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「やっぱこれだよなあ」
「ワインとか、これじゃない感が半端ないよねえ」
「わかる」
ふたりは平民の格好をして、街にある居酒屋に来ていた。
男の服装と、さすがに夜に出掛けることを公爵があれこれ言うので休日の昼間に来ているものの、店は繁盛しており、グリースとアマーリヤがことさらに目立つことはない。
味濃いめの肉と酒を交互に口に詰め込む。
しばらく黙って食事していると、あらかた腹が満たされたアマーリヤから話題が飛んできた。
「そういや知ってるか? 貴族の女ばかりを狙った人身売買」
グリースは酒で口内の食べ物を胃へ流し込む。
空いた皿を端に避けながら興味のなさを隠すことなく言った。
「知らん」
「なんか社交界では超有名なニュースなんだってよ。オレ、さっき騎士団の仲間から聞いたわ」
ぎゃはははと腹を抱えて笑うアマーリヤ。
さすが互いに社交界に疎い。そんな話は知らなんだ。
肉を頬張る。うまい。
「じゃあ騎士団が忙しくなるんでは? 捕まってないんでしょ? アマーリヤにまで言うってことは、そういうことじゃん?」
言うと、アマーリヤが目をまん丸くした。
「確かに。マジじゃん」
「そんな噂が回ってるってことは、しばらくは簡単に外に出してももらえねえなぁ。面倒くさ。早く捕まえておくれよ、護衛さん」
「オレじゃなくて、仲間が頑張るよ。手柄あげて金とか爵位とか貰いたい奴たくさんいっから」
「だろうね」
「オレはそういうのだるい」
アマーリヤが追加注文する。
グリースは頬杖をついて言った。
「だろうね」
酒はうまいが、所詮暇つぶしにしかならず、酔うことはない。酔って陽気になれればまだ気持ちも晴れるのだろうけれど、もともとの体質なのか、グリースは酔いのひとつも回らなかった。
「オレらだけの会話ってできねぇかなぁ」
「どういう意味で?」
「周りに聞かれてもなに喋ってるかわかんねえやつ。公爵家没落を目指すとなるとさ、人がいるときにこそこそ喋んのも面倒くせえじゃん。移動すんのもさ、ぶっちゃけ歩いてる間になに話そうとしてたか忘れるんだよな」
「……あー。なるほどね。ちょっととある施設で使われてた特別な言語なら教えられるよ」
「とある施設?」
監獄に収監されていた囚人同士での秘密のやり取りに使われていた独自の言語を教えてやった。
◇◆
「え!? 捕まえるまで休みなし!?」
騎士団に戻った途端、団会議が開始された。
そしてアマーリヤに告げられたのは、貴族令嬢を狙った人身売買団体の捕獲命令だ。しかも、捕まえられるまでは休み返上で警戒に当たらなければならない。
(そんなの希望者でやっとけよ……)
アマーリヤは心の中で舌打ちする。
休みたい。
1週間あったら6日間は休みたい。いつ働くかは自分の気分で決めたい。
なのに無休。
しかも期限不明。
(いや、もう、これこそ辞めどきか? 辞めてぇ。手柄とか貴族とかどうでもいいー。辞めてえよぉ。休みてぇー。グリースと話しながら寝落ちしてえよぉ)
団員が集められた会議室にはアマーリヤ以外、張り詰めた空気が漂っている。皆、やる気に満ちていて、ある者は治安維持のために、ある者は使命感、ある者は手柄のために今こそ行動してやるという熱意がありありと見え、アマーリヤはさらにうんざりした。
(くっそどうでもいい)
会議のトップは当然モラダである。
なにを躍起になっているのか、これ以上、貴族令嬢に被害が出てはならないと豪語している。
(そういえば最近、誰かと婚約したとか聞いたなあ。もしかしてその人に危害がないように、とか? まさかなあ。あの人は使命感で動いてるだろうし)
それにしても休みなしか。
辛い。
隠しきれずに嘆息つく。
体裁などどうでもよくなって、これ見よがしに項垂れてしまった。
「捕獲作戦に案を募りたい。残念ながら目撃情報はほとんどないと言っても過言ではない。被害者達も貴族以外に共通点はなく、髪色、瞳、肌の色、爵位もまるで違う。
ただ出掛けた先から忽然と姿を消し、戻らず、いつの間にか他国で奴隷として発見されたり、臓器を抜かれて遺体で発見されたりしている。食い止めねばならない。」
沈黙。
相手が誰なのかもわからないうえ、被害者の共通点も乏しいとなれば捕獲は困難。妙案など思いつくはずがない。
女性騎士が手を挙げた。
「私が囮になるのはいかがでしょう」
モラダは残念そうに首を振った。
「他の騎士団が試したことがある。空振りだ。どうやら、貴族名鑑に載っている貴族でなければ狙わないようだ。敵も金になる相手を調べている」
また沈黙。
(そんな都合のいい奴いねえだろ)
貴族名鑑に載っていて?
囮になっても?
男達にびびらず?
むしろ戦えつつ?
危険にも立ち向かえて──……?
頭の中で雷が落ちたようだった。
挙手とともに声を上げた。
「います、います! オレの婚約者が適任です!」
(あ、まだ婚約はしてねえや。ま、いいか)
全員がアマーリヤに注目した。
モラダが先を促した。
「適任……? どういう意味だ」
「すげえ強いです! 動けるし、美人だし、度胸ありあり!」
「被害者は女性だが……」
「美人の女性の強い人です!」
方々から、そんな令嬢いるわけないだろうという声があがる。
グリースの強さを知らないくせに。
しかも「あいつ誰だっけ?」の声まで。
実力がないくせに団長にくっついて回っている木偶の坊。
名前も覚えられていないアマーリヤは、悔しさを食いしばって耐えた。
自分が馬鹿にされるのは慣れていた。実力不足なのも自覚がある。
けれど、自分が話題に出したグリースまで評価を下げられるのは気に食わない。
本当にいるのに。
実在するのに。
あんなに格好いいのに!
「連れてきますよ!」
「嘘つくなよ。そんな貴族令嬢いないって」
と、同僚。
アマーリヤはむきになって吠えた。
「うっせえなぁ! いるんだよ!」
そして、返事も待たずに会議室を飛び出した。
本当に休みが欲しいだけで感情的になったのか、違う怒りがそこにあるのか、アマーリヤにもわからなかった。




