第26話:回収対象・筆頭
それは、一通の令状から、始まった。
執行局の朝。受理係が、青ざめた顔で、カイのもとへ、赤い封蝋の書状を、運んできた。三本の剣を鎖が束ねた、あの紋章。差出人は、軍務卿バルカ・オルデン。
だが、宛先が、いつもと、違った。
カイは、封を、切った。表題を、読んだ。指が、止まった。
『暴走リスク予防措置令状/対象:勇者刑執行局・執行官カイ』
「……先輩?」ノエルが、覗き込む。そして、絶句した。
令状は、こう、続いていた。――執行官カイは、その内に、最強格の英雄性の力を、封印しており、国内で最も高い暴走リスクを有すると認められる。よって、予防的措置として、これを"封印監督下"に置き、専任の監督官の管理のもと、随時、封印状態の検査・調整を行うものとする。
「予防的措置」カイは、令状を、握りしめた。「暴走もしていない俺を、"暴走リスク"だという理由で。……合法的に、俺の封印を、国家の管理下に、置く」
「そんなの、無茶苦茶です!」ノエルが、声を、荒げた。「先輩は、暴走なんて、してません! ずっと、止める側だった人を、リスクだからって――!」
「合法だ」
冷たい声が、局長室の扉から、響いた。
*
黒い制服の女が、書類挟みを、胸に抱えて、立っていた。
整った、氷のような顔立ち。感情の、削ぎ落とされた、瞳。カイは、その顔を、覚えていた。要塞の夜。砕けた術式盤の傍らで、几帳面に、書類を、揃え直していた、あの女。
「ロゼ・ファルケ」カイは、低く、言った。
「お久しぶりです、執行官殿」ロゼは、静かに、頭を、下げた。「本日付で、あなたの、封印監督官に、着任しました。……以後、あなたの封印状態は、私が、管理します」
「監督官が、また、あんたか」
「私は、合法的な、手続きを、遂行するだけです」ロゼは、令状を、示した。「この措置に、違法な点は、一つも、ありません。あなたが、最大の暴走リスクであることは、要塞の夜、軍務卿ご自身が、確認されました。危険物は、管理される。……それが、この国の、ルールです」
英雄は、いつ暴発するか分からない、危険物だ。それが、この十年で、世界が学んだこと。カイ自身が、かつて群衆に、見せつけてきた、その真実が。今、彼自身に、牙を、剥いていた。
「先輩を、危険物扱いするなら」ノエルが、前に、出た。「まず、あの人が、どれだけの英雄を、救ってきたか、見てから――」
「救った数は、暴走リスクを、下げません」ロゼは、冷たく、遮った。「オルグレン執行官。感情は、より多くを、殺します。……私が管理するのは、彼の"善意"ではなく、彼の"力"です」
*
局長ヴェルナーは、令状を、長い間、見ていた。
「局長」カイは、問うた。「これを、受けるんですか」
「拒否すれば」ヴェルナーは、平らに、言った。「執行局が、令状に、背いたことになる。……前回の要塞と、同じだ。今度は、庇いきれん。バルカ様は、お前一人を、狙って、この令状を、組んできた。合法の、隙が、ない」
「じゃあ、先輩を、差し出すんですか!」
「差し出しは、せん」局長の声に、微かな、鋭さが、宿った。「だが、表向きは、受け入れる。ロゼ・ファルケの、監督を。……その上で、カイ。何をするかは、お前が、決めろ。私は、命じていない」
いつもの、灰色の、やり方だった。だが、その"命じていない"の裏に、今日は、確かな、意図が、あるように、カイには、思えた。局長は、何かを、知っている。バルカの、本当の狙いを。
「ロゼ」カイは、監督官を、見据えた。「バルカは、俺の封印を、管理して、どうするつもりだ。ただの、予防措置じゃ、ないだろう」
ロゼは、答えなかった。氷の瞳の、奥で。ほんの、一瞬。何かが、揺れた気が、した。だが、それは、すぐに、消えた。
「私は、令状を、遂行するだけです」ロゼは、書類を、抱え直した。「今夜から、あなたの封印の、第一回検査を、行います。……逃げないで、いただきたい、執行官殿。逃げれば、あなたは、正式な、暴走リスク者に、なる」
彼女は、一礼して、去っていった。今度の回収対象は、カイ自身だった。合法という、名の、檻の中へ。彼は、ゆっくりと、閉じ込められようとしていた。
第1部で、暴走勇者を「危険物」として管理してきたカイ自身が、今度は「最大の暴走リスク」として、合法の檻に閉じ込められようとしています。監督官は、あのロゼ・ファルケ。
第7話で、私たちが「合法の壁」に阻まれた構図が、今度は主人公自身に牙を剥きます。次話、バルカの本当の狙いが明かされます。
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