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「お前もそろそろ身を固めろ!」
そう怒鳴るのはモラダの実父、つまり国王である。
父は王族に珍しく、長男だけを贔屓することなく実子全員を平等に扱い、教育し、訓練し、観察し、真に長男が適当であると認めたうえで王太子の冠を授けた男だった。ゆえに実子だけでなく、周囲からの信頼も厚い。
ただ、貴族からはそのようなやり方を疑問視する声も上がっているのも事実である。しかし、かなりの少数派だ。表面化していないが、伝統を守って長子を後継者にと思いつつ、適任者が第二子であると薄々感じていた家門にとっては前例があって助かるといった声のほうが圧倒的に多い。
久しぶりの家族揃っての晩餐の話題は、もっぱら、未だ婚約者のいない24歳のモラダの結婚についてであった。
モラダはうんざりして肉を頬張る。ソースの香りが強い。
「女に興味はありません。国防のために、王族として全力を尽くすと誓いました」
「家族がいたとしても、国防に注力できるだろう?」
「どちらに対しても半端者になりたくありません」
「堅物! 頑固者!」
「ええ。陛下によく似ていると褒められることが多く、非常に光栄に思っております」
父は半ば頭を抱えた。
もちろん見合いはこれまでにも何度かあった。
両親が用意したもの、申し出があったものなど様々だ。しかし、その全てを破談にしてきたのはモラダ本人である。急な任務に対応して約束をすっぽかしてみたり、露出の多い服をあからさまに嫌悪してみたり、宝石や花や天気やドレスの話に上の空で返してみたり。
それよりも、どうしてもグレンの存在が気になる。
徹底的に姓を伏せ、モラダの目の前から逃亡を成功させたあの身のこなし。
彼は誰なのか。
あの動きは並大抵の訓練ではできない。
やはりアマーリヤに近付いたのには、なにかしらの企みがある間者だろうか。
特別な環境で、特別な訓練を受けたに違いない。
あのままモラダと交流を深め、情報を抜き取るほうが間者であれば有益であっただろう。
しかしそうしなかった──。
気になる。
あの日以来、なせだかグレンが気になって仕方がない。
刈り上がった髪。
白い肌。華奢な体。
しかし力強い瞳。
送り返されてきた団服も差出人不明なのだから、気になるなと言うほうが無理である。
「どんな女性が好みなのだ? そのくらい教えてくれたっていいだろう?」
「そうですね……」
ここで本音でありながらも無理難題だとわかっている事項を挙げておけば、この話題は終わるだろう。
モラダは心から女には興味がなかった。
かといって男に劣情を催すのかといえばそうではなく、ただただひたすら純粋に、女という生き物に惹かれるものがない。
ドレス? 宝石? 髪飾り? 邪魔そう。
花? どうせ枯れる。
化粧? 香水? くさい。
そしてなにより、うるさい。
心からそう思う。
モラダは浮かんだ条件をつらつら挙げた。
「髪は短いほうがいいです。騎士のように短くていい。守られるのを当然と思っておらず、助けろと宣うことなく、むしろ自力で活路を見出す行動力と強さと冷静さと狡猾さと知性を持ち、化粧も時と場と場合を考えたとき以外には施すことを好まず、服と靴は動きやすさを優先し、剣や乗馬や護身術の嗜みがあり、人の気配や気心、そして引き際を察するのがうまく、宝石とドレスと花に興味はなく、ふたりの間に会話がなく沈黙していても構わず──」
「いるわけないだろ!!」
と、父と兄の声が揃う。母まで頷いている。
そのとおり、いるはずがない。
結婚をするならば公爵位や他国の王族が適当であるが、その地位にいる令嬢たちはみなモラダの好みから大きく外れる。文字通り、とんでもなく大きく外れる。
そして平民とは出会う場がない。
父はうんざりしたように声を落ち込ませた。
「そんな女性いるわけないじゃないか……」
「では結婚できませんね。残念です」
「……つまり、そういう女性がいたらすぐにでも結婚するわけだな?」
「もちろんです。演技でなく、真にそういう人がいれば」
「その日のうちにでも?」
「はい。その日のうちにでも。」
溜息混じりに父は項垂れてしまった。
そうはいっても絶望的だと知っているからだ。
こうまでしても子の意思を尊重し、婚姻を強制しないところはさすが父の人柄であるといえた。昔ながらの王族であれば、とっくに意思とはかけ離れた妻がいたことだろう。
到底、大切にするには難しい妻が。
「体や顔は? 豊満な体、愛嬌がある顔、美人、好みがあるだろ?」
せめて、といったふうの質問であった。
誰の目を思い出したのだったか──モラダは答えた。
