「……いや。いつも通りおいしいよって伝えたくて」


 そう伝えれば、メルティアは安堵したように微笑んだ。


 やはり彼女は罪を隠す気がない。

 だが、彼女の行動そのものは、自分を殺さないように必死になっているようにさえ思えた。


 どう見ても自分を好いているようにしか見えない。

 それなのに、自分に裁かれることを望んでいる?


 意味が分からない。何故だ?


 これが……彼女にとっての、救済?


 そこまで辿り着いた瞬間、なぜだか言いようのない喜びが湧き上がった。

 エヴァンの瞳が大きく見開かれる。


 自身の正気ささえ疑ったが、エヴァンはそれを受け入れることにした。


 そこからの行動は早かった。

 エヴァンは、すぐに彼女の周囲を調べ始めた。


 彼女が父親に酷い扱いをされていると知った時には、なぜもっと早く調べなかったのだと後悔した。

 ヒントはいくらでもあったはずだ。


 もっと早く気づいていれば、彼女を苦しませずに済んだ。

 それなのに自分は、彼女を理解することを優先した。


 (……くそっ)


 立ち止まっている暇はない。だからこそ、内心では必死だった。


 メルティアとの会話でも、可能な限り彼女の意思を尊重する形で言葉を選んだ。

 自分が彼女を囲うことなんて、やろうと思えば無理にでも行える。

 ましてや彼女は、脅されていたとはいえ罪人なのだ。


 そうする理由はいくらでも作れる。


 でも、それでは意味がない。


 彼女自身に選んで欲しいのだ。


 そしてようやく彼女は、自分の願いを口にしてくれた。


 「……エヴァン様のおそばに、ずっといますわ」


 うん。やっと引き出せた。


 やっぱり彼女は――ホンモノだ。

 


 ◇



 不意に、エヴァンの肩に頭を預けていたメルティアが、僅かに身じろぐ。


 ゆっくりと瞼が持ち上がり、虚な瞳が覗く。

 彼女は小さく声を漏らすと、目元を擦った。けれど、急に我に返ったかのように身体を起こした。


 「す、すみません! 私、寝てましたか!?」


 「うん。気持ちよさそうだったよ」


 慌てた様子でいつもより声が大きい彼女が、どうしようもなく愛おしい。

 エヴァンは乱れた髪を払うように、彼女の頬へ触れた。


 そのまま、自身の唇を彼女のものへ重ねた。

 彼女は一瞬、身体を震わせたが、すぐに力を抜き、彼に身体を預けた。


 もう、彼女にとって自分は安心できる場所になっているはずだ。

 彼女から伝わる体温が、そう告げている。


 ゆっくりと唇を離すと、未だ寝ぼけているのか、熱のこもった、とろんとした瞳と目が合った。

 エヴァンは口元を緩ませる。


 「うん。やっぱり僕たちは相性がいいよ」


 そう言いながら、彼はにこりと微笑んだ。

 意図が分からないのか、メルティアはその瞳を大きく揺らす。


 「エヴァン様?」


 様子を窺うように上目遣いになる彼女を見て、身体の奥から何かが込み上げた。

 不思議と嫌な気はしない感覚に、彼はもう一度彼女の頭を撫でた。

エヴァンは元々ちゃんと普通の王子です。

メルティアが彼の隠れた本質を引き出しちゃったのよねー。

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