第4話:英雄としての、死
悪は、裁いた。
だが、それで救われる者と、救われない者がいる。
リアム・セドリックは、後者だった。
局の保護室で、若い元勇者は、ベッドの上で震えていた。二度と目を覚まさないでほしい、とカイは半ば思っていた。目を覚ませば、また、波が来る。
シキの解析結果は、非情だった。
「賦活剤が……二回、打ち込まれてます。デュランの記録どおり。もう、体の奥の力が、こじ開けられきってて……」
シキは、画面から目をそらしたまま、小さく言った。
「元には、戻せません。飲む前の、普通のリアムさんには。次に暴走したら、たぶん、もう……自分では、止まれない」
「治療は」ノエルが食い下がる。「どこかに、方法が。賦活剤を抜くとか、力を鎮める薬とか」
「ないです」
シキの声が、震えた。
「あったら、私が、とっくに作ってます。……ごめんなさい。ほんとうに、ないんです」
保護室の中で、リアムのまつ毛が、動いた。
*
「……ここ、どこだ」
目を覚ましたリアムは、最初、穏やかだった。
自分が暴走したことも、賦活剤を飲んだことも、途切れ途切れに覚えていた。彼は天井を見つめて、ぽつり、ぽつりと話した。
「運送の仕事、クビになってさ。力が抜けてから、俺、荷物ひとつ、まともに持てなくなって。昔は、魔物の群れを吹き飛ばせたのに」
「リアムさん」
「あの薬売り、言ったんだ。もう一度、力が戻るって。……戻ったら、また、働けると思ったんだよ。誰かの役に、立てると」
ノエルが、ベッドの脇に膝をついた。手を、そっと、リアムの手に重ねる。
「まだ、間に合います。あなたは、悪くない。騙されただけです。だから――」
その時、リアムの手が、こわばった。
指先から、白い紋様が、にじみ出す。
「あ……」リアムの顔が、恐怖に歪んだ。「また、来る。だめだ、来る、逃げろ、頼む、逃げてくれ――」
「リアムさん!?」
「ノエル、離れろ!」
カイが叫んだ時には、遅かった。
波が、来ていた。リアムの体が跳ね上がり、力が制御を失って膨れ上がる。ベッドが砕け、壁が軋む。焦点を失った目が、一番近くにいるもの――ノエルを、捉えた。
膨れ上がった腕が、彼女へ振り下ろされる。
カイの封印鎖が、その腕を、寸前で搦め捕った。
ノエルは、尻もちをついたまま、動けなかった。今、たしかに、救おうとした相手に、殺されかけた。その手が、自分に向いた。
「……っ」
「ノエル」カイの声は、鎖を握ったまま、静かだった。「見ておけ。これが、"間に合わなかった"だ」
リアムは、鎖に縫い止められながら、泣いていた。
「ごめん……ごめんなさい、俺、また、誰か……お願いだ、もう、止めてくれ、俺を、止めて――」
カイは、封印鎖の最後の環を、リアムの心臓の上へ、当てた。
いつもの、静かな声で。
「リアム・セドリック。勇者刑執行局の名において、あんたの力を、永久に封印する」
白い紋様が、潮のように引いていく。
リアムの体から力が抜け、二度と戻らない。二十二歳の元勇者は、ただの、疲れ果てた青年になった。彼はもう、誰も傷つけない。もう、誰の役にも立てない。
「……ありがとう、ございます」
リアムは、ノエルのほうを見て、笑った。
「あんたが、最後まで、救おうとしてくれて。俺、それだけで……」
言葉は、そこで途切れた。眠りに落ちたのだ。搬送を待つ、静かな寝息。
保護室に、沈黙が満ちた。
*
ノエルは、しばらく、動かなかった。
やがて、彼女は、崩れたベッドの脇に、もう一度、膝をついた。眠るリアムの顔を、じっと見つめる。その頬を、涙が伝っていた。
「……救えなかった」
声が、掠れていた。
「私、救うために、ここに来たのに。目の前で、一人も、救えなかった。悪いやつは、先輩が裁いてくれた。でも、リアムさんは、戻らない」
「暴走を止めるのが、俺たちの仕事だ」カイは、静かに言った。「救うのとは、違う」
「違わない!」
ノエルが、顔を上げた。涙で濡れた目が、まっすぐカイを射た。
「違わないはずです。止めるのと、救うのは。……今日は、できなかった。方法が、なかった。でも、方法がないなら、作るんです。シキさんが薬を作れないなら、別の何かを。私が、探す」
彼女は、涙を拭って、立ち上がった。
「まだ、諦めてません。次は――次こそ、救います。処分じゃなくて。救済だって、私が、証明してみせる」
カイは、その横顔を、少しの間、見ていた。
諦めない、という言葉を、昔、誰かが同じように言っていた気がした。魔王を倒す前の、まだ全員が生きていた頃。背中を預け合った、あの仲間の一人が。
その名が、今、第二期被験者リストの、筆頭にある。
「……勝手にしろ」
カイは、それだけ言って、背を向けた。
突き放したつもりの言葉が、自分でも、ずいぶん柔らかく響いたことに、少しだけ、戸惑いながら。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
悪は裁けても、救えない人がいる。その現実を、ノエルは初めて、その手で受け止めました。それでも「次は救う」と誓う彼女を、カイはかつての仲間に重ねます。
次話、第1章の区切りです。噛み合わなかった二人が、初めて背中を預けます。そして、カイの古い仲間の名が――。
続きが気になったら、ブックマーク・評価で応援いただけると、とても励みになります。




