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勇者刑執行局 〜英雄を封印する仕事ですが、暴走を売った奴から潰します〜  作者: シュバルツ


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第23話:あの日の廃墟

 カイとジルドは、記録の墓場の中央で、向き合っていた。


 二人の間に、イサクが、水晶を、掌に乗せて、立っている。壁一面の観測図が、青白く、脈打っていた。そこに描かれているのは、全て、十年前の、エルシャだった。暴走の始まりから、終わりまで。図と、数字で、刻まれた、あの日。


「……久しいな、カイ」ジルドが、言った。声には、敵意も、懐かしさも、あった。「十年ぶりに、こうして、同じ部屋に立つのが、彼女の記録の前とはな」


「ジルド」カイは、答えた。「あんたは、まだ、俺を、恨んでるのか」


「恨む?」ジルドは、壁の観測図を、見上げた。「いいや。……ただ、いまだに、思うんだ。あの日、お前が、あと十を、数えていたら。私の術は、届いていた。エルシャは、生きていた」


    *


 あの日。魔王を討って、ひと月後の、辺境の砦だった。


 エルシャが、崩れた。理由は、誰にも、分からなかった。彼女の体から、見たこともない、白い紋様が、噴き出した。剣を執って、ありもしない魔物に、斬りかかった。守るべき仲間へ、向かって。


 ジルドは、必死だった。新しく編んだ、鎮静の魔術を、彼女へ、注いだ。「あと少しだ、カイ! 抑え込める! 待ってくれ!」――そう、叫んだ。


 だが、暴走は、加速した。ジルドの術を、食い破って。砦の壁が、崩れた。逃げ遅れた仲間が、彼女の剣の、間合いに、入りかけた。


 カイは、剣を、抜いた。まだ、封印鎖など、なかった。力を、封じる術も。あるのは、自分の、全力だけ。


「もう一撃、待ってくれれば」ジルドの声が、現在の墓場に、重なった。「私は、届いていた」


「あの一撃を、待てば」カイの声も、重なった。「エルシャの剣が、後ろの三人を、両断してた。……俺は、それを、見た」


「見えていた、と、思い込んだんだ」


「思い込みじゃない」


 二人の視線が、交差した。十年、平行線だった。真相の外形が明かされても、この一点だけは、決して、交わらなかった。どちらも、救おうとした。どちらも、間違っていなかった。だから、決着は、つかない。


    *


「素晴らしい」イサクが、うっとりと、二人を、見比べた。「これですよ。これが、私の、いちばんの、観測対象だ。同じ死を、同じように悼み、真逆の結論に至った、二人の英雄。……あなた方の、分裂そのものが、私の、最高傑作です」


 カイの中で、それまで、噛み合わなかった破片が、一つに、繋がった。


「あんたたちは」カイは、低く、言った。「俺とジルドを、分裂させたのも、観測してたのか。……いや、違う。分裂を、"仕込んだ"のか」


「仕込む、とは、大げさな」イサクは、微笑んだ。「私は、ただ、彼女の暴走を、少しだけ、長引かせた。鎮静の一手を、伏せてね。そうすれば、大賢者の救済は、間に合わず、剣士の一撃が、下される。……二人の、優れた英雄が、決して交わらぬ、二つの道へ、分かれていく。力を"救い"と信じる者と、力を"罪"と封じる者へ。ああ、なんと、美しい、分岐点か」


「――貴様」ジルドの魔杖が、光った。初めて、あの穏やかな声が、憤りで、震えた。「私たちの、十年を。エルシャの、死を。ただの、観測の、ために」


 カイは、悟った。


 十年前、自分とジルドを、分けたもの。それは、二人の信念の違い、だけでは、なかった。その裏で、この老人が――国家が――エルシャの暴走を、意図的に、長引かせていた。ジルドの救済が、間に合わないように。カイが、斬るしか、なくなるように。


 カイもジルドも、救おうとした。そして、二人とも、仕組まれていた。


「……俺たちは」カイは、掠れた声で、言った。「二人とも、被害者だった、のか」


「その通り」イサクは、満足そうに、頷いた。「そして、被害者同士が、十年、憎み合い、離れていく様を、私は、心ゆくまで、観測させて、いただいた。……ありがとう、あなた方。実に、良いデータでした」


    *


「もう、十分だ、イサク」カイは、封印鎖を、握った。「あんたを、縫い止める」


「おや、それは、困りますな」イサクは、後ずさりながら、床の、術式盤を、踏んだ。「私は、観測者です。戦いは、しません。……ですが、番犬は、飼っております」


 墓場の、奥の扉が、開いた。


 その中から、白い紋様を噴き上げる、大柄な影が、よろめき出てきた。封印済みの元勇者だった。だが、その封印が、外から、こじ開けられている。首に、あの、青い印。制御された、暴走。


「彼を、止めたければ」イサクは、水晶を、懐に、隠しながら、後退した。「お二人で、どうぞ。封印鎖と、救済魔術で。……その間に、私は、彼女の"最後の言葉"を、持って、失礼します」


 暴走した元勇者が、雄叫びを、上げた。制御された力が、記録の墓場を、砕こうと、膨れ上がる。


 カイと、ジルドは、同時に、動いた。


「――カイ」ジルドが、魔杖を、構えた。「あの水晶を、逃すな。……この英雄は、私が、鎮める。お前は、私の、後ろへ」


「分かった」カイは、封印鎖を、翻した。十年ぶりに、この男の言葉に、背中を、預けた。「一時休戦だ、ジルド。エルシャの、言葉のために」


 二人の英雄殺しが、青白い暴走の光の中で、背中を、合わせた。


 十年前、カイとジルドを分けたものの正体――二人はどちらも救おうとし、どちらも、イサクに仕組まれていた。「二人とも、被害者だった」。それでも、方法論の一点だけは、決して交わりません。


 番犬として解き放たれた暴走勇者を前に、二人は十年ぶりに背中を合わせます。次話、封印鎖と救済魔術が、同じ英雄を救う――そして、エルシャの「最後の言葉」が、明かされます。


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