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 そして無理矢理連れて来られたグリースは、うんざりしていた。

 馬車の中であらかたの話は聞いたが、それにしてもなぜ自分が協力してやらなければならないのか。

 なんの得がある?

 かろうじて外行きの服に着替えて馬車に乗ったけれど、グリースは溜息しか出ない。


 しかし、アマーリヤの懇願はなかなか袖にしがたかった。

 これも情というものなのか。無碍にできない気持ちになってしまったのだった。ましてや自分が行かなければアマーリヤの面目が丸潰れになる状況で聞かされた日には。


 馬車降車時には腕を差し出してきて、得意気にエスコートまで勝手出ている。うきうきとした表情はときに鬱陶しくもあるが、多くは頬を緩ませる。


「ついでに基地をざっくり案内しとく! 第三騎士団だけど報告とかで他の団も行き来する。あっちが寮で、こっちが幹部寮、こっちの奥のほうが幹部の執務室、窓から見えてる広場は全部訓練場で、団員が交代で使う事務室が──」


 ざっくりとした案内だけで、基地の広大さが想像できた。

 行き交う団員たちは少しずつ団服が異なり、違う団とわかる。皆、シンプルながらもドレスを着ている婦人がいて目を丸くした。


「広すぎじゃね? こんなに部屋いるか? 報告だけで一苦労なんだぜ。あっち行って、こっち走ってー。マジだるい」


 そうだろうな、と思った。

 特にアマーリヤの性格では。


 ここが会議室、と言い添えてドアノブに手を伸ばした。


「連れてきました!」


 意気揚々と観音扉を豪快に引き開けるアマーリヤ。

 その中には犇めき合う屈強な騎士たち。

 さらに奥にはモラダがいる。


 モラダと目が合うと、モラダの目玉が零れ落ちそうなほど見開かれた。

 これが公爵が間もなく夜だというのに外出を許した理由だろう。モラダがいる騎士団が目的地だったからだ。親密になることを狙っているのは明らかだ。


(クズめ)


 不愉快さを胸の奥に隠してカーテシーを執り、挨拶を述べる。

 会議室は静まり返っていた。騎士団員はグリースを見たあとで、なぜかモラダに注目している。

 すぐに異様さに気付いた。

 この反応は、なんだ?


「……グリース公女……が、アマーリヤの、こ、婚約者なのか」


 微動だにしなかったモラダが、ようやく言った。

 あからさまに動揺している。

 単純にグリースの登場に驚いたからなのか、アマーリヤとの婚約に驚いているのか、判断がつかない。

 グリースは否定した。


「いえ、まだ婚約してはおりません」


 モラダが呟く。──「まだ」。

 そこで空気の読めないアマーリヤが意気揚々とグリースの背中に手を添えて、グリースを一歩前に押し出した。


「グリースはガチで強いっす! 大丈夫、マジで誰よりも適任です!」


 モラダが呟く。──「グリース」。

 団員たちのおろおろとした態度も気になる。グリースを好奇の眼差しで見るのは理解できるが、なぜモラダの顔色を窺うのだ。

 グリースは異様な空気を察しながらも、話題に口添えした。


「モラダ第三王子殿下。私が力になれるのでしたら、協力いたします。」


 しかしその点、モラダはきっぱりと拒否を示した。


「そんなわけにはいかない。あなたを危険に晒したくない」

「しかし、被害の多くを聞きました。一刻も早い解決が求められるとも」

「そのとおりだ。でも、あなただけは駄目だ」


 むっとした。

 アマーリヤに休みなしで働かされると泣き付かれて懇願され、わざわざ来てやったというのに、不適格とでもいうのか。


「あなただ(・)け(・)とはどういう意味で仰っていますか」


 モラダは急に目を伏せた。


「……違う。けして見下しているわけではない。俺の言い方がよくなかった」

「団長、一度グリースの実力を見てから──」

「今はグリース公女と話している」


 ぐ、とアマーリヤが唇を噛んだ。苦手意識のあるモラダ相手だ、その悔しさも大きかろう。自分(グリース)の実力を見せびらかそうとしたのに、そのスタート位置にも立たせてもらえなさそうなこの雰囲気に苛立ちを覚えているに違いない。

 グリースもこの案件について囮作戦を実行するのであれば、自分よりも適任はいないとわかっている。

 実行するならば、協力してやるならば、という前提ではあるが。

 すかさずグリースが助太刀に入る。


「アマーリヤは──」


 どん、と机が殴られた。

 モラダが殴ったらしかった。

 しん、と静まり返る会議室に次なる響きを立てたのは、同じくモラダだった。


(あ? なにこいつ)


 グリースは一気に不愉快になった。


「グリース公女、少しふたりで話そう。案内する」


 勢いよく立ち上がったモラダが歩み寄り、有無を言わせずグリースの手を取ろうとした。


 グリースはその手を振り払った。


 グリースはけして、誰かに強制されて動くことはしない。

 相手が王族だろうと、その信念は変わらない。

 自分で決断して行動する。今まさにアマーリヤの手を取っているのもグリースの判断だ。


「触れていいと言った覚えはありません」


 言うと、モラダはぐしゃりと苦しそうに顔を歪めた。

 本当にどこかを痛めたみたいな、悲痛な表情だった。


(なぜ?)


 少なからずその表情はグリースの混乱を招いた。その顔の意味がわからないからだ。

 しばらく誰も何も言わなかった。



 頼む



 モラダが虫の息ほどの声で願ったのも、きっとグリースにしか聞こえていなかった。

 グリースがモラダの目を見ると、モラダも一瞬も揺れることなくグリースを見返してきた。一歩間違えればその瞳は濡れていたかもしれなかった。


(なぜ?)


