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勇者刑執行局 〜壊れた英雄を狩る俺と、救いを諦めない新人〜  作者: シュバルツ


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第5話:背中を預ける

 リアム・セドリックは、南の療養院へ移された。


 力を失った元勇者が、静かに余生を送る場所。窓の外に麦畑が見える、穏やかな建物だと聞いた。もう、誰も傷つけずに済む。もう、誰の役にも立てない。それが、彼に残された「その後」だった。


 カイは、彼の搬送書類に判を押しながら、ノエルが見送りに立ち会ったことを、報告書には書かなかった。


    *


「――で、これが問題の帳簿か」


 局長室で、ヴェルナーは、デュランから押収した『第一期被験者』の記録を、指先でめくっていた。


 軍人上がりの鋭い眼光が、名前の羅列を、一つずつ、なぞっていく。カイたちが「自然な暴走」だと信じて封じてきた元勇者たちの名が、そこに並んでいた。


「賦活剤の刻印は、これです」


 カイは、ガラス瓶を机に置いた。三本の剣を、鎖が束ねた紋章。


「そして、これが。ハロルド・グレンの遺品にあった、書類の封蝋です」


 もう一枚、カイは書きうつした紋章を並べた。二つは、寸分違わず、同じだった。


「賦活剤の出所と、『勇者再兵器化計画』の出所は、同じです。デュランは末端の調合師にすぎない。上に、"お役所"がある、と本人が言いました」


 ヴェルナーは、しばらく、二つの紋章を見比べていた。


 その表情から、何を考えているかは、読めなかった。


「……カイ」


 やがて、局長は、低く言った。


「この件は、慎重にやれ。デュランの摘発までは、いい仕事だ。だが、その先――"お役所"の名を追うのは、待て」


「なぜです」


「執行局は、国家の機関だ。その国家の中に、この計画の出所がある。……我々が、誰の手の上で仕事をしているか、まだ、分からんうちはな」


 ヴェルナーは、帳簿を引き出しにしまい、鍵をかけた。


「よくやった。下がっていい」


 カイは、一礼して、局長室を出た。


 味方なのか。それとも、計画を知りながら、執行局を守るために蓋をしているのか。この上司の本心は、いつも、灰色の霧の向こうにある。


    *


 解析室では、シキが、賦活剤の術式盤とにらめっこをしていた。


「あっ、カイさん。あの、これ、変なんです。……いえ、ずっと変なんですけど、もっと変で」


「どう変だ」


「賦活剤の、暴走を"育てる"術式。この理論の組み方……私、こんな体系、教わったことないんです。今の魔術師が使う書き方と、全然、違って」


 シキは、古い魔術書の写しを、隣に広げた。


「でも、ここに、似た書き方があって。……十年以上前の、大賢者の理論書。もう、ほとんど誰も読めない、古い流派の」


「大賢者」


「はい。えっと、この賦活剤を作った人……というか、術式を設計した人は、その古い流派を、知ってます。今どき、そんな人、ほとんど――」


 シキは、そこで、言葉を止めた。カイの表情に、気づいたのだ。


「……カイさん?」


「いや」カイは、首を振った。「続けてくれ。何か分かったら、俺に、直接だ。局長を通すな」


 シキは、目を丸くしたが、こくり、と頷いた。


    *


 その日の午後、また一件、暴走の兆候が入った。


 今度は、まだ軽い。賦活剤の反応はなく、力が疼き始めたばかりの、初期の元勇者。うまくすれば、封印せずに、鎮められるかもしれない段階だった。


「私に、やらせてください」


 ノエルが、進み出た。


 カイは、少し考えて、頷いた。


「いい。ただし、俺が後ろにいる。次の波が来たら、下がれ。判断は俺がする」


「はい」


 現場は、小さな鍛冶屋だった。かつて魔剣を振るった元勇者が、今は槌を握り、その手に、白い光が滲み始めていた。震える男に、ノエルは、ゆっくりと近づいた。


「……こわいですよね。また、あの頃に戻っちゃうんじゃないかって」


 男の肩が、揺れた。


「でも、あなたは今、槌を握ってる。魔物じゃなくて、鍬とか、鍋とか、そういうものを打ってきた。その手を、覚えてますか。四年間、あなたが、この街で作ってきたものを」


 男の呼吸が、少しずつ、深くなっていく。


「思い出して。あなたが、何を守りたかったか。力じゃなくて、この、手のほうを」


 白い光が、ゆっくりと、鎮まっていった。


 暴走は、来なかった。


 男は、槌を握りしめたまま、その場に、泣き崩れた。ノエルが、その背に、そっと手を添える。カイは、封印鎖に手をかけたまま、一歩も動かずに、それを見ていた。


 鎖は、使わずに済んだ。


 ――救われる者も、いる。


 局へ戻る道すがら、ノエルは、まだ少し、興奮していた。


「先輩! 見ましたか、今の! 封印、しなくて済みました! ちゃんと、救えたんです!」


「たまたま、初期だっただけだ」


「たまたまでも、いいんです!」


 ノエルは、笑った。リアムの時の涙とは、違う顔で。


「一人でも、救えたなら。私、この仕事、続けられます」


 カイは、答えなかった。


 だが、突き放しもしなかった。半歩前を歩く新人の背中を、追い越さずに、後ろから、見ていた。次の波が来たら、いつでも鎖を出せる位置で。


 背中を、預けられる位置で。


 それが、この数日で、少しだけ変わったことだった。


    *


 夜。誰もいない執務室で、カイは、書きうつした一枚の紙を、机に広げていた。


 デュランが、最後に嗤って言った言葉。第二期被験者リストの、筆頭の名。摘発の混乱の中で、帳簿の隅に走り書きされていた、その一つの名前を、カイは、この目で、確かめていた。


 ジルド・ヴェレンティ。


 十年前。同じパーティで、同じ魔王に剣を向けた。誰よりも聡明で、誰よりも力を憎んでいた、大賢者の名だった。


 あいつが、被験者に選ばれている。それとも――。


 カイは、ランプの火を、静かに、吹き消した。


 賦活剤の術式に潜む「古い流派」の影。そして、第二期被験者リストの筆頭に記された、カイの古い仲間の名――その男の影が、次のアーク、暴走勇者たちの背後で動き始める。カイが、最も会いたくなかった相手の。

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