第40話:名簿を、燃やす
廃棄命令は、届いていた。
だが、写しの方が、先に出ていた。
「確定取り消しの、前の晩です」シキが、無線で叫んだ。「軍務省の受領印が、押されてます。上位十名分の、回収予定表。……実行日、今日です」
「場所は」
「南の、療養院」
カイは、既に、馬に乗っていた。
*
麦畑の道を、荷馬車が三台、療養院の門をくぐっていた。
幌のない荷台に、鉄の枠。人を、寝かせて運ぶための枠だった。
門の内側に、軍務省の外套が、十二。その中央に、痩せた男が立っていた。手には、四角い箱。表面に、細い術式の線が、走っている。あの検査場の術式盤を、持ち運べる大きさに落としたものだった。
「勇者刑執行局です」
ノエルが、走り込んだ。息が、上がっていた。
「順位表の確定は、取り消されました。配点表は、無効です。回収の根拠は、ありません!」
「回収ではありません」
痩せた男は、手元の書類を、示した。
「軍務省・資産回収班、エーメリヒと申します。本件は、療養院の収容能力を鑑みた、収容先の変更です。順位表とは、無関係の事務手続きです」
「無関係な事務手続きが」カイが、言った。「なぜ、名簿の上から十人だけを、運ぶ」
「偶然です」
男は、真顔で、そう言った。
病棟の入口に、ロゼ・ファルケが、立っていた。
黒い外套。書板を、抱えている。
「ロゼさん」ノエルが、彼女を見た。「止めてください。あなたが、実務監督官でしょう」
「オルグレン執行官」
ロゼの声は、いつもと同じ、氷だった。
「私の職掌は、暴走適性審査の実務監督です」
「はい」
「審査は、無効になりました」
ロゼは、そう言って、書板を、傍らの卓に、置いた。
「よって、私はこの場に、職掌を持ちません。監督すべきものが、ありません。……失礼します」
彼女は、歩き出した。
三歩、進んで、足を止めた。振り返らないまま、言った。
「書板は、置いていきます。中に、私の職掌に属さない書類が、混ざっているかもしれません。私には、確かめる権限が、ありません」
そして、彼女は、行った。
ノエルが、書板を、開いた。
配点係数の出所。ハウゼル・クリーグとの折衝の記録。回収予定表の、原本。そのどれにも、同じ判が押されていた。
軍務卿、バルカ・オルデン。
「病室から、離れてください」
エーメリヒが、箱を、掲げた。
術式の線が、光った。
病棟の中から、音がした。一つではなかった。十、あった。封印鎖の環が、内側から押されて軋む音。緩められている。
「何を、してる」
「搬送前の、出力調整です」エーメリヒは、事務的に言った。「封印されたままでは、荷が重い。少し緩めて、歩かせます。……ご存じでしょう。あなたも、一度、これをかけられた」
カイの目が、細くなった。
「歩かせて、どこへ運ぶ」
「収容先です」
「暴走させて、どこへ運ぶ」
エーメリヒは、答えなかった。
病棟の窓が、内側から、白く光った。
「先輩!」
「ノエル、病棟の中へ。緩められた環を、片端から締め直せ。三つ目の環だ。順番を間違えるな」
「はい!」
カイは、前へ、出た。
外套が十二、剣を抜く。カイは、そのどれにも、目をくれなかった。
見ていたのは、箱だった。
封印鎖が、空気を裂いた。
一本目が、外套の列を、束ねて薙いだ。人は傷つけない。剣だけを、絡め取って、地に落とす。二本目が、荷馬車の車輪に巻き、三台を、その場に縫い止めた。
三本目が、伸びた。
エーメリヒは、箱を、抱えた。抱えて、背を向けた。守るために。
鎖は、その箱に、届いた。
乾いた音がした。硝子でも、鉄でもない、術式の線が断たれる音だった。箱の光が、内側から、消えていく。病棟の軋みが、止まった。
「……なぜ」エーメリヒが、膝をついた。「なぜ、我々ではなく、箱を」
「あんたらは、事務手続きだそうだからな」
カイは、鎖を、引いた。
「事務手続きは、封じても、死なない」
「エーメリヒ」
カイは、名を呼んだ。
「軍務省・資産回収班。……勇者刑執行局の名において、あんたの力を、永久に封印する」
鎖が、男の両手に、巻きついた。術式盤を扱う手が、その日、使えなくなった。
*
病棟の廊下に、ノエルが座り込んでいた。
十人分の環を、締め直した手が、赤く腫れていた。
「……全員、戻りました」ノエルは、言った。「誰も、暴走してません」
いちばん奥の病室の戸が、開いていた。
ダリオが、寝台の上で、身を起こしていた。
彼は、廊下の光景を、じっと見ていた。倒れた荷馬車。砕けた箱。鎖を巻かれた男。そして、腫れた手で環を締め直していた、小柄な執行官を。
「……あんたら」
ダリオが、掠れた声で、言った。
「あんたら、俺みたいなのを、十人ぶん、走って来たのか」
「はい」
ノエルが、顔を上げた。笑おうとして、失敗した。
「四位の人だけじゃなくて、十位の人も、来ました。……順番、無いので」
ダリオは、しばらく、黙っていた。
それから、両手で、顔を覆った。
声は、しなかった。
*
その夜、療養院の中庭で、名簿を燃やした。
二十七頁。千七百人。
ノエルが、一枚ずつ、火にくべた。急がなかった。一枚ごとに、上から順に、名前を、声に出して読んだ。四位のところで一度、詰まって、それから、続けた。最後の一枚が灰になるまで、カイは、隣に立っていた。
燃やしたのは、名簿だ。制度ではない。制度は、まだ、一行も残っていない。だが、この娘は、ゼロじゃないところから、また積む、と言った。
*
三日後、局に、書状が届いた。
赤い封蝋。三本の剣を鎖が束ねた、あの意匠。
『貴局の申し立てにより、順位表は取り消された。異論はない。制度とは、順序をつけぬ限り動かぬものだが、あなた方はそれを、力量で補えると仰る。
結構。ならば、見せていただこう。
王都中央広場にて、貴局の自制指導の公開実演を要請する。対象は、貴局の推す一名で構わない。日時は、追って通達する』
執行局が推せる男は、一人しか、いなかった。




