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「なんで私が騎士団に行かなきゃいけないんだよ」
「……やっぱり? だよなぁ。そう言うと思った」
アマーリヤはがっくりと肩を落とした。
今はグリース発案の乗馬中だ。
どうやら体を動かしたいらしく、朝からランニングをしたり、トレーニングをしたり、今は乗馬、次は手合わせと予定が組まれている。グリースが勝手にアマーリヤを呼んだのか、公爵はいい顔をしなかったけれどどうにか言い負かしたらしかった。
そしてアマーリヤは、騎士団に遊びに来ないかと誘った。敢えてモラダが呼んでいるとは伏せた。騎士団にさえ来てくれればどうにかなるだろうけれど、そもそも騎士団に来るというのがグリースは嫌がるだろうと思ったからだ。
(まあ、オレが用件を聞いて伝えればいいしな)
それにしても髪が伸びてもやはりグリースはグレンだった。
毎日に嫌気が差していたあの日、たまたま隣にいたグレンを飲みに誘ったが妙に気に入ってしまって饒舌になった。
今もそうだ。
グレンがグリースであっても、気負わなくていいというか、緊張しなくていいというか、気遣いをしなくて済む。
下手な言葉遣いをしても、さらに上回る態度と言葉遣いが返ってくるから気にする必要もない。
馬を走らせる。障害物をジャンプして回避。方向転換。
ぴったりグリースも同じことをやってのけた。
「なんか楽しいことないかなー」
「わかる。オレもそう思う。またグレンになって飲みに行かねえ?」
「それもいいなあ。毎日毎日つまんねえんだよなぁ」
「超わかる」
感覚も同じ。
手合わせに移る。
武器を使わない殴り合いだ。
(……お?)
アマーリヤは驚いた。
グリースはかなり素早かった。
自分はいくら腐っても騎士団員のひとり。鍛錬は嫌々ながらも続けているし、体はグリースよりもふた周りは大きい。
もちろん一撃の衝撃は少ない。
騎士団から受ける拳の重さに比べれば平手で叩かれているのと同じくらいだ。
だが防御が追いつかなかった。
膝を狙われ防御。
足の甲を狙われ防御。攻撃、回避される。
脇腹、鳩尾、キドニーと次々と急所を狙われ、防御防御防御。
いよいよ攻撃に転じるのが難しくなってきた。
──もしもグリースが短剣なんて持っていようものなら。
いやいやまさか。さすがに公爵令嬢がナイフなんて。
(……有り得そうだな)
そうしていつの間にか満足したのか、ふたりは汗まみれになって芝生に寝転がっていた。
汗をかき、汗が冷えるとなんだか眠くなってくる。
そよ風が熱い肌を優しく撫でた。
「没落したら、田舎に移住したい」
ふとアマーリヤが言った。
グリースが笑った。
「わかる。超わかる。私も首都は嫌だ。人間が多すぎる」
「そうそう。なんだかずっと騒がしくて疲れる。森の奥か、山の上がいい」
「獣から身を守ることを考えると山の上に一票かな」
「どっちにも住んでみようぜ。どっちが暮らしやすいか比べよう」
「それもいいなあ。手作りの小さい家なら安く済むし」
「出掛けるのめんどいから、野菜はオレ達で育てよう」
「あり。出掛けるの怠いのわかる。この乗馬服もさ、こんなに飾りとか刺繍いるか? 邪魔くせえ」
「わかる。騎士団服もやたら派手」
「知ってる。着たことあるから」
「そうでした。へへ」
「へへじゃねえよ」
笑う。
話も合う。
楽しい。
落ち着く。
しばらく沈黙が続いた。
うとうととしていたのだ。
グリースの寝息が聞こえ始め、心地よくてアマーリヤも目を閉じる。
いいなあ、こういう時間。
グリースといると、落ち着く。
はっと気付いて寝過ぎたかと思ったけれど、さほど時間は経っていなかった。
体を起こし、隣に寝そべるグリースを見つめる。
かわいい、は似合わないだろう。
美しい、綺麗。涼やか。冷ややか。どの言葉も今ひとつ足りない。
──澄んでいる。これだ。
アマーリヤはグリースの寝顔を見つめ続けた。
体が弱かったという話は、きっと嘘だろう。
彼女は長年鍛えている。しかも特殊な環境下で。しかし、それを追求すれば去ってしまう。
ようやく手に入れた友人をアマーリヤは手放すつもりはなかった。
アマーリヤはグリースの額に口付けをしようとした。
そうしたかった。そうしたい穏やかな気持ちだった。
しかし寸前で止まった。
首筋にあたる冷たい切っ先に気付いたからだ。
グリースの手にあるナイフの切っ先が今まさにアマーリヤの柔らかな皮膚を貫こうとしている。
アマーリヤは降参とばかりに両手を挙げた。
「ストップ、ストップ。悪かった、マジですまんかった」
「猿か、お前は」
「そういう性欲とかじゃなくてだな」
「離れろ」
(やっぱりナイフ持ってんのかよ)
◇◆
なぜ?
