第27話:合法という檻
封印の検査は、屈辱的なほど、事務的だった。
ロゼは、カイの腰の封印鎖に、細い測定の術式を、這わせた。環の一つ一つを、几帳面に、記録していく。まるで、危険物の、劣化を、点検する、係官のように。
「第七環、緩み、なし。第十二環、正常」ロゼは、書類に、書きつけた。「……最奥環。要塞の夜、一度、緩んだ痕跡が、あります。これは、記録しておきます」
「それを、記録して」カイは、動かずに、言った。「バルカに、渡すのか」
「監督記録は、軍務卿に、提出されます」ロゼは、手を、止めなかった。「規定です」
カイは、悟った。この検査は、彼の封印を、"守る"ためでは、ない。彼の封印の、いちばん弱い環が、どこかを――どうすれば、こじ開けられるかを――国家に、教えるための、ものだった。合法という名の、外科医が、彼の急所を、丁寧に、測っていた。
*
その頃。シキの解析室では、ノエルとシキが、別の戦いを、していた。
「あっ、えっと、ノエルさん。ロゼさんの令状、穴が、ないか、調べたんですけど」シキが、端末を、睨んだ。「……法的には、完璧です。悔しいくらい。でも」
「でも?」
「この令状、"予防措置"って、言ってるのに。措置の、最終目的が、どこにも、書いてないんです」シキの指が、震えた。「普通、危険物を、封印監督下に置くなら、目的は"封印の維持"のはず。なのに、この令状の、細則を、辿ると……逆なんです」
「逆?」
「封印を、維持じゃなくて。……"調整"できる、権限が、監督官に、与えられてます。緩めることも、含めて」シキが、青ざめた。「ノエルさん。これ、カイさんの封印を、守るための令状じゃ、ない。カイさんの封印を、合法的に、"緩められる"ように、するための、令状です」
ノエルの、血の気が、引いた。
「まさか……バルカは。先輩の封印を、解いて。先輩を――」
*
その夜。カイの宿舎に、また、あの通信の水晶が、届いた。
『――検査は、いかがでしたか、執行官殿』
バルカの、乾いた声。
「回りくどいのは、やめろ」カイは、水晶を、見据えた。「あんたの狙いは、俺の封印を、解くことだ。……俺を、暴走させて、どうする」
『さすが、話が、早い』バルカは、満足げに、言った。『ええ。あなたの封印を、解きます。合法的に。監督官の権限で。……そして、あなたを、この国で最強の、"制御された英雄兵器"に、する』
カイの、指が、握られた。
『十年前、我々は、エルシャで、失敗しました』バルカの声は、乾いたまま、深く、沈んだ。『英雄性の暴走を、観測はできた。だが、制御は、できなかった。彼女は、暴走したまま、あなたに、斬られた。……我々の、悲願は、暴走した英雄の力を、暴走させたまま、意のままに、operateすることだ』
「カレンで、それを、やろうとした」
『あれは、Bランクの、試作でした』バルカは、言った。『ですが、あなたは、違う。あなたは、封印の下に、暴走勇者すら、凌ぐ力を、飼っている。しかも――あなたは、その力を、十年、自制で、抑え込んできた。つまり、あなたには、暴走の中でも、自我を保つ、素質がある。……エルシャに、なかったものが』
バルカの声が、値踏みするように、細くなった。
『あなたこそ、第0号計画の、完成形だ、カイ・執行官殿。暴走の力を持ち、なお、意志を保つ英雄。制御できれば、あなた一人で、一個軍団に、匹敵する。……そして、私は、その封印を解く鍵を、もう、持っている。十年前、エルシャの封印を、こじ開けようとした術式の――完成版を』
「……エルシャで、失敗した術を」カイの声が、冷たく、なった。「今度は、俺で、完成させる、と」
『その通り』バルカは、静かに、言った。『あなたが、逃げれば、あなたは"暴走リスク者"となり、追われる身になる。留まれば、私の監督官が、いつでも、あなたの封印を、緩められる。……詰みですよ、執行官殿。どちらに、転んでも、あなたは、私の、最高傑作に、なる』
水晶の光が、消えた。
カイは、腰の封印鎖に、手を、当てた。十年、この鎖で、自分自身を、封じてきた。もう、二度と、誰も、殺さないために。誰にも、殺されないために。その、自分を守る鎖が、今、彼を、絡め取る、罠に、変えられようとしていた。合法という、檻の中で。
窓の外で、王都の灯が、静かに、瞬いていた。かつて、カイが、群衆に見せてきた「危険物」という言葉が。十年の時を、巡って、彼自身の、喉元に、突きつけられていた。
バルカの真の狙い――カイを暴走させ、しかし自我を保ったまま制御する、「第0号計画の完成形」に仕立てること。エルシャで失敗した術式の完成版を、今度はカイで。
逃げれば暴走リスク者、留まれば封印を緩められる。合法という檻の中で、カイは詰まされようとしています。次話、封印が、こじ開けられます。渦の底で、思想の敵が、最後の誘惑を囁きます。
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