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勇者刑執行局 〜英雄を封印する仕事ですが、暴走を売った奴から潰します〜  作者: シュバルツ


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第16話:二度目の朝

 王都の朝は、何事もなかったように、明けた。


 旧国境要塞から戻って、三日。カイは、いつも通りの時刻に局へ出て、いつも通りの受理簿を、めくっていた。


 十二人を救った夜も、バルカに狙いをつけられた夜も、書類の上では「大規模暴走事案・未然鎮圧」の一行に、畳まれていた。


「先輩、おはようございます!」


 ノエルが、執行書類の束を胸に抱えて、駆け込んできた。要塞の夜からもう、彼女はいつもの声に戻っている。戻れるのが、この娘の強さだった。


「新規事案です。王都南、第七区。元勇者が一人、暴走しかけてるって」


「規模は」


「まだ小さいです。でも……」ノエルの声が、少し曇った。「通報者いわく、その人、暴れながら、ずっと同じことを、叫んでるそうで」


「何を」


「『猟犬が来る』って」


 カイは、書類をめくる手を、止めた。


    *


 第七区の裏路地に、人けは、なかった。


 暴走した元勇者は、崩れた井戸の縁に背を張りつけ、震える手で、ありもしない敵に、短剣を向けていた。あの時のハロルドと、同じ光。体から、白い紋様が、細く噴きこぼれている。だがその目は、暴走の狂気だけでは、なかった。怯えていた。何か、別のものに。


「フィン・ケラー」


 カイは、名を呼んだ。頭の中の記録が、静かに開く。


「元Cランク認定勇者。三年前に力を持て余して局に登録。療養院送りにはならず、市井で暮らしてた。……あんた、逃げてるな。何から」


「来る……来るんだ、あいつが」フィンの声が、掠れた。「俺を、嗅ぎつけて……前に一度、連れて行かれかけた……逃げた、逃げたのに、また……!」


 白い紋様が、ぶわりと、膨れた。


「先輩!」


「説得を試みる」


 カイは、無線に短く告げ、一歩、踏み出した。


「フィン。あんたを追ってる"猟犬"が何かは、後で聞く。今は、止まれ。あんたが暴れたら、その猟犬に、口実をやることになる。……止まった英雄には、手は出せない。それが、この街のルールだ」


 フィンの短剣が、揺れた。膨れかけた紋様が、わずかに、引く。


 その一瞬を、カイは、逃さなかった。封印鎖が、空気を裂いて伸び、フィンの四肢に巻きつく。噴きかけた力ごと、静かに、地へ縫い止めた。


「……っ、あ……」


「誰も死んでない」カイは、膝をついた。「あんたが、止まったからだ」


 フィンは、子どものように、息を、吐いた。


    *


 執行完了。対象は生存、搬送。いつもの手順のはずだった。


 だが、局に戻ったカイを待っていたのは、シキの、青ざめた顔だった。


「カ、カイさん。フィン・ケラーさんの、登録記録……見てもらえますか。あっ、えっと、変なんです。すごく」


 シキの端末に、フィンの三年分の記録が、並んでいた。その一番下に、見慣れない一行が、後から挿し込まれていた。


 『対象・仮回収済/再放流。監督:特務』


「仮回収……再放流?」ノエルが、覗き込む。「一度捕まえて、わざと逃がしたってことですか? なんで、そんな」


「痕跡が、あって」シキが、早口で続けた。「フィンさんの体に、微弱な……追跡の術式が、埋め込まれてます。消えかけですけど。これ、暴走を誘発する賦活剤とは、別物です。人を、獲物みたいに、印をつけて……追う、ための」


「獲物」


 カイの中で、要塞の夜のバルカの声が、蘇った。――次に回収すべき"資産"を、見つけた。


「フィンは、囮だ」カイは、低く言った。「暴走しかけた元勇者を、わざと放して、暴れさせる。暴れれば、俺たちが出る。……あるいは、別の"何か"が、出てくる」


「別の、何か」


 その時、局の受理係が、一通の封書を、カイのもとへ運んできた。赤い封蝋。三本の剣を鎖が束ねた、あの意匠。


 差出人は、軍務卿バルカ・オルデン。


 カイは、封を切った。中の一文を読んで、指が、止まった。


 『勇者刑執行局へ、正式に要請する。国内各地で暴走事案の温床となっている非合法組織――通称"解放者"ジルド・ヴェレンティ一党――の掃討作戦に、執行官の派遣を求める。暴走の芽は、それが芽のうちに、刈らねばならない』


 ノエルが、横から、それを読んだ。息を、呑む。


「これ……ジルドさんを、狩れって、命令ですか。私たちに」


 カイは、答えなかった。


 四つ巴の全ての手が、要塞の夜に、同じ盤へ出そろった。そして今、その盤が、動き始めた。国家が、執行局を、解放組織へ向けた刃に、使おうとしている。止める側の自分たちが、狩る側に、立たされようとしていた。


「掃討作戦」カイは、封書を、畳んだ。「暴走勇者を"温床"と呼んで、匿ってる者ごと、刈る。……その掃討に、"猟犬"が要る、ってわけだ」


 窓の外で、王都の鐘が、昼を告げた。何事もなかったような、二度目の朝の続きの、正午だった。


 第2部が始まりました。第1部からお付き合いいただいている方、そして今回から追いかけてくださる方、ありがとうございます。


 止める側だったカイたちが、狩る側に立たされる――四つ巴の盤が、いよいよ動き出します。次話、国家の"猟犬"の正体が明かされます。それは、涙を流しながら同胞を狩る、一人の元勇者でした。


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