第28話:渦の底
"最終検査"の場所は、王都郊外の、封鎖された、施設だった。
逃げれば、暴走リスク者。留まれば、封印を緩められる。詰んだ盤の上で、カイは、自ら、そこへ、赴いた。逃げれば、追手が、王都を、荒らす。ノエルや、シキや、救ってきた者たちに、火の粉が、飛ぶ。ならば、自分一人で、受けて、立つ。それが、カイの、選んだ道だった。
「一人で、来られましたか」ロゼが、施設の中央で、待っていた。「賢明です、執行官殿」
施設の床には、巨大な、術式盤が、刻まれていた。三本の剣を鎖が束ねた、あの意匠。要塞のものより、遥かに、精緻だった。これが、十年前、エルシャの封印を、こじ開けようとした術式の――完成版。
「これが、俺を、暴走させる、装置か」
「これは、検査装置です」ロゼは、書類挟みから、目を、上げなかった。「あなたの封印の、最奥環を、"調整"する。……合法的に」
「ロゼ」カイは、彼女を、見据えた。「あんたは、これが、検査じゃないと、知ってる。俺を、暴走させて、兵器にするための、ものだと。……それでも、やるのか」
ロゼの手が、ほんの、一瞬、止まった。氷の瞳の、奥で。何かが、揺れた。だが、彼女は、書類を、揃え直した。
「私は、令状を、遂行します」ロゼは、静かに、言った。「感情は、より多くを、殺す。……起動します」
*
術式盤が、青白く、脈打った。
カイの腰の封印鎖が、内側から、引かれた。要塞の夜と、同じ、感覚。だが、比べ物にならないほど、強い。装置が、カイの封印の、最奥環へ、直接、指を、かけていた。丁寧に。合法的に。こじ開けるために。
「――ぐ、」
カイの喉から、呻きが、漏れた。
最奥環が、かちり、と、緩んだ。要塞の夜、あと一つで、外れかけた、あの環。十年、静かに眠っていた力が、目を、覚ます。視界が、白く、明滅した。渦が、呼んでいた。カイの、封じた力を。今度は、ノエルの声も、届かない、場所で。
――解け、と。
力が、膨れ上がる。エルシャが、暴走した、あの日と、同じ光。それを、上回る、光。カイの中に、十年、眠っていた、災害が。目を、覚まそうと、していた。
「い、いい、データです」施設の、隅の水晶から、バルカの、乾いた声が、流れた。遠くから、見ている。『予想以上だ。……もう少し。あと一つ、環を、緩めれば。あなたは、完成する。私の、最高傑作に』
カイは、膝を、ついた。震える手で、緩みかけた環を、握った。だが、抑えきれない。十年分の、自制が、剥がされていく。ここには、ノエルの、温度は、ない。彼を、繋ぎとめる、輪郭が。
*
その時、施設の、天井が、砕けた。
白い装束の男が、瓦礫と共に、舞い降りた。魔杖の先に、光を、灯して。
「ジルド……!」ロゼが、初めて、声を、荒げた。
「国家が、とうとう、ここまで、来たか」ジルドは、渦の中で、膝をつくカイを、見下ろした。その目に、憐憫と――そして、奇妙な、高揚が、あった。「エルシャの封印を、こじ開けようとした、あの術式で。今度は、お前を、暴走させる、とはな、カイ」
「ジルド」カイは、掠れた声で、言った。「止めに、来たのか」
「いいや」
ジルドの声は、静かだった。慈悲とも、狂気ともつかぬ、あの笑みで。
「解き放て、カイ」
カイの、緩みかけた最奥環に、ジルドの魔術の光が、そっと、添えられた。締めるのでは、なく。開くのを、助けるように。
「これは、好機だ。国家は、皮肉にも、お前に、"解き放つ"きっかけを、与えた。……思い出せ。エルシャが、言ったことを。『ほんとうの、止めかたを、みつけて』と」ジルドの声が、渦に、溶けた。「力を、罪として、封じ続けることが、止めかたか? 違う。ほんとうの止めかたは、力を、受け入れることだ。お前が、なるんだ、カイ。最初の、"救われた英雄"に。暴走の力を持ち、なお、自我を保つ――エルシャが、なれなかった、その姿に」
カイの、視界が、白く、燃えた。
ジルドの言葉が、甘く、響いた。十年、封じてきた力を、解き放てば。もう、危険物と、呼ばれずに、済む。合法の檻から、出られる。エルシャの、「ほんとうの止めかた」に、辿り着けるかもしれない。
最奥環が、かちり、かちり、と、緩んでいく。
解けば、全てが、終わる。あるいは、全てが、始まる。渦の底で、カイの手が、鎖から、離れかけた――その時。
「――先輩ッ!!」
施設の、崩れた入り口から、声が、渦を、貫いた。
ノエルが、術式盤の光の中へ、駆け込んでくる。ロゼの制止も、渦の圧も、振り切って。まっすぐに。彼女は、渦の底の、カイへ、向かって、踏み込んだ。
封印が、こじ開けられました。渦の底で、思想の敵ジルドが囁く最後の誘惑――「解き放て。それがエルシャの言った"ほんとうの止めかた"だ」。力を罪として封じ続けるか、受け入れるか。
そこへ、ノエルが渦へ踏み込みます。次話、カイが出す答え。「解かないで」と「解き放て」の、その先にある、第三の道を。第2部のクライマックスです。
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