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アマーリヤに見送られて、公爵のアマーリヤに対する好感度を地道に上げる作戦の一歩を踏み出しつつ、ふたりは屋敷の前でわかれた。
自室に戻り、部屋の鍵をかける。
ドレスを脱ぎ捨て、ひとりで風呂に入っていると階下で悲鳴に近いなにかが聞こえた気がした。こんな夜になにがあったのだろう。
しかしその後、自室のドアが叩き壊されるくらいノックをされたが、公爵の興奮する声が聞こえるだけで敵襲だとか、そういった類いの緊急事態ではなさそうだと判断し、無視をした。
たとえ、そのときに対応していたとしても時すでに遅し──だったのだが。
◇◆
翌日、公爵家を訪れたのはなんと避けていたはずのモラダ第三王子殿下。
暇だなぁ、久しぶりに体を動かさないとなぁと思って庭で紅茶を何杯目か飲んだときに、いきなり現れた。
モラダは見たこともない大きな大きな花束を抱えていた。
いや、あからさまに持たされていた──というべきか。
東屋のチェアに腰掛けていたグリースは、突然登場したモラダに呆気にとられた。
錯覚であると思ったほどだった。
一瞬、驚きで思考が止まった。
その間、確かに互いに認識し合えるだけの時間があった。
先に気付いたのはモラダだった。
「グレン……か?」
まずい、と顔を背けるが、険しい表情に似つかわしくない花束が視線に先回りする。
「グレン。そうだろう? なにがどうなって……いや、グレンの姉妹、か?」
回り込まれたモラダからは逃げられそうもない。
どうする。
グレンの双子の妹だという設定にするか。
いや、無理だ。
彼ほどの地位にある男が、まさか先触れなく公爵家に来るはずがない。
ということは、先触れがあったと考えるのが妥当。公爵は知っていてこの庭にモラダを通したことになる。もしくはアマーリヤとグリースを離れさせようと、わざわざモラダを招待したのかもしれない。
つまり、いずれにせよグリースとモラダを接近させるための工作だ。
今さら双子のグレンがいる設定に公爵が乗るはずもない。
どうする。
結果、素直に打ち明けるほうがややこしくならないだろうと結論付けた。
グレン──グリースは立ち上がり、カーテシーを執る。
口上と挨拶を済ませるが早いか、モラダは矢継ぎ早に質問攻めをしてきた。
「モラダ第三王子殿下、まずはおかけください。お茶を淹れます」
それから無言の時間が続き、教わったばかりのくっだらねぇマナーどおりに茶を入れてやると、モラダもくっだらねぇマナーどおり一口飲んだ。
グリースが先手を打った。
「その節は大変失礼いたしました」
「やはりグレンなのか? どういうことなんだ?」
グリースはアマーリヤに説明したのと同じ説明をした。
産まれてすぐに余命宣告を受け、公爵はそれでも諦められず地方の空気の澄んだ場所でグリースの治療を続けさせた。
グリースは周りに男だけしかいない場所で育ち、治療のひとつとして体を鍛え、ようやく首都にやってきた。
ところが、令嬢教育を受けるにつれ、あまりにも自分が世間知らずであり、非常識であることを痛感。
男の装いで街に繰り出し、首都の暮らしを学んでいた──というでっちあげをアマーリヤと同じくモラダも信じたらしかった。
「あの身のこなしはどういう訓練を受けたんだ」
瞬時に嘘を思いついた。
「治療院では、苦痛を伴う訓練もありました。体力の底上げが必要ですから、それがいかに辛いかはモラダ第三王子殿下もご存知のことでしょう。当然、逃げ出したいと思う者もおります」
「君も逃げ出そうと試みたことが?」
「一度ではありません。公爵閣下には言えませんが──
幸せな家庭で、両親と兄姉に囲まれて、苦痛を知らずに育ちたかったです」
ここで被害者ぶっていればモラダも深くは入り込んではこないだろう。
案の定、モラダはさらなる追求をしてこなかった。
「そ、そうか……。あ、こ、この花はだな、陛下が持っていくようにと……」
