第13話:谷間の廃村
東の森の奥に、その村は、あった。
シキが、消えた元勇者たちの移動経路から、たどり着いた場所。地図には、とうに打ち捨てられたことになっている、谷間の廃村。だが、カイとノエルが木立を抜けると、そこには、煙が、立っていた。
畑があった。誰かが、耕していた。井戸から水を汲む男。日向で、子どもと積み木をする、老いた元勇者。かつて剣を握り、魔物を薙ぎ払った手が、今は、鍬を、桶を、木の玩具を、握っていた。
「……暮らして、るんですね」ノエルが、呟いた。「ちゃんと、普通に」
村の中心の、古い井戸端に、ジルドは、いた。
子どもに、水の入った椀を手渡している。カイたちに気づくと、彼は、少しも驚かず、微笑んだ。
「令状は、読んだか、カイ」
「読んだ」
「では、私を執行しに来たのか。それとも」ジルドは、椀を渡し終え、立ち上がった。「警告しに、来たのか」
「国家が、ここを嗅ぎつけてる」カイは言った。「バルカが、回収作戦を始める。ここも、療養院も、まとめて。……逃げろ。この村を、畳め」
ジルドは、しばらく、カイを見ていた。それから、静かに、首を振った。
「逃げない」
「ジルド」
「ここは、彼らの家だ。カイ」
ジルドは、村を、見渡した。畑を、井戸を、子どもの笑い声を。
「この者たちは、みな、一度、力に殺されかけた。暴走し、あるいは暴走しかけ、国家に"資産"と数えられ、お前たち執行局に、封じられかけた。……行く場所が、どこにもなかった。ここだけが、彼らが、ただの人として、息をできる場所なんだ。それを、私に、畳めと言うのか」
「畳まなければ、国家に、根こそぎ回収される。兵器に戻される。今度こそ」
「だから、私は、闘っている」
ジルドの声に、静かな熱が、宿った。
「力を罪とする、この世界そのものを、変えようとしている。彼らが逃げ隠れしなくていい世界を。……お前は、暴走を止めて回る。私は、暴走しなくていい場所を、作る。カイ、どちらが、本当に、彼らを救っている?」
「力は、いつか、暴走する」カイは、腰の封印鎖を、握った。「お前が、どれだけ管理しても。ここにいる誰か一人が、次に壊れた時、この村ごと、消える。子どもも、老人も。……俺は、その"次"を、いくつも見てきた」
「私も、見た」
ジルドの目が、翳った。
「エルシャの、最期をな」
その名に、カイの、動きが、止まった。
「あの日、お前は、封じた。私は、止めれば救えたと、今も思っている。……十年、私は、その"救い方"を、探し続けた。この村は、その答えの、途中だ。まだ、未完成だがな」
カイは、答えなかった。エルシャの名は、十年、彼の中で、封じたままの傷だった。ジルドが、それを、真逆の方向から、抱え続けていたことを、初めて、知った。
二人の思想は、交わらなかった。同じ痛みから、正反対の場所へ、歩いていた。
*
ノエルは、少し離れた井戸端で、水を汲む老人を、見ていた。
「あの方も……昔は、勇者、だったんですよね」
「ああ」ジルドが、答えた。「南方で、火竜を退けた英雄だ。暴走して、村を一つ、焼いた。生き残った者は、彼を、化け物と呼んだ。……執行局に封じられる前に、私が、連れ出した」
ノエルは、その老人を、じっと見ていた。やがて、ぽつりと、言った。
「私の、兄も。勇者、でした」
カイが、ノエルを、見た。ノエルが、自分のことを語るのは、初めてだった。
「北の街の、誇りでした。魔物から、みんなを守って。私の、自慢の、兄で。……でも、ある日、暴走して」
ノエルの、手が、震えた。
「私の、目の前で。誰も、救おうとしませんでした。街の人は、逃げて。執行官は、封じて。兄は、化け物として、静かに、消されました。……最後に、私を見て、"逃げろ"って、言ったのに。誰も、あの人を、救おうと、しなかった」
村に、風が、渡った。
「だから、私、執行局に入ったんです。救う側に、なりたくて。もう二度と、あの時の私みたいに、ただ立ち尽くすだけの人を、作りたくなくて」
ノエルは、顔を上げた。目に、涙が滲んでいた。だが、その声は、震えながらも、まっすぐだった。
「ジルドさん。あなたのやり方は、たぶん、間違ってます。国家と、闘って、匿って……いつか、破綻する。でも」
ノエルは、水を飲む老人を、見た。
「この村の景色は、間違ってない。兄を、救えなかった私が言うのは、ずるいけど。……こういう場所が、あってよかった。それだけは、思います」
ジルドは、ノエルを、静かに見ていた。その顔から、いつもの、慈悲とも狂気ともつかぬ笑みが、消えていた。
「……面白い新人を、連れているな、カイ」
その時だった。
カイの無線が、鋭く、鳴った。シキの声が、悲鳴のように、割れて響いた。
「カイさん! 始まりました、回収作戦! 療養院が――南の療養院が、軍に囲まれてます! オーウェンさんが、また、連れて行かれ――そっちも、廃村のほうにも、部隊が! もう、森に、入ってます!」
カイは、振り返った。
木立の向こう、谷の入り口に、松明の光が、いくつも、揺れ始めていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ジルドの廃村は、間違っているかもしれないけれど、景色そのものは間違っていない――救えなかった兄を持つノエルだからこそ言える言葉に、この話の重心を置きました。カイとジルドは、同じ痛み(エルシャ)から、正反対の場所へ歩いた二人です。
そして、回収作戦の発動。療養院のオーウェン、廃村の元勇者たち。次話、カイは令状に背き、封印鎖を「国家が作る暴走」へと向けます。
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