「体は健康的であれば。髪や瞳は花のように淡く明るい色よりは、落ち着いた色のほうがよいかと。
そして──
意志の強そうな、切れ長の瞳の女性がいいです」
しかし、めらめらと燃え上がる闘志を内包しているというよりかは、湖に張る分厚い氷のごとく透明でいて、冷たい強さがいい。
◇◆
意志の強そうな切れ長の瞳にアマーリヤは気圧されていた。
瞳の色がそうするのか、雪の日に凍った湖の氷面を見ているようだった。湖水の水色ではなく、雪と空の色を混ぜた灰色がそのまま氷漬けにされた瞳。
目の大きさに対してやや小さな瞳には、澄み渡る強さがあった。
真っすぐ見つめられると見透かされているようでいて、絶対に勝てないと錯覚さえ起こさせる。
未だ状況の掴めない中で馬車に乗り込んだアマーリヤは、公爵の所有物といえど外よりかは遥かに狭い空間で次々と驚きの事実を並べられ、さらに頭が混乱する。
要約する。
「つまり、グレンは偽名で、本当は女で、名前はグリースで、ディシェンブル公爵令嬢ってことか? グリース・ディシェンブル公爵令嬢?」
「そう」
「生まれつき病気で、産まれてすぐに余命宣告まで受けていたけど地方で治療し続けて、ようやく最近完治して首都に来て、令嬢教育を受けている?」
「そう」
「髪は病気のせいで伸びなかったけど、今は伸ばしている途中」
「そう」
「男の服は体力をつけるために動き回りやすいから」
「そうだっつってんだろ。何回確認すんだよ」
「で、口が悪いのは病院が男だらけだったから……なんだかとんでもねえ話だな……。
でも、とりあえず話はわかった。
だから団服も返しに来られなかったし、家門も名乗れなかったつうことだな。わかった。
それで、オレになにを頼みてえんだ?」
「護衛兼婚約者兼デビュタントのパートナー」
「……え、オレ!?」
グリースは履き心地の悪すぎる靴を床に叩きつけるようにして脱ぎ捨てた。足を組む。裸足を見せることになにも感じていないらしく、苛立たしげにドレスの裾を乱暴にまとめて足の横にぽいっと放った。当然、そうしただけのドレスなどもとに戻るのだが。
「あー、もうッ! うぜぇな!」
「……社交界ではちょっと言葉遣い気を付けたほうがいいぞ」
「わかってるよ、そんなの。──で、なんの話だっけ──ああ、そうそう。とにかく公爵は私の結婚を望んでる。特に婿をね。あんた、貴族でしょ?」
「まあ……っつっても男爵の四男坊だぞ? 公爵って、ちょっと雲の上というか……」
「別にいいんだよ。適当に継いで仕事してくれ。うまくいかずに没落したって構わない。生きていく術ならいくらでもある」
ふとグリースの背後にある小窓から見える御者がぴくりと反応した気がしたが、グリースはわかっていて敢えて声を抑えずに話を続けるらしかった。
「公爵って普通、王族とかと結婚するレベルの爵位じゃね?」
「そんなの、公爵の思う壺じゃないか。クソ親父の頭の中で描く理想にわざわざ近付いてやる必要はないね。没落したあとは、こっちも好きにさせてもらう。あんたは公爵を継げば騎士団を辞められる。最高だろ?」
「確かに……。つうか没落させる前提っつうのが悲しいな」
「経済に明るいのか?」
「……別に。それにしても、理想をわざわざ遠ざけようとするってことは、公爵が嫌いなのか? 長年、見捨てずに治療してくれてたのに?」
返事に一拍の間があった。
瞳が床に落ち、瞬きが一回。
しかしすぐに鼻を鳴らして、氷が戻ってくる。
「私には私の自由があるってだけ」
なんだか他にも理由がありそうだったけれど、誤魔化されるだろうと思った。
黙っていると、馬車が止まった。
「いきなり婚約だなんだの言っても公爵が納得しないから、とりあえずパートナーを見つけたとだけ言っておく。はい、着いた」
そこは騎士団の門の前だった。まだ話足りない気はしたのだが、礼をして降りようとした。
──が、待てよ、と腰を戻す。
「いやいや、オレがここで降りるのおかしいだろ」
グリースがあからさまに眉根を寄せる。
「は? あんたの騎士団だよ。間違ってねえよ。知ってんだよ、酔い潰れたあんたを背負って送ってやったからさあ?」
「マジでそれはすまんかった。ガチですまん。本当に悪かった。
そうじゃなくて、あんたを送っていく。家まで」
「で、公爵家から歩いて帰るって? そんな非効率的な──」
「パートナーの安全を見届けねえとな」
言うと、逡巡している顔。
どうやら、アマーリヤが公爵家まで来たほうが、公爵へのパートナーの提案にちょうどいいと結論を出したらしい。少しの思考ののち頷いて、馬車が再度走り出した。
ふと改めて自分の地位とグリースの地位を考える。
「……ちょ、待てよ……。オレ、めっちゃ玉の輿じゃん。ラッキーぃ!」
ガッツポーズ。




