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勇者刑執行局 〜壊れた英雄を狩る俺と、救いを諦めない新人〜  作者: シュバルツ


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3/10

第3話:その暴走は、売り物だった

 元勇者が集まる場所は、決まっている。


 力を失い、仕事を失い、戦後の世界に居場所をなくした者たち。彼らが夜ごと集うのは、街の東のはずれ、酒と博打と、まがいものの薬が流れる裏通りだった。


「リアムの持ち物に、これがあった」


 カイは、小さなガラス瓶をノエルに見せた。底に、乾いた朱色の澱が残っている。


「賦活剤、と呼ばれてる。飲めば、失った勇者の力が、いっとき戻る。……戻った気になれる、と言うべきか」


「そんな薬が、あるんですか」


「本物の力じゃない。無理やり、体の奥に眠った力の残り滓をこじ開けて、燃やすだけだ。燃やせば、当然――」


「暴走する」ノエルの声が硬くなった。「リアムさんは、それを、飲んでたってことですか。自分で」


「普通に生きたい、と言ってたな、あいつは」カイは瓶を握り込んだ。「普通に働けなくなって、金がなくなって。もう一度力があれば、と思ったんだろう。そこに、都合よく売りに来たやつがいる」


 瓶の腹には、小さな刻印が押されていた。


 三本の剣を、鎖が束ねた紋章。


 カイの指が、その上で止まる。ハロルドの遺品の封蝋と、同じ意匠だった。


    *


 賦活剤の売人は、拍子抜けするほど簡単に見つかった。


 裏通りの一番奥、香を焚いた小さな店。棚に並ぶ色とりどりの瓶。その奥で、仕立てのいい上着を着た男が、優雅に脚を組んでいた。


「いらっしゃい。……ああ、あんたは客じゃないな。その黒い服と、物騒な鎖」


 男は、少しも慌てなかった。むしろ、楽しそうに目を細めた。


「執行官殿だ。珍しい。私の作品に、興味がおありかな」


「デュラン」


 カイは、店の記録から割り出した名を口にした。錬金術師。表向きは薬売り。


「あんたが売ってる賦活剤で、二人が暴走した。ハロルド・グレン。リアム・セドリック」


「ああ、覚えているとも」


 デュランは、うっとりと目を閉じた。


「ハロルドは、実にいい暴走だった。純度が高くてね。天然物じゃ、あの美しさは出ない。私の調合の傑作だ」


「……作品」ノエルの声が、震えた。「人が、壊れたんですよ。あなたのせいで」


「壊れた? とんでもない」デュランは笑った。「英雄なんて、壊れる過程が一番美しいのさ。彼らは頂点で世界を救って、あとは緩やかに朽ちるだけ。私はね、その朽ちる瞬間に、もう一度だけ、火を灯してやってるんだ。感謝されこそすれ――」


「なぜ、暴走の曲線が二回跳ねる」


 カイが、静かに割り込んだ。


 デュランの笑みが、初めて、わずかに止まった。


「賦活剤を一度飲ませただけじゃ、あの跳ね方はしない。誰かが、暴走の途中で、二度目を打ち込んでる。まるで――暴走を、育てるみたいに。あんた、実験してるな。どこまで強く暴れさせられるか」


「……ほう」


 デュランは、ゆっくりと立ち上がった。店の奥の棚に手をかける。並んだ瓶の裏に、隠された一冊の帳簿。その背表紙にも、三本の剣の紋章。


「察しがいい。さすがは執行官殿だ。――そう、これは実験だよ。とても大事な、お上の仕事のね」


 男の指が、棚の下の術式盤に触れた。床に、赤い紋様が走る。店中の賦活剤の瓶が、一斉に光り出した。


「あんたを封じ込めるくらいの火は、ここにある。試させてもらおうか。執行官の鎖と、私の――」


 デュランの言葉は、最後まで続かなかった。


 カイの封印鎖が、空気を裂いていた。


 術式盤に触れた男の手首から、肩、胴、そして床の紋様ごと。鎖が生き物のように奔り、赤い光を根こそぎ絡め取って、締め上げる。瓶の輝きが、軋みながら、環の中へ吸い込まれていった。


 一瞬だった。


 デュランは、腕を鎖に縫い止められたまま、呆然と自分の手を見ていた。


「……封印、が……速い……」


「あんたの火は、暴走の火より弱い」


 カイは、締め上げた鎖の先を、静かに引いた。


「俺は、あれを止めるための鎖だ。あんた程度で、止まると思うな」


 男が膝をつく。カイは、隠された帳簿を拾い上げた。


 表題を読む。指が、また、止まった。


 『賦活剤 投与記録 ――第一期被験者――』


 ハロルドの遺品にあった、あの言葉。第二期。ここにあるのは、その前の記録だ。名前が並んでいる。暴走し、執行局が封じてきた元勇者たちの名が、投与量とともに、几帳面に。


 カイたちが「自然な暴走」だと思って封じてきた者たちは、全員――ここに、載っていた。


「……第一期」カイは、床のデュランを見下ろした。「第二期は、どこだ」


 デュランは、締め上げられながら、それでも、笑った。


「もう、始まってるよ」


 男の目が、愉悦に濁る。


「私は末端さ。調合師の一人にすぎない。上には、ちゃんとした"お役所"がある。第二期の被験者は、もう選ばれてる。……ああ、そうだ。筆頭の名前、あんた、気に入ると思うよ。執行官殿」


「なに」


「あんたの、古い仲間の名前だ」


 カイの手の中で、帳簿の紙が、鳴った。


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


 この物語で初めて、はっきりと裁かれる悪――デュランを、封印鎖が黙らせました。ですが、彼は末端に過ぎず、その背後には「お役所」が。そして第二期の筆頭には、カイの古い仲間の名。


 悪は裁いた。けれど、次話――カイとノエルは、救えなかった一人と、向き合うことになります。


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