「ありがたく頂戴します」
抱えると、ずっしりと重かった。人工物ではないが、けして好きではない花の香り。
すぐにメイドが花束を受け取り、消えた。飾りに行くふりをしてくれているのだ。
さほど花には興味がないと知っているから。
去っていく花束に向けた冷ややかな目を悟られたのか、モラダの目は僅かに見開かれていた。
「花は好きではない、んだな」
「とんでもないことです。ありがとうございます」
「護身術をやるのか」
「少し」
「乗馬は」
「嗜んでおります」
モラダの目が白黒とする。
なんだか夢を見ているかのような顔だ。
「その……今日は挨拶だけとしよう」
「お忙しい中ありがとうございました。お会いできて光栄でした」
モラダはまた瞬きをぱちくりとした。
信じられないものでも見ているみたいに、じっとグリースの目を見つめ続けている。
ややあって、モラダが立ち去った。
背中を見送る。
公爵に牽制しようと思ったが、感情的になって動いてはうまくいかないことのほうが多い。公爵を殺しても構わないが、それではあまりにも呆気なさすぎる。
クソは塵屑みたいに死なないと。
いつだって公爵なんか殺せるのだから。
◇◆
おっどろいた。
理想そのものだった。
グレンがやけに気になっていたのは、どうやら顔が好みだったからのようだ。グレンがグリース公爵令嬢であると目の当たりにすると、心のどこかでほっとしている。
落ち着いた髪色、服。
切れ長の強靭さを隠し切れていない瞳。
花にも宝石にも興味がなく、ましてやモラダが帰宅を匂わせても引き留めもしない。
さらには表情に変化がないのもいい。
モラダは騎士団に向かう王族専用の馬車に揺られながら、頭を抱えていた。
公爵と国王陛下は既に婚約を取り付けていた。
昨夜のうちに交わされた約束らしいので、当然、グリースも昨日のうちに知らされていたであろう。
なのにあの落ち着きよう。
自分がなにかを言う必要がないくらいにすべてを悟っている表情と冷静さは感嘆に値した。
グリースと結婚する。
彼女が妻になる。
現実味を帯びると、これまで結婚や女性に興味を持てなかった自分が嘘みたいにグリースのことばかりを考えていると気付く。
興奮さえしていた。
グリースをもっと知りたい。
彼女はなにに興味を持つのか。
あの身体能力も。
いつの間に自分の執務室に戻ってきたのかもわからなかった。
ふと我に返ると書類の山に囲まれていて、目の前にアマーリヤが立って自分を窺い見るような表情を浮かべている。
なにかを話し掛けられていたらしかった。
「……なんだ?」
「え? モラダ第三騎士団長がオレを呼んでいると聞いて来たんすけど……」
「……俺が?」
記憶にない。
ざっと上辺にある書類に目を通したが、アマーリヤを呼ぶ理由は思いつかなかったし、思い出せなかった。
その奇妙さにアマーリヤの顔はどんどん訝しげになっていく。
「あー……、その、令嬢の対応はうまくできたのか」
「はい、ばっちりッす。なんか早く帰りたがったので、すぐ終わったんですけど」
頷く。
そうだ、アマーリヤに騎士団を辞めないよう進言するつもりだったのだ。
本来の呼び出した理由は思い出せないが、これも立派な用件のひとつだ。
「令嬢に伝えたいことがある。今度お会いできるよう手筈を整えてくれ」
「……え、会うんすか?」
「上司として伝えておくべきことがある」
アマーリヤは考えるように視線を上に向け、腕を組んだ。
上司に対する態度ではなかったが、今はまだ些細なことを気にする心情でもない。
「結構、気難しいんすよねぇ。オレの頼みを聞いてくれるかなぁ。尻に敷かれてるっつうか……」
「急ぎではない。しかし一ヶ月以内には約束を取り付けてくれ」
「……まあ、やってみます」
そう言って、アマーリヤは退室した。
またどこの令嬢か聞くのを失念した。
「なにをやっているんだ、俺は」
冷静になれ。
浮かれるな。
理想の女を見つけたからって。