 ここはひとまず、話を聞こうと決めた。


「移動しましょう」


 促して、踵を返す。


「(あとで覚えとけよ)」


 教えたばかりの特殊な言語でアマーリヤに釘を差すと、アマーリヤはバツが悪そうに会釈した。

 背後でドアが閉じられたあとでなんだか室内が騒がしくなったけれど、内容はわからなかった。


◇◆


 そこは見覚えがあった。

 アマーリヤの吐瀉物を撒き散らされたときに足を踏み入れた、モラダの自室だった。

 ソファを促され、腰を下ろす。

 向かいにモラダも倣った。


 ややあってから、モラダから口火を切った。


「俺とのことを公爵からなにか聞いていないか」

「……なにか聞いておく必要がありましたか」

「俺とグリースの婚約の話だ。既に家門同士で約束が取り交わされている」


 さすがにグリースも言葉に詰まった。

 そんな話はひとつも聞いていない。


(既に家同士で話がついているだと?)


 はっとした。

 そうか、デビュタントから帰宅後に騒いでいたのはこの話か。

 打ち明けたらグリースがどうにか破談にしようと動くから、公爵自らは話すことなくモラダから話すことを待った。

 王族相手であれば暴れられないから。


 だから騎士団員たちはあの態度だったのだ。

 きっと社交界では公のものと噂されているに違いない。社交界にいきなり現れた公爵令嬢グリースの顔や名前を知らぬ貴族はいないだろうし、瞬く間にモラダとの婚約話は広まったはずだ。

 なのにアマーリヤの婚約者としてここに来てしまった。

 確かに奇異の眼差しを向けられてもおかしくない。


 思わず舌打ちしたくなる。


 計画が振り出しだ。


 このままではモラダと結婚し、モラダは公爵を継ぐと言い出すかもしれない。彼は、見てわかるがかなり真面目な性格で、きっと領民と管財のために努力してしまう。

 下手をすれば今よりもさらに発展してしまうかもしれない。


 そんなの駄目だ。


 あんな男の思惑通りに動くなんて絶対に嫌だ。


 この婚約を断れるか?

 いや無理だ。相手は王族。老いぼれの公爵を言い負かすのとは訳が違う。


 アマーリヤと駆け落ちするか?

 いや、それもやはり駄目だ。そこまで付いてこいと言えるほど無責任な人間ではない。アマーリヤの人生を台無しにすることになる。


 それはできない。


 なんとか婚約を破談にし、アマーリヤに婿入りしてもらわなければならない。

 どうする、どうすれば。


「聞いていなかった……ようだな」


 モラダの落胆した問い掛けに、グリースは素直に認めざるを得なかった。


「はい」


 だからあんなに会いに来てはプレゼントを持ってきていたのか。

 迂闊だった。

 社交界に疎すぎた。


(くそ……! くそッ!!)


 膝の上で拳を握る。


 絶対にクズの思い通りにはさせない。


 公爵を殺すか?

 可能だろう。事故死に見せかけて殺す方法はいくらでもある。

 しかし公爵がいなくなったとて、婚約がなくなるわけではない。むしろ生真面目なモラダがひとりになったグリースを慮って余計に公爵家のために動く可能性がある。


 ──殺すとしたら、モラダか。


 私(グリース)にならできる。

 だが、得策じゃない。

 このタイミングで不可思議な死を遂げたら、アマーリヤが疑われる。自分とアマーリヤがなにも知らなったとはいえ、表面上は婚約話が行き違った形だ。アマーリヤが王族に手をかけたと疑われてもおかしくない。


「彼をアマーリヤと呼ぶのか」

「え? ええ、はい」


 考え込んでいたせいで返事が少し遅れた。

 モラダは目を伏せてどこかを見つめている。表情が暗い。


「彼はあなたをグリースと呼ぶのか」

「はい」

「デビュタントのエスコートも、アマーリヤが?」

「ええ」

「仲良くなったきっかけは、やはり飲み屋での一件か」

「まあ、そうですね」

「そうか……。いや俺の都合だ。気にしないでくれ」


 沈黙。

 モラダは両手で顔を覆い、なにかに耐えるように肌に爪を突き立てている。


 どうにかしてモラダがグリースを諦める流れに持っていかなくてはいけない。あるいは王族がグリースを諦める形に。


 どうする?

 アマーリヤに惚れ込んでいると言い張るか?

 貴族は愛のない結婚が当たり前だ。そんな感情論で抑え込めるものではない。


 叫びたい気持ちだ。

 八方塞がり──いや、グリースが怪我をしたらどうだろう。あるいは体調不良。

 そうだとも、また体調が悪化したことにすればいい。

 それか令嬢人身売買の逮捕に協力して怪我をして、王族から結婚相手に相応しくないと見限ってもらう──これだ!


「とにかく今は事件解決に集中しましょう。手段があるのに行動に移さないのは、私は理解に苦しみますが」

「……少し考えさせてくれ」

「どうぞ。では失礼します」


 先に席を立ち、覚えている廊下を歩くと会議室の前でアマーリヤが待っていた。壁に背を預けるアマーリヤと目が合い、ささやかに頷く。


「帰る」

「おう。話はついたのか? 送ってく──」

「俺が送っていく」


 遮ったのはグリースの背後にいたモラダだった。

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