第37話:適性審査
「副本が、三通、要ります」
法制院一階の窓口で、シキは、そう言われた。
「あっ、えっと、三通、持ってきました」
「様式が、旧様式です」
「え」
「先月、改まりました。二階の掲示に、出ております」
「に、二階の掲示……」シキの手元で、書類の束が、震えた。「あの、掲示を見ないと、様式が分からないんですか」
「掲示は、公示です」
「公示……」
シキは、二階へ上がった。掲示板の前で、五分、立っていた。改正の告知は、確かに貼ってあった。いちばん下の段の、右端に。他の三十七枚の告知に、囲まれて。
降りてきたシキの顔を見て、ノエルが、そっと、椅子を引いた。
「シキちゃん、お茶」
「……人間って、なんで、こんなに、書類が好きなんでしょうか」
「データ、嫌いになりました?」
「データは好きです」シキは、机に突っ伏した。「様式が、嫌いです」
*
顔を上げたシキの目が、変わったのは、その半刻後だった。
「……カイさん。あの、これ」
卓の上に、暴走適性審査の配点表が、広げられていた。第四条の、別に定めるもの。ようやく届いた、その別紙だった。
「見てください。指導の順位を、四つの項目で、点にしてます」
カイは、覗き込んだ。
一、残存出力。二、年齢。三、身寄りの有無。四、登録からの経過年数。
「……妥当に見えるがな」
「見えます。すごく」シキは、頷いた。「でも、点の配り方が、変です。残存出力が、高いほど、点が高いんです」
「強い奴を、先に指導する。危険だからだろう」
「じゃあ、年齢は?」
カイは、表を、追った。年齢——若いほど、点が高い。
「……若い方が、指導が効く、という理屈は、立つ」
「身寄りの有無は」
身寄りなし——加点。
「指導に専念できる、と書いてあります」シキの指が、その一行を、押さえた。「専念、です。……カイさん。この四つを、並べ替えてみてください。強くて、若くて、身寄りがない人から、順に」
カイは、しばらく、表を見ていた。それから、椅子の背に、体を預けた。
「……指導の順じゃない」
「はい」
「使える順だ」
*
「待ってください、そんな」
ノエルが、卓に手をついた。
「証拠は、ありますか。点の配り方が、そう見えるってだけじゃ」
「あります」シキが、別紙の裏を、返した。「配点の根拠に、係数が使われてます。四つの項目を、点に直すための数字です。……この係数、見たことがあります」
「どこで」
「エルシャ・データです」
部屋の音が、消えた。
「第0号記録の、観測図の裏にあった、換算の係数です。暴走の出力と、制御の効きやすさを、結ぶための」シキの声は、震えていなかった。数字の話をするとき、この娘は、震えない。「私、あの記録を焼く前に、全部、目に入れてます。……同じです。小数点以下、三桁まで」
「あの記録は、焼いた」ノエルが、言った。
「記録は、焼きました」カイが、言った。「係数は、頭の中にある」
*
その夜、局の窓から、カイは法制院の灯りを見ていた。あの審議室は、寒かった。理由が、今、分かった。
あそこには、同じ匂いがある。療養院の接収の令状にも、要塞の術式盤にも、あの検査場にもあった匂い。人を、置き場所の問題として扱うときの、匂いだ。
だが今度は、檻に入るのは、自分ではない。名簿に並ぶ、千七百人の方だ。自分は、檻の外にいる。外にいて、法のこちら側から、見ている。鎖を振るえば、届く場所ではない。
「先輩」
ノエルが、隣に来た。手に、条文の写しを持っている。頁の端が、もう、擦り切れかけていた。
「第四条を、削らせます」
「どうやって」
「まだ、分かりません」ノエルは、言った。「でも、削らないと、あの審査は、指導の名簿を作りません。誰を先に兵器にするかの、名簿を作ります。……先輩」
「何だ」
「私、あの人が、憎めないんです」
カイは、ノエルを見た。
「ハウゼルさんは、たぶん、この配点表の意味を、知りません」ノエルは、条文を、胸に抱えた。「あの人は、順序をつけるのが正しいと信じてるだけです。誰かが、その信念に、係数を差し込んだんです。……信じてる人の中に、悪いものを混ぜるのが、いちばん、汚いやり方だと思います」
*
翌朝、局に、一通の書状が届いた。
軍務省。差出人の名は、なかった。代理の判が一つ、押してあるだけだった。
中身は、二行。
『暴走適性審査の実務監督官として、監督官ロゼ・ファルケを充てる。執行局は、これに協力されたい』
ノエルの手が、書状の上で、止まった。
「……ロゼ、さん」
カイは、窓の外を、見た。
あの女が来るということは、この盤に、あの男が座っているということだった。
もし皆さんがこの制度の配点表を作るとしたら、何を測りますか。強さ、年齢、身寄り——どれも「それらしい」項目です。悪意のある人間は、悪い項目を入れたりしません。それらしい項目を、それらしい重みで並べるだけで、名簿の意味はまるごと裏返ります。シキが気づけたのは、項目ではなく係数の小数点以下三桁を覚えていたからでした。
次話、その名簿に、あの人の名前が載ります。そして、氷の監督官が戻ってきます。




