第6話:封じたはずの英雄が、消える
南の療養院から連絡が入ったのは、リアムを見送って、十日ほど経った頃だった。
「移送、ですか」
カイは、受話器を握り直した。電話の向こうで、療養院の院長が、困惑した声を出している。
『ええ。国の"保養プログラム"だと。封印処置を受けた元勇者を、より設備の整った国立施設で受け入れる、と。正式な令状も持ってこられて、こちらとしては、断る理由も……』
「何人だ」
『今月だけで、六人。……リアムさんも、対象に入っています』
カイの指が、机の縁を、こつ、と叩いた。
封印処置を受けた元勇者は、もう力を持たない。二度と暴走しない、ただの人間だ。療養院で静かに余生を送るだけの、脅威でも資産でもない者たち。
それを、国が、わざわざ集めている。
「ノエル」カイは立ち上がった。「療養院へ行く」
*
南の療養院は、麦畑に囲まれた、穏やかな建物だった。
だが、着いてみると、空気が張り詰めていた。廊下に、見慣れない制服の男たちが立っている。軍のものではない。もっと事務的な、役所の意匠だった。
「リアムさんは」ノエルが、院長に尋ねた。「もう、行ってしまったんですか」
「昨日、移送されました」院長は目を伏せた。「本人は……嫌がっていました。ここが気に入っていたから。でも、令状には逆らえなくて」
ノエルの表情が、曇る。救えなかった青年が、力を奪われた先で、今度は本人の意思も無視して運ばれていく。その事実が、彼女の中で、うまく整理できないでいた。
「オーウェンさんは、まだ、いますか」
「ああ、オーウェンさんは、まだ。……次の便で、明日には」
オーウェンは、庭の日向で、椅子に座っていた。
四十がらみの、穏やかな男だった。かつて西方でドラゴンを退けたという元勇者。今はもう、その面影もなく、膝の上で、木彫りの小鳥を、のんびりと削っている。
「ああ、あんたか」オーウェンは、ノエルを見て、笑った。「リアムから聞いてたよ。最後まで、救おうとしてくれた娘がいたって。あいつ、嬉しそうに話してた」
「……リアムさん、そんなこと」
「力なんて、とっくにないんだ、俺たちには」オーウェンは、木彫りを掲げた。「今はこれで十分さ。孫に、土産を彫ってる。……なあ、なんで、国は、俺たちなんかを、集めるんだろうな」
その問いに、カイは、答えを持たなかった。
その時、庭に、足音が響いた。
*
現れたのは、一人の女だった。
隙のない灰色の制服。手には、革張りの書類挟み。感情の読めない、静かな目。彼女は庭を横切り、まっすぐオーウェンの前に立った。
「オーウェン・ラスト。国家保養プログラムに基づき、あなたを移送します」
「……明日じゃ、なかったのかい」オーウェンが、木彫りの手を止めた。
「繰り上げになりました。手続きは済んでいます」
「待て」
カイが、進み出た。黒い執行服を見て、女の視線が、初めて、動いた。
「勇者刑執行局の者だ。この移送、目的は何だ。封印済みの元勇者を集めて、何をする」
「監督官のロゼ・ファルケです」女は、静かに名乗った。「執行官殿。これは、正式な国家事業です。令状もあります。あなたがたの管轄外ですが……何か、問題でも?」
ロゼは、書類挟みから、一枚を抜き、カイに差し出した。
完璧な書式。正式な印。三本の剣を鎖が束ねた、あの紋章はどこにもない。代わりに、真っ当な国家の紋章が、堂々と押されていた。
「オーウェンさんは、ここで穏やかに暮らしてる」ノエルが、割り込んだ。「本人が、行きたくないと言ってます。それを、無理やり――」
「本人の意思は、プログラムの要件に含まれません」
ロゼの声は、少しも揺れなかった。
「彼らは、封印処置を受けた元勇者です。国家の管理下にある対象です。……感情で語られる話ではありません」
役所の男たちが、オーウェンの椅子の両脇に立った。
オーウェンは、抵抗しなかった。ただ、膝の上の木彫りの小鳥を、ぎゅっと握りしめて、ノエルを見た。
「なあ、娘さん」
穏やかな声で、彼は言った。
「これ、孫に、渡してもらえるかい。……なんだか、俺は、もう、戻れない気がするんだ」
小さな木彫りが、ノエルの手に、押し込まれた。
役所の男たちに促され、オーウェンは、庭を出ていく。ロゼが、その後に続く。カイは、令状の一枚を握ったまま、動けなかった。
合法だった。何もかも、正しい手続きの上にあった。
だが、封印したはずの英雄たちが、次々と、どこかへ消えていく。脅威でも資産でもないはずの者たちを、国は、なぜ、集めるのか。
ノエルの手の中で、木彫りの小鳥が、日を受けて、頼りなく光っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
悪党デュランは裁いた。けれど、その上には、令状と制度で武装した「合法な悪」がいました。封印済みの元勇者を、国は何のために集めるのか。
次話、カイとノエルは、感情も暴力も通じない「制度の壁」と向き合います。
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