第38話:並べ替えられる名前
名簿の第一次案は、二十七頁あった。
千七百人が、点の高い順に、並んでいた。
ノエルは、一頁目の、上から四行目で、指を止めた。
『四位 ダリオ・ヴェント 三十二 元Cランク 残存出力四/年齢三/身寄り三/経過二 計十二点』
「……四位です」
ノエルの声は、平らだった。平らにしないと、保てなかった。
「三ヶ月ひとりで止まって、誰も来なくて、折れた人が。四位です。ちゃんと、上位です」
カイは、頁を、見ていた。
残存出力、四点。三十八回、村を守った腕。
年齢、三点。三十二。まだ、使える。
身寄り、三点。村に、彼の家族はいない。
この表の上では、ダリオ・ヴェントは、良い成績だった。
*
南の療養院の測定室は、麦畑に面していた。窓の外で、穂が、白く光っている。
ダリオは、寝台に腰かけて、腕を出していた。封印鎖の環が二つ、手首と肘に留まっている。目は、覚めていた。
「執行官さん」
ダリオは、カイを見て、少し笑った。あの日、村で笑った顔と、同じだった。
「村は」
「無事だ。守備隊が、三十人、入った」
「……そうか」
それだけ聞くと、ダリオは、天井を見た。しばらくして、小さく、言った。
「じゃあ、俺は、もう、止まっていいんだな」
ノエルが、顔を、背けた。
「測定を、始めます」
部屋の入口で、その声がした。
黒い外套。氷の目。監督官ロゼ・ファルケが、書板を手に、立っていた。
「オルグレン執行官。立ち会いは、そちらの襟章まで。書き込みは、こちらで行います」
「……ロゼさん」ノエルの声が、硬くなった。「あなたが、これをやるんですか」
「命じられました」
「それだけですか」
「それだけです」
ロゼは、寝台の脇に立った。ダリオの腕の白い線に、目盛りを当て、数字を、読み上げた。抑揚は、なかった。
残存出力。反応の閾値。回復曲線。
ダリオの手が、目盛りの下で、震えた。
ロゼの筆が、一瞬、止まった。
ほんの、一呼吸だった。すぐに、また、動いた。だがカイは、それを、見ていた。
*
測定を終えて、ロゼは廊下へ出た。カイが、後を追った。
「ロゼ」
「執行官殿。私語は、慎みます」
「あの配点は、あんたが作ったのか」
「私は、実務です」ロゼは、足を止めずに言った。「表は、上から降りてきます」
「上とは、誰だ」
「お答えする立場にありません」
ロゼは、廊下の窓の前で、立ち止まった。麦畑が、見えていた。
「執行官殿。一つ、伺ってもよろしいですか」
「言え」
「十年前に、あなたが斬った英雄は」
カイの足が、止まった。
「この表では、何番目に、来たでしょうね」
風が、麦を鳴らした。
カイは、答えなかった。答えは、既に、頭の中で、勝手に出ていた。
エルシャは、強かった。誰より若かった。身寄りは、なかった。討伐の隊で、それを持っていたのは、彼女だけだった。
「……一番だ」
カイは、言った。
「この表なら、あいつが、一番上に来る」
ロゼは、少しの間、麦畑を見ていた。
それから、書板を抱え直した。
「では、この表は、正しく機能します。……失礼」
立ち去る背中は、いつもと同じ、真っ直ぐだった。
だが、その真っ直ぐさが、以前より、少しだけ、こわばって見えた。
*
「先輩」
王都へ戻る馬車の中で、ノエルが、言った。
「今、何を考えてますか」
「別に」
「嘘です」ノエルは、真っ直ぐ、こちらを見ていた。「先輩、鎖の三つ目の環を、握ってます」
カイは、自分の左手を、見た。
握っていた。
「……名簿の写しを、取りに行こうと思った」
「軍務省の、ですか」
「ああ」
「令状は」
「無い」
「先輩」
「あの表は、指導の名簿じゃない」カイは、窓の外を見たまま、言った。「軍務省が閲覧できる、回収対象の順位表だ。順位が確定したら、上から順に、消える。療養院から、書類上の手続きで。……止めるなら、確定する前だ」
「先輩」
ノエルが、もう一度、呼んだ。
そして、身を乗り出して、カイの左手の上に、自分の手を、置いた。
「だめです」
「ノエル」
「先輩がそれをやったら、次の日には、令状が出ます。『暴走リスク予防措置』の、二度目の分が」ノエルの手は、震えていなかった。「あの人たちは、待ってるんです。先輩が、法の外に出るのを。そうすれば、この制度ごと、私たちの手から取り上げられます」
カイは、彼女の手を、見ていた。
三ヶ月前まで、この娘は、執行の現場で泣いていた。
「……じゃあ、どうする」
「法の中で、勝ちます」
ノエルは、言った。
「今度は、そっちで、勝ちます。私、条文なら、読めます。三十七日、読み続けてます。……先輩が鎖でやってきたことを、私は、そっちでやります」
馬車が、揺れた。
カイは、しばらくして、握っていた指を、開いた。
「……勝てるのか」
「勝ちます」
ノエルは、執行書類の束を、胸に抱えた。いつもの所作だった。
「まだ、諦めてませんから」
*
局に戻ると、卓の上に、法制院からの通知が、置かれていた。
『暴走適性審査・第一次順位表 確定審議 三日後』
ロゼ・ファルケは、この作品でいちばん書いていて気持ちのいい人です。彼女は一度も善人になりませんし、たぶん最後までなりません。それでも筆が一呼吸止まる。人が変わるときは、思想が変わるより先に、手の方が先に止まるのだと思っています。
次話、確定審議まで三日。ノエルは、条文で戦うと言いました。




