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勇者刑執行局 〜壊れた英雄を狩る俺と、救いを諦めない新人〜  作者: シュバルツ


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第2話:救えるはずだと、彼女は言った

 勇者刑執行局の朝は、書類から始まる。


 カイは執務室の隅で、昨日の執行報告に判を押していた。ハロルド・グレンの件。対象生存、力の永久封印、搬送先の療養院まで、すべて規定どおりに埋めた欄。


 遺品の書類のことは、まだ、どこにも書いていない。


「――失礼します! 本日付で配属になりました、ノエル・オルグレンです!」


 扉が勢いよく開いて、声が飛び込んできた。


 真新しい執行服。皺ひとつない。まだ誰の力も封じたことのない鎖を、大事そうに腰に下げている。明るい瞳が、まっすぐカイを見ていた。


「新人か」カイは判を置いた。「案内は局長から聞いてくれ」


「聞きました。カイ執行官のもとで実務を学べと。……あの、ずっと、あなたの噂を聞いていました」


 ノエルの声が、少しだけ弾んだ。


「暴走した英雄を、誰よりも多く止めてきた執行官。すごいと思って、私、この局を志望したんです」


「そうか」


 カイは立ち上がり、コートを取った。噂の中身がどんなものか、想像はつく。多くの場合、それは讃辞ではない。


「止める、というのが、どういうことか分かって言ってるならいい」


「え?」


「行くぞ。ちょうど一件、入った」


    *


 現場は、街外れの古い集合住宅だった。


 三階の一室から、絶叫が漏れている。窓ガラスが内側から白く光り、壁が、呼吸するように膨らんでは、へこんでいた。


「対象、リアム・セドリック。二十二歳」


 カイは歩きながら、頭の中の記録を読み上げる。


「四年前まで、東方遠征に従軍した元勇者。Bランク認定。除隊後は運送の仕事をしていたが、半年前に失職。……昨夜から、暴走の兆候」


「二十二歳……」ノエルが息を呑んだ。「私と、二つしか違わない」


 階段を上がると、力の圧が肌を刺した。廊下の電灯が、明滅している。


 部屋の中で、若い男がうずくまっていた。両手で頭を抱え、体からは、あの白い紋様が、途切れ途切れに噴き出している。第1話のハロルドと、同じ光。


「いや……いやだ、俺は、もう、普通に生きたいだけなんだ……なんで、なんで戻ってくるんだよ、この力……!」


「リアムさん!」


 ノエルが、カイの制止より先に、部屋へ踏み込んでいた。


「大丈夫です、私たちは助けに来ました! あなたを傷つけたりしません、だから、ゆっくり息をして――」


「ノエル」


「まだ間に合います! この人、暴走しきってない、まだ自分の言葉で喋ってる! 説得できます、封印なんて、しなくても――」


 リアムの体が、跳ねた。


 膨れ上がった力が、部屋の一角を弾き飛ばす。ノエルの真横で、壁が砕けた。カイの封印鎖が、とっさに伸びて、飛んできた瓦礫を絡め取る。


 一瞬の静寂。


「……間に合う、の意味を、履き違えるな」


 カイの声は、低かった。


「暴走は波だ。今喋れていても、次の波で全部持っていかれる。その時、目の前にいるのが誰でも、あいつは斬る。あんたでもだ」


 ノエルの顔が、白くなった。


 だがリアムは、次の波の前に、ぐらりと崩れ落ちた。気を失ったのだ。体の紋様が、ゆっくりと鎮まっていく。


「……今のは、たまたま治まっただけだ」カイは無線を握った。「シキ。対象を確保した。暴走が引いてる。妙だ、この鎮まり方は。解析にかけたい」


『わ、わかりました、すぐ機材まわします……あっ、ええと、カイさん、一つ、いいですか』


「なんだ」


『さっきの現場周辺の、瘴気ならぬ……英雄性反応の残留パターン、送ってもらえます? ……なんか、変なんです。すごく』


    *


 局の解析室は、端末の光で青白かった。


 白衣のシキが、無数の画面の前で、早口に喋りながら、髪をかき回している。人と目を合わせないまま、指だけが猛烈に動いていた。


「あの、えっと、これ、見てください。リアムさんの暴走の、立ち上がりの曲線」


 画面に、一本のグラフが浮かぶ。


「英雄性の暴走って、ふつう、こう……じわじわ溜まって、ある日、堤防が決壊するみたいに、一気に来るんです。自然現象なので。地震とか、そういうのと同じで」


 シキの指が、別のグラフを重ねた。


「でも、リアムさんのは……こう。途中で、二回、不自然に跳ね上がってる。誰かが外から、ぐいっ、ぐいって、力を押し上げたみたいに。……自然の曲線じゃ、ないんです」


「押し上げた?」ノエルが眉を寄せる。「どうやって」


「わかりません。でも……」シキは初めて、ちらりとカイのほうを見た。「ハロルドさんの残留データも、さっき見返したんです。同じでした。二回、跳ねてる。……お二人とも、"自然に"暴走したんじゃない」


 部屋が、静まった。


 カイは、遺品整理室で見た封蝋を思い出していた。三本の剣を、鎖が束ねた紋章。『勇者再兵器化計画』。


 暴走は、力の行き詰まりだと思っていた。


 だが。


「……この暴走は、自然じゃない」カイは、低く言った。「誰かが、起こしてる」


 ノエルが、息を呑んだ。救おうとした若者の苦しみが、事故ではなく、誰かの手で作られたものだったなら――その考えが、彼女の顔を、ゆっくりと強張らせていく。


「誰が、そんなこと」


「それを、これから吐かせる」


 カイはコートを翻した。リアムの意識が戻る前に、暴走を"売った"人間を見つけ出さなければならない。


 次の波が、この若者を完全に呑み込む前に。


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


 救おうとするノエルと、救わせないカイ。噛み合わない二人の前に、「暴走は作られている」という事実が転がり出てきました。


 次話、暴走を売り歩く男の正体に、カイが迫ります。この物語で初めて、はっきりと「裁かれるべき悪」が姿を現します。


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