グリースはまたもや公爵家に来たモラダを前にして疑問を抱かずにはいられない。
なぜ、彼はここにいる?
また公爵がグリースへの報告を敢えて怠ったのだろうけれど、家庭菜園のための土起こしをやっているときに王子を通すことはないだろうに。
つばの広い帽子と、汚れても構わない男物の服を着用しての出迎えは、モラダのみならずグリースも予想外だった。
スコップを土に突き刺し、さらに踏み叩いたところでモラダがやってきた。
互いに無言。
かたやお洒落な外服、かたや右足をスコップに乗せた土まみれ。
「……ご機嫌よう──」
「挨拶は構わない。続けてくれ」
なにか手土産を持っているが、今は渡すべきではないと判断したらしく傍に歩み寄ってきただけだった。
お言葉に甘えて土を耕す。
「なにを植えるんだ?」
「いくつかの野菜を。練習しようかと思いまして」
没落後のアマーリヤとの堕落した生活のために──とは言わないが。
練習、と無理やり納得させたモラダがグリースの作業を見つめている。
「自分でやるのだな」
「自分でできなければ意味がないので」
まさかメイドを山奥にまで連れていくわけにもいかないし、せいぜいアマーリヤとふたりののんびり生活だ。
文字通り、自分でできなければ意味がない。
「俺もやろう。もうひとつスコップはあるか?」
上着を脱ぎだしたモラダを制止する暇もなく、どこかからか見つけてきたスコップを手に、グリースの隣に立つ。
そしてグリースよりも深く土を掘り返した。
色の違う腐葉土がぱらぱらと表面に広がっていく。
「グリースと呼んでも?」
「ええ。どうぞ」
「グリースも俺をモラダと呼んでくれ」
「……はあ」
なんで?
「グリースがもしも危険な場面に遭遇したら、どうする?」
「……はい?」
手を止め、見やるとモラダもまたグリースを見返した。
「誘拐犯。相手は3人の男たち。連れ去られてしまったグリースの傍に不運にも護衛はいない。どこかの部屋に閉じ込められていて、窓はなく、ドアもひとつ。ドアの外には男たちの声。まもなく男たちはグリースがいる部屋にまた入ってくる。手首はロープで捕縛。
どうする?」
意図がわからなかった。
なにかのテストなのだろうか。
ああ、きっと淑女らしさを見ているのか。
怖くて何もできませんわ、とか言うのを待っているに違いない。
わざわざ気に入られるような返答なんてしてやらない。
自分の答えを言った。
「親指を折ります。利き手ではないほうの」
モラダの目が見開かれた。
やや答えに詰まってから、やっと返答があった。
「……なぜ」
「折ることでロープが緩み、外れるかもしれません。折ったあとで拘束をとき、武器になるものを探します」
「それから……?」
「ドアの裏に隠れます。油断しているところを確実にひとりずつ仕留めます」
そこまで本音で答えてやって、土起こしを再開させた。
こんなものでいいだろう。
主食の芋と、葉物の種をまずは蒔こう。
そんなことを考えていると、急にモラダが吹き出して笑った。
眩しい笑顔だ。
眩しすぎて、苦しくなる。
溌剌としていて、生きる目的を持っていて、活力があって、グリースには直視しにくい明るい笑顔。
彼が放つ光が、グリースに差し伸べられた救いのように見えて、情けなくなる。
モラダはひとしきり笑ったあとで、思い出したように手土産らしき箱を差し出してきた。
「悩んで買ったんだ。君はなににも興味がなさそうだったから。グリースがこれを使わずに済むよう、より一層警戒を強めるよ」
受け取り、薄い箱の蓋を摘んで持ち上げる。
細く、軽いナイフだった。
なんでこんなことをするのか、よくわからなかった。




