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アマーリヤの謹慎はモラダが決めたのではなかった。
騒ぎが起きたと知らされたのは、既にアマーリヤが基地を飛び出したあとだった。
事実の結論のみ聞いた。
アマーリヤが7人の団員を殴り、一時意識不明にさせたため、調査結果が出るまでは謹慎処分とすると副団長が決定した。
それだけだ。
どうしてそのような事態になったのかまでは、まだわからなかった。
しかしモラダは、アマーリヤが誰彼構わず人を殴り付けるような騎士ではないと知っている。
なにか事情があったのだ。
彼は揶揄されることに慣れている。
大きな体に付いてこない実力を揶揄われ、笑われ、名前すら覚えてもらえない。しかもそれはモラダがいないところで行われ、モラダが知るころには随分と経っている。
彼は何度もその場面に出くわしたはずだった。
それでも彼は激昂しなかった。
これまで一度も。
ならば、彼は誰かのために殴ったのだった。
そうに違いない。
モラダはアマーリヤを探した。
いくら好敵手とはいえ、自分が目を掛けている部下である。
そして、彼が誰かのために人を殴るなら。
誰かに救いを求めるなら。
あの人しかいないだろうともわかっている。
◇
アマーリヤとグリースはあまりにも近かった。
事情を説明すると、先触れがなくともモラダをグリースのもとへと案内してくれるのはさすが王族という地位のおかげと言わざるを得ないだろう。
乗馬場には誰もいなかったが、脇に馬が2頭いるのを見つけてメイドに下がるよう伝えた。
歩み寄っていくと、そこは静寂に包まれていた。
木陰にいるふたりは、抱き合ってはいないのに、抱き合っていると見えるほど近くで顔を寄せ合っている。
なにを話しているか、距離があって聞こえない。
グリースがアマーリヤの頬にハンカチをあて、その手にアマーリヤの手が重なっている。
それだけだ、見えたのは。
木漏れ日がふたりを照らす。
太陽のようにきらめくアマーリヤの髪と、月のようにぼんやりと輝くグリースの髪。
自分の髪は、ただの夜の闇だ。
モラダは視界の端に映る自分の髪を見て、ふたりとの距離を感じた。
上司として声を掛けるべきだ。
なにがあったのだ。なにかあったのだとしても、いきなり殴るのはよくない。不正があったなら、上司に報告して指導を促すべきだった。
誰かのためだったとしても。
それがたとえ、その人のためであったとしても。
なのにモラダは声を掛けられずにいる。
ふたりの間に割って入る勇気が出ない。
あのふたりにはきっと、モラダの知らない強い繋がりがあるに違いなかった。
モラダは静かに踵を返した。
◇◆
「なんでそんなに公爵家を潰してえの?」
落ち着いたアマーリヤと芝生の上に寝転がっていると、ふとアマーリヤが訊ねた。
まあ、少しくらいは言ってもいいだろう。
「病気の治療なんて大嘘。薄々気付いてるでしょ」
「……まあ」
「私の誕生日は喜ばれなかった」
「……あー……なんとなく、わかるかも。その感じ」
「別に育った環境に文句はない。どちらかといえば恵まれていたしね。ただ──」
なんだろうか、この欲望の塊みたいな劣等感は。
自分への醜悪さを強く感じる。
他の子どもたちは子どもを作るための目的で行われ、結果を産んだ。
夫婦間のことでもあっただろうし、まだ未婚の恋人間でそうなったのかもしれないし、ただ愛し合ったゆえの結果が生じたのかもしれない。
ただグリースは、性欲の解消の証拠に過ぎない。
母は金のために。
父は吐き出すために。
誰でもよかったのに、吐き出した相手がたまたま受け止めてしまったからグリースができた。
なんて醜い子どもなのか。
誰からも求められず、汚い欲望から産み出された汚い子ども。
醜い子どもを見ないふりをして、捨てる。ここまではいい。まだ、百歩譲って理解できる。
それを利用してやると呼び戻すだと?
自分で吐き出した結果が意思を持って動いているとは露ほども思っていないらしい。
これまでゴミが思い通りに生きてきたなら、これからはなんでもかんでも思い通りにならずに足掻けばいいとさえ思う。
そんな塵屑みたいな人間は、やはり塵屑みたいに死ねばいい。
しかし、そこまでの吐露はできなかった。
詰まっていると、アマーリヤもぼそぼそと語り始めた。
「オレもさぁ、産まれたの喜ばれなかったんだよなぁ。本当は女の子が欲しかったんだと。三兄弟に守られる末っ子の可愛い妹。
だからなにをしても笑ってくれなかった。」
全部兄貴らの二番煎じだから、とアマーリヤはくつくつと笑った。
歩き出したのを見ても4回目。
なにをやって見せても、すべて4回目。
誰も褒めてくれなかった。
自分は大したことない人間なんだとわかってしまった。
アマーリヤは眠そうな声になっていた。
「誰からも必要とされないってさぁ、なんつうかさぁ、
つまんねえんだよな。なにもかも。全部」
アマーリヤの眠そうな声につられて、グリースも瞑目した。
風が心地よい。
こんなに穏やかな時間を過ごしたのは、アマーリヤとが初めてだった。
「わかる。つまらない。すべて退屈で、面倒くさい」
「マジでそれ」
それからどちらともなく言葉を発しなかった。
風に意識を乗せて眠ってしまおうとした。
「グリースと会えてよかった」
「は──」
急に何を言い出すんだとからかってやろうとすると、アマーリヤの真剣な眼差しに牽制されてできなかった。
真っ直ぐで、綺麗な瞳。
きらめいていて、星空みたいに輝いている。
金が絡まずに存在を喜ばれたのは、初めてだった。




