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もちろん公爵を納得させるのは不可能であった。
グリースもまさか一回の提案で受け入れられるとは思っていない。
あいつはあくまで公爵家を維持、発展させたいだけの男。
なるべく優秀な男を家に入れ、グリースに子どもを多く産ませ、直系の公爵家の繁栄だけを考えている。
そこによもや男爵位なんて考えもしないだろう。
だから、思ってもいない戯言を吹き込んだ。
自分よりも地位の高いものを婿入りさせると、公爵を馬鹿にして言うことを聞かない。
自分よりも遥かに地位が低く、ノウハウも知らない男を取り込み、自分の思うとおりの操り人形にしてしまえばいい──と。
さらには男爵の四男坊は、男爵からの束縛も緩く、派閥にも疎い。施された教育も厳しくなく、穏やかな性格で、反抗すらしない世間知らずだ。公爵が娘の思う男の婚姻を許すというのも好感度をかなり左右するうえ、婿を完全に意のままにできる、とも。
公爵は、それも悪くないと思ったらしかった。
しかし、すぐには信用ならぬということで護衛の役目とエスコートのみ許可された。あくまで護衛だから、エスコートをするという意味である。
婚約は、少なくとも1年はアマーリヤの人柄を見てからということになった。
(まあ、許容範囲内)
公爵の警戒心を解くには数年は掛かるだろうと見込みはついている。
グリースにとってみれば、とにもかくにも公爵家なんてなくなってしまえばいい。
こんなもの、大切にしていたって仕方がない。
地位がなんだ、所有する金の量がなんだ。身に付ける飾りの価値がなんだというのだ。
グリースはくだらないこの貴族社会に骨を埋めるつもりは毛頭なかった。
初めから、壊してやるつもりで従っているふりをしているのだから。
◇◆
「第三騎士団長、この日は休みをください」
デスクに向かって、いつも以上に険しい顔で書類を捌いていくモラダにアマーリヤが言うとモラダはちらりと休暇申請書に目をくれた。
アマーリヤはこの光景を何度も見ている。
第三騎士団長の執務室は常にモラダがひとりいる。現場に出ていないときは、訓練をするか、ここで事務処理をするか。
風呂に入るときも団服を着付けたままなのではないかと思うほど、彼は厳格だ。
そして、その厳しさを他人にも求める節がある。
つまり、休ませてはくれない。
「却下する。その日は人手が足りない。王宮で令嬢たちのデビュタントが開催される。俺ももちろん王族としてではなく、警備の観点から第三騎士団のほとんどが参加する。しかし王宮にばかり手厚く騎士を配置して、他の警備が手薄になっては本末転倒だ。ひとりも休んで欲しくない」
アマーリヤは片足に体重をかけようとして、寸でのところで耐えた。以前、姿勢の悪さをこっぴどく叱られたことがあるからだ。
「オレもそのデビュタントに参加するんすよね。エスコートを頼まれまして」
アマーリヤは深く考えずに、事実そのままに言った。
ようやくモラダの手が止まった。
驚いたような眼差しでアマーリヤを見上げてくる。
「親しい令嬢がいたのか」
「あー……まあ、そうっすね」
親しい、のか?
多分。
おぶってくれたし。記憶にないけど。
「婚約者か? 婚約を結んだとは報告がないが」
モラダの眉根が寄った。報告、連絡、相談。常に抜け目なく実施するよう言いつけられている。
慌てて否定する。
「婚約はまだです。仲良くなって、護衛兼エスコートを頼まれたというか。相手は最近になって首都にきて、親しい人が少ないっぽくて。急に頼まれたんで。そうそうオレ以外に頼れる人がいないって泣きつかれて」
思い付いたように言った。
モラダが考えている。
ややあってから応えた。
「つまり、令嬢の護衛の任を果たすためではあるが、会場の中には居るというわけだな?」
「はい」
「有事の際には騎士団の指揮下に入って即応するように」
申請書にモラダが許可のサインをする。
アマーリヤにとって、休暇申請が初めて許可された出来事であった。
(グリース、あざーーーす!)
◇◆
いよいよデビュタント当日。
「髪飾りもネックレスもいらない。ドレスも落ち着いた色で、装飾品は全部外して」
「え……でも」
監獄を出てから一度も刃を入れなかった髪はなかなかに伸びた。毛先が肩につくか、つかないか。もちろん、他の貴族令嬢からしてみれば遥かに短髪ではあるのだが、邪魔くさいウィッグをつける必要はないだろう。というか、つけたくない。治療のため伸ばせなかったとか、あのときの茶会参加者には適当に誤魔化しておけばいい。あれから歯向かってくる令嬢もいないし、牽制にはちょうどいい機会だった。同情も買えるし、長い髪が美しいとされる社会では男にも気に入られることはない。一石二鳥。
それに、公爵位の令嬢ともあれば変な好奇心に囲まれるに違いない。
質素な出で立ちで行けば、自然と蝿は離れていく。
宝石やドレスの生地やデザイン、靴のブランド、花の種類、そんなものしか興味のない奴らを遠ざけるにはもってこい。
こんな奇怪な女を理想とするものは、貴族社会にはいないはずだ。
自ら選んだ濃い深海の青色のシンプルかつ露出の少ないドレスと、無礼にならない程度の化粧のみを施してアマーリヤを待つ。
「おー。こうして見ると、やっぱりグレンだなぁ。半信半疑だったけど、間違いねえや」
迎えに来たアマーリヤが入室してくる。
ジャケットにグリースと合わせた深い青の装飾が所々に散らばっていて、派手さはないものの上品である。
アマーリヤの髪色が目立つため、むしろ服は落ち着いた色で合わせるのが彼をより引き立たせるようだった。
「公爵令嬢の護衛とエスコートをするつったら、なんか親父が気合入れちまってよ、このカフスボタンもラペルピンも新品だぜ?」
きらめくサファイアを指でぴんと弾く。
「そりゃあ、男爵の四男が公爵令嬢となんて激玉の輿だからねぇ」
「そりゃそうだ。よし、行こうぜ」
基本そっちのけで適当にエスコートをするアマーリヤ。
このくらいでちょうどいい。
マナー、ルールを緻密に作り上げてきたせいで自らの首を絞め上げている貴族たちは笑うかもしれないが、マナーもルールもグリースの中では重要ではない。
国王と王后両陛下、そして王太子のみが参加していることは調べがついている。アマーリヤのいう例の堅物上司に会うことはないだろう。
適当に過ごし、適当に公爵家をぶっ潰す。
長い目で見ればいい。
やいのやいの公爵に言われつつ、馬車に乗り込む。
「つうか、初めて休暇貰えたんだわ。エスコートパワーすげえわ。あの堅物上司が許可サインするの初めて見た」
むしろアマーリヤのほうがはしゃいでるように見えた。




