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グリースは茶会に招待された。
吐瀉まみれからの帰宅後、公爵から大目玉を食らったのは予想範囲内で、なぜ団服を着ているのかどこに行っていたのかという質問の嵐を跳ね除けられたのもやはり想定内だったのだが、茶会に早速参加させられるとは思わなんだ。
髪色を似せた長いウィッグを被り、様々な装飾品でがちがちに固定して、淡い色のスリムドレスと歩きにくさの極みの靴を履く。
化粧をしたグリースは、鏡の中の自分に母の面影を見た。
嘲笑を浮かべる。
気の強そうな女。
眦が切れ長で、三白眼で、唇は薄く、どんなに目元と口元を柔らかく微笑まそうと努めても心の中の冷徹さは拭いきれない。
しかし、そんな見てくれでも公爵は満足したらしかった。
「美しい! さすがだ!」
「母親に似てるからって、あんたとは寝ないよ」
「寝……ッ!? なんて下品な……。実の娘に劣情など催すものか!」
どうだか。
数少ない従者とともに茶会が開かれるフリオ伯爵邸へ向かう。
◇◆
花が自慢の庭に会場は作られていた。
テーブルセットにティーセット。スイーツに花の飾り。花道はピンク色の花弁で整えられ、すべての令嬢のドレスもピンク色であった。
香りは強く、香水でも振り撒かれているみたいだ。
監獄とは違う意味で強烈な匂いがする女の園。
グリースのドレスは水色。
(ははーん。そういうこと)
露骨な嫌がらせというか、はみ出させたいというか。
今日の茶会は6人。皆、公爵以下の爵位の令嬢だ。
侮蔑の笑いに出迎えられて、挨拶もそこそこに自然と席につく。
「はじめまして、ディシェンブル公爵令嬢。体が弱く、遠方で治療なさっていたのだとか?」
「ええ。ようやく快気しましたので、父のもとに戻ることができました」
とりあえず敬語でいこう。
公爵の位置にいるから敬語は不要とはいえ、一線を引いておきたい気持ちの表れでもある。
「まあ、大変なことでございましたね」
「このような交流ができるようになりましたのも、治療の賜物です。父には感謝しております」
「それでは、婚約者はまだ……?」
嘲りを含んだ質問と口元。
グリースは表情を崩さぬまま、茶を一口啜った。
ぬるい。これもまた、嫌がらせなのだろう。
「兄弟達を亡くして日が浅いものですから」
「ああ、そうでしたわよねえ。お気の毒ですこと、本当に。怖い病でしたわね」
「治療方法が発見されて本当に安心しました」
「そういえば来月にはデビュタントがありますけれども、ディシェンブル公爵令嬢はダンスは体に差し支えございませんこと?」
「ええ、もちろんです」
「治療していたのに、ダンスまで嗜めてらっしゃるの? 勤勉でらっしゃるわ」
一線を引いておかねばならないだろう。
この侮蔑。
下座への着席。
ぬるい茶。
「治療の一巻で体力をつけることも必要でしたもので。もしよろしければお披露目いたしましょうか? ──今すぐにでも」
「……え?」
「フリオ伯爵令嬢、お相手をお願いします。男性パートも私は心得ておりますので」
「え、今は、ちょっと……芝生ですしドレスが汚れてしまいますし」
「ああ、令嬢はそこまでは力量がないということですね。配慮に欠けておりました。
まさか公爵令嬢からの誘いを断るとは思いませんでした」
三白眼でフリオ伯爵令嬢を見つめると、彼女の頬が引きつり、青褪めるのがわかった。
ここで爵位を出されては、他の令嬢達も擁護できないらしい。
先までやいのやいの口撃していたわりに、今は押し黙っている。
「わたくしでよろしければ、喜んで」
グリースは口端を吊り上げた。
紳士よろしくフリオ伯爵令嬢の手を取り、テーブルセットが置かれた横で音楽もなく令嬢をリードする。
髪が靡き、令嬢のドレスがふわりと浮き、指先まで意識されたダンスは完璧だった。
令嬢がバランスを崩すまでは。
芝生にヒールを取られた令嬢は回転が足りず、背中から倒れそうになってしまった。
グリースはそれが狙いだった。
そのまま倒れさせて恥をかかせてもよかったが、敢えて支えてやったのだ。
「お見事でした」
わざとらしく令嬢のダンスを褒め、紳士の所作そのままに席に着かせる。
そしてグリースは自席に戻った。
──が、着席はしなかった。
「お茶が冷めてしまったようです。私はこれで失礼します」
芝生のうえにおもむろにカップを逆さまにして茶を捨てる。
初の茶会は、それで終いだった。
◇◆
「ああ、あんたを運んであげたあのイケメン? あれ以来、この店には来てないよ。街を歩いていても見かけないねぇ。あの顔なら目立つんだけどねえ」
アマーリヤはがっくりとした。
堅物上司に責め立てられて、自分でやったことの責任を取るためにまずは彼に謝罪と礼をせよと指示を受けたが、なにせグレン本人がどこにもいない。
ふたりで飲んだ店にも来たものの、やはりグレンは来店していないみたいだった。
堅物上司が貸してやったという団服も差出人不詳で返却されてきてしまうし、グレンがどこの誰なのかまったくわからず仕舞いである。
とぼとぼと歩き進める。
「もぉー……グレン、どこの誰なんだよぉ……。お金も返さなきゃいけないし、服代も……騎士団からの謝礼品と謝礼金も預かってるっていうのにぃ!」
噴水の広場に戻ってくる。
塀に腰掛けて、しばらく行き交う人の中にグレンを探したが見る影もない。
いっそクビにしてくれればいいのに。
しかし、堅物上司はどうしてか自分を気に入っているらしい。
確かに体躯には大いに恵まれている。筋力や足の速さは騎士団1、2を争えるだろうという自負はあった。
ただ、いかんせん剣技がままならない。
どうしても優れた体に任せて動いてしまうから、剣の振りが大幅に乱れるのだ。思い出したように剣を振り落とすなと、一体何度指導されたことか。
潮時なのだろうと思う。
自分には才能がない。
つくづく思い知らされている。
しかし辞めたところで、自分は裕福ではない男爵家の四男坊だし、生きる糧は見つけねばならぬのだが。
こんなことをしている場合ではない。
職業紹介所でも見て回って、よさそうな求人に応募しておいて、上司には方々探し回ったがグレンはいなかったと報告しておけばいいだろう。
「騎士なんて辞めだ、辞め!」
アマーリヤは立ち上がり、周囲も見ずに歩き出した。
そのせいで、駆けてくる馬車に気が付かなかった。
馬の嘶きと御者の握る手綱が張る音、馬車の軋む音がして、驚いて飛び退いてしまう。
心臓がバクバクする。
アマーリヤは荒くなる呼吸を努めて抑え込んだ。
危なかった。
「轢いた?」
馬車の客室から、聞き覚えのある声が溢れてくる。
まさか──。
「い、いえ、間一髪のところで免れました」
「あ、そう」
冷たい声。
御者を待つことなく自ら開けるその常識破りな行動。
中から現れたのはグレン──ではない。
「グ……レン?」
顔は瓜二つだが、彼女は気品漂う美しい令嬢だった。
他人の空似だろうか?
それにしても似すぎている。
グレンに似た女性はアマーリヤを認めてあからさまに表情を崩した。
「あんたか……──いや、ちょっと待てよ。うん、そうしよう。乗ってくれ」
「え? や、やっぱりグレンなのか?」
「早く」
「ええ? なにがどうなってんだ?」




