第34話:商品にされた英雄
調合場は、廃坑の底にあった。
坑道の奥、崩れた支柱の向こうに、火の入った釜が三つ。棚には、瓶が、数えきれないほど並んでいる。麦の穂の刻印が、火明かりに、揺れていた。
その手前に、男が七人、並んでいた。
昨日、広場で瓶を受け取っていた、あの七人だった。剣を、抜いていた。
「どいてくれ」カイは、言った。
「どけない」
歳のいった男が、答えた。声は、震えていた。それでも、退かなかった。
「あんたらが、ヴィトさんを持っていったら。俺らは、来月、何を食う」
「ゲイルさん」
ノエルが、前に出た。カイの前へ、割り込むように。
「あなた、来月の分の掛けを、返せてないって、言ってましたよね」
「……ああ」
「先月、返せなかった人は、どうなりました」
男の顔が、止まった。
「マルダさんは、先々月、返せませんでした」ノエルは、帳簿を、開いた。細い指が、頁の下の方をなぞる。「返せなかった月の翌週に、マルダさんは暴走して、王都に運ばれています。この、『引き取り』の欄に、名前があります。金額と一緒に」
「……何の話だ」
「あなたたちの名前が、ここに、値段つきで並んでいます」
ノエルは、帳簿を、掲げた。
「七人。この半年で。全員、掛けを返せなかった月の翌週です」
坑道が、静まった。釜の火が、ぱち、と鳴った。
*
「言い方が汚いな、お嬢さん」
棚の陰から、ヴィトが、出てきた。手を、上げていた。武器はない。あの、近所の男の笑い方も、なかった。
「俺は、値段をつけて出荷してるわけじゃない。……順番に説明させてくれ」
「聞く」カイが言った。
「薬は、高い。材料が高いんだ。七人に配り続けるには、金がいる。……で、暴れた奴を軍務省の窓口に引き渡すと、金が出る。研究に使うんだと。多い金だ。一人で、半年分の薬になる」
「知っていて、渡していたのか」
「知ってた」
ヴィトは、認めた。
「一人出せば、六人が半年、生きる。出さなきゃ、七人が来月、干上がる。……執行官さん、あんたなら、どっちを選ぶ」
「選ばない」
「選ばないってのは、選ばずに済む場所にいる奴の言葉だ」
「違う」
カイは、一歩、踏み出した。
「選ばないというのは、七人を干上がらせない方法を、他に探すという意味だ。あんたは、探さなかった。探すより、売る方が、早かったからだ」
ヴィトの目が、初めて、揺れた。
「……早かったよ」
小さな声だった。
「早かったんだ。いつも」
「ヴィトさん」
ゲイルが、剣を下げた。手が、開いていた。
「マルダは。……マルダは、あんたが、拾ってくれたんじゃなかったのか」
「拾ったよ」ヴィトは、言った。「拾って、置いといて、金が要る時に、出した」
誰も、動かなかった。
七人の元勇者は、剣を持ったまま、そこに立っていた。何のために持っているのか、分からなくなった手つきで。
カイは、彼らの脇を、通った。誰も、止めなかった。
「あんた、錬金の心得があるな」
カイは、釜の前で、言った。
「デュランの弟子か」
「三年、下働きだ」ヴィトは、肩をすくめた。「あの人は、天才だったよ。壊れる過程が美しいとか言ってた。趣味が悪い。……俺は違う。俺は、売れる物を作っただけだ」
「同じだ」
「同じじゃない」
「壊れる過程を眺めるのと、壊れる過程に値をつけるのは、同じだ」カイは、言った。「あんたは、あの人より、たくさんの人間を、壊した」
ヴィトが、口を開きかけた。
封印鎖が、空気を裂いて、伸びた。
鎖は、ヴィトの体ではなく、その両の掌に、巻きついた。釜の火が、一斉に、落ちた。棚の瓶の中で、薄い光が、順に、消えていった。術式が、根から、断たれていく音だった。
「ヴィト・サーレン」
カイは、静かに、言った。
「勇者刑執行局の名において、あんたの力を、永久に封印する」
*
坑道を出るまで、ヴィトは、何も言わなかった。
空が白み始めた頃、縛られた手を見つめたまま、一度だけ、口を開いた。
「……あの七人は、どうなる」
「執行局が預かる」
「療養院か。あそこは、飯は出るが、仕事はないぞ」
「今は、そうだ」
カイは、前を見たまま、言った。
「変える」
ヴィトは、笑わなかった。信じた顔でもなかった。ただ、少し、長く、こちらを見ていた。
*
瓶は、坑道から、四百六十本が出た。
だが帳簿の売り上げは、それより、ずっと多かった。
「あっ、えっと、差が……六百本ぶんくらい、あります」シキの声が、無線で、震えた。「もう、出回ってる分です。回収は、無理です。買った人が、どこにいるか、たどれません」
ノエルが、息を、呑んだ。
「……ヴェルド村」
カイは、既に、走り出していた。
夜明けの風が、東から来ていた。麦の匂いに、混じって、焦げた匂いがした。
村の方角の空が、赤い。
群れの、三十八回目だった。
封じたあとにヴィトが聞いたのが「あの七人はどうなる」だったので、この男を書ききれた気がしています。搾取していたのは本当で、心配しているのも本当です。人はそのくらい平気で両方やります。
次話、三十八回目。第7アークの締めです。
ここまで面白いと思っていただけたら、ブックマークで続きを追いかけていただけると嬉しいです。




