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勇者刑執行局 〜英雄を封印する仕事ですが、暴走を売った奴から潰します〜  作者: シュバルツ


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第17話:猟犬

 局長室の空気は、重かった。


「掃討作戦への派遣要請だ」ヴェルナーは、バルカの封書を、机に置いた。「軍務卿直々の、正式な要請。断れば、執行局の存続そのものが、問われる」


「受けるんですか」カイは、動かなかった。「暴走勇者を匿ってる者を狩れ、と。……ジルドを、狩れ、と」


「表向きは、受ける」


 ヴェルナーの声は、平らだった。灰色の霧の向こうから、本心は、見えない。


「執行官を、一名、現地へ出す。作戦の"監視"としてだ。……何を見て、何をするかは、お前が決めろ。私は、命じていない」


 それが、この局長の、いつものやり方だった。命じず、送る。楯になるのか、駒に使うのか。今日も、分からない。


「私も、行きます」ノエルが、進み出た。「先輩一人に、狩る側の景色を、見せません」


 ヴェルナーは、しばらく、二人を見て、それから、目を、逸らした。


「……行け。ただし、カイ。一つだけ言っておく」局長の声が、低くなった。「バルカ様が、この作戦に投入する"猟犬"を、見てこい。あれを見れば、お前は、この国が何をしようとしているか、分かる」


    *


 現場は、王都から半日の、東の森の入り口だった。


 解放組織が匿っていたという、封印済み元勇者の一団が、そこに隠れ潜んでいた――と、国家は言った。カイたちが着いた時、既に、掃討は始まっていた。


 森の中を、白い紋様を噴きこぼしながら、逃げ惑う人影があった。封印済みのはずの、老いた元勇者たち。力を奪われ、ただ静かに余生を送るはずだった者たち。それを、追い立てる、影がある。


「……あれは」


 ノエルの声が、凍った。


 一人の女が、木々の間を、獣のように駆けていた。二十代の半ば。ぼろぼろの外套。その体から、青白い紋様が、荒々しく噴き上がっている。手には、光る鎖の刃。彼女は、逃げる老元勇者に追いつくと、その体を、地に組み伏せた。


 そして――泣いていた。


 紋様に照らされたその頬を、涙が、幾筋も、伝っていた。狩りながら。同胞を、押さえつけながら。声もなく、ただ、泣いていた。


「回収、確認」


 女の背後から、男が、歩いてきた。灰色の制服。胸に、特務の襟章。四十がらみの、冷たく整った顔立ち。手にした細い杖の先が、女の首筋の、青い印へ向けられていた。


「よくやった、カレン。次だ」


 女――カレンの体が、糸で操られる人形のように、びくりと、跳ねた。そして、また、次の獲物を求めて、森の奥へ、駆けていく。涙を、拭くことも、許されずに。


「あんた」カイは、男の前に、立った。「何をしてる」


「執行官殿ですね。監視の。話は聞いています」男は、薄く笑った。「特務監督官、グレゴール・ザイフェルト。ご覧の通り、掃討中です。合法的な、暴走温床の、掃討」


「あの女は」


「カレン・ロス。元Bランク。三年前に暴走し、あなた方が封印した」グレゴールは、杖の先を、遠ざかるカレンの背へ向けた。「その封印を、こじ開けて、力を戻した。制御下でね。人為的に。……見事なものでしょう。暴走勇者を、我々の意のままに動く、猟犬に仕立てた。同胞を狩るのに、これ以上の、駒はない」


「駒じゃない」ノエルの声が、震えた。「あの人、泣いてます! 分かってて、狩らされてる! それがどんなに、残酷か……!」


「涙は、制御しきれない、副産物です」グレゴールは、つまらなそうに言った。「意志は、奪いました。記憶も、大方は。だが、涙腺までは、手が回らない。……そのうち、それも、直しますよ」


 カイの手が、封印鎖の環に、触れた。今すぐ、この男を、縫い止めたかった。だが――カレンの首の印。あれを断ち切る前に男を潰せば、制御を失ったカレンが、暴走したまま、森を焼く。


「彼女を、狩り殺すのは、あなた方"執行局"の仕事では?」グレゴールが、囁いた。「暴走勇者ですよ、彼女は。封印するのが、あなた方の、正義だ。……さあ、封印鎖を、彼女に。それとも――狩る側に、回れませんか、執行官殿」


    *


 カイは、動かなかった。


 カレンが、また一人、老いた元勇者を、地に組み伏せる。泣きながら。カイは、その光景を、見ていた。見ることしか、できなかった。今、封印鎖を振るえば、被害者を、二重に、殺すことになる。


「……先輩」ノエルが、隣で、拳を握りしめていた。「救う方法を、探しましょう。あの人を。カレンさんを。狩る側にも、狩られる側にも、しない方法を。……まだ、諦めてません」


 カイは、遠ざかる、猟犬の背を、見た。


「ああ」低く、言った。「探す。あの首の印を、断ち切る方法を。あいつじゃなく、あいつを操ってる男を、縫い止める段取りを」


 森の奥で、青白い光が、また一つ、灯った。涙を流す猟犬が、また一人、同胞を、狩っていた。国家が英雄を狩るために作った、英雄の、なれの果てだった。


 国家の"猟犬"、カレン・ロス。涙を流しながら同胞を狩る、再兵器化された元勇者です。狩る側にも狩られる側にも立たされる被害者を前に、封印鎖は、簡単には振るえません。


 次話、カイとシキが独自に調査を始めます。そして――同じ標的を"救い"に来た、もう一人の男が、再び姿を現します。


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