第25話:止めかたを、探して
崩れかけた記録の墓場に、夜明けの、薄い光が、差し込んでいた。
壁の観測図の、大半は、番犬の暴走で、砕けていた。だが、無事な記録板も、まだ、残っていた。エルシャの、暴走の観測記録。賦活剤の、原型。制御術式の、大本。この国の、再兵器化計画の、思想的な、礎の、全てが。
「これを、国家に、返すわけには、いかない」カイは、記録板を、見渡した。「こいつが、あるかぎり、バルカは、また、次の賦活剤を、次の猟犬を、作れる。……エルシャの死を、材料に」
「同意見だ」ジルドが、隣に、立った。「奪って、私が、預かろう。解析すれば、封印を"救済"へ、書き換える鍵に――」
「駄目だ」カイは、首を、振った。「あんたの手に渡っても、これは、力を操る術だ。使い方が、違うだけで。……エルシャの死は、もう、誰の、道具にも、させない。国家のも、あんたのも」
ジルドは、しばらく、カイを、見ていた。それから、ふ、と、息を、吐いた。
「……お前は、変わらないな」
「焼く」カイは、封印鎖の環を、記録板に、当てた。「全部だ。観測図も、術式も。エルシャの死から、生まれたものは、ここで、終わりにする」
「先輩」ノエルが、進み出た。「私も、手伝います」
シキが、無線の向こうで、息を、呑む気配が、した。『あっ……えっと。貴重な、データ、ですけど。……でも。人を、材料にした数字なんて。消えて、いいと、思います。私は』
カイは、封印鎖に、力を、注いだ。環が、脈打つように、光る。記録板が、一枚、また一枚、内側から、白く、焼け落ちていく。青白い観測図が、灰に、なった。この国が、十年かけて、エルシャの死から、絞り取ってきたものが、夜明けの光の中で、静かに、消えていった。
バルカの計画の、いちばん深い根が、今、断たれた。次の賦活剤も、次の術式も、この、母胎を失って、一から、作り直すしか、なくなる。黒幕は、無傷だ。だが、その計画は、確かに、致命の、傷を、負った。
*
「カイ」
全てが、灰になった後。ジルドは、崩れた入り口の、光の中に、立っていた。去ろうと、していた。
「今日、私たちは、彼女の言葉を、分かち合った。十年、それぞれの半分だけを、抱いてきた言葉を」ジルドは、振り返った。「お前は、"止めて"を。私は、"ほんとうの止めかたを"を。……そして、分かった。彼女は、両方を、望んでいた」
「ああ」
「だが、それでも」ジルドの目が、静かに、澄んだ。「私は、去る。お前とは、また、道を、分かつ。……真相が分かっても、私は、力を罪とは、認めない。封印して回るお前を、認めない。エルシャの言った"ほんとうの止めかた"を、私は、私のやり方で、探す」
「俺も」カイは、答えた。「俺のやり方で、探す。……封印鎖で。もう、二度と、誰も、殺さずに、済む方法を」
二人は、しばらく、見つめ合った。憎しみは、なかった。もう。ただ、同じ場所から出発して、真逆へ向かう、二人の、旅人が、いた。
「妙な、ものだな」ジルドが、微かに、笑った。「十年前と、同じ言葉で、別れる。『お前とは、道が違う』と。……だが、今日は、少しだけ、違う。今日の私たちは、憎み合って、別れるのでは、ない」
「エルシャの、"止めかた"を」カイは、言った。「別々の道で、探す者同士、だ」
「そういうことだ」
ジルドは、白い装束を、翻した。夜明けの光の中へ、消えていく。去り際、彼は、一度だけ、振り返った。
「カイ。国家は、次に、お前自身を、狙うぞ。……お前の、封印を。用心しろ」
その背が、光に、溶けた。
*
王都への帰り道。
「先輩」ノエルが、隣を、歩きながら、言った。「先輩の、止まってた時間。……少し、動きましたか」
カイは、東の空を、見た。夜が、明けていく。十年、同じ場所に、立ち尽くしていた。エルシャの言葉の、半分だけを、抱いて。だが今、彼女の望んだ、もう半分を、知った。
「……分からん」カイは、正直に、言った。「だが、十年、動かなかったものが。今日、少しだけ、軋んだ、気はする」
「なら、十分です」ノエルが、笑った。「一歩ずつで、いいんです。私も、一歩ずつしか、進めてませんから」
カイは、ほんの少しだけ、口の端を、緩めた。
背中を、預けられる位置で、二人は、明けていく道を、並んで、歩いた。エルシャの死から生まれた地獄の根を、断って。だが、まだ、何も、終わっていなかった。バルカは、無傷だ。そして――次に狙われるのは、カイ自身の、封印だった。
エルシャの死から生まれた計画の礎を、カイは焼いた。バルカの計画は致命傷を負い、次に軍務卿が動かす最後の駒は――封印鎖の下に眠る、カイ自身の力だった。




