第11話:英雄殺しの令状
ジルド・ヴェレンティ。
カイは、その名を、まだ、誰にも言っていなかった。
被験者リストの筆頭にあった、かつての仲間の名。そして、旧鉱山で六人の英雄を連れ去り、「英雄殺し」と嗤った、あの大賢者。二つが、同じ一人の男だったこと。それを局長に報告すれば、執行局は、否応なく、ジルドを追うことになる。
カイは、報告書の「不明」の欄を、埋めなかった。
*
「最近、変なんです」
解析室で、シキが、端末に並んだ地図を指した。王都周辺に、赤い点が、いくつも散っている。
「暴走の兆候が出た元勇者……執行に向かうと、もう、いないんです。誰かが、先に、連れ出してて。ここ二週間で、七件」
「七件」
「はい。全部、執行される前に、消えてます。……救い出してる、というか。暴走する前に、どこかへ」
カイには、その「誰か」の顔が、見えていた。谷間の闇へ、六人を連れて消えた、白い装束の男。
「解放者、って、呼ばれ始めてます」シキは、声を落とした。「暴走した英雄を、国家からも、執行局からも、逃がす人。……街の人の中には、その人を、英雄扱いする声も」
「英雄を、匿う英雄か」
皮肉な話だった。暴走を止めるのが執行局なら、暴走する前に攫って隠すのが、その男だ。どちらも「救う」と言い、やり方だけが、正反対だった。
*
その日の午後、局長室に呼ばれた。
ヴェルナーの机の上に、一枚の令状が、置かれていた。重い封蝋。軍務省の紋章。カイは、それを一目見て、胸の底が、冷たくなった。
「読め」
カイは、令状を取った。ノエルも、隣から、覗き込む。
――大賢者ジルド・ヴェレンティ。暴走勇者を扇動し、人為的な暴走を王国全土に拡散させる危険人物。よって、暴走事案に準じ、これを執行対象に認定する。勇者刑執行局は、速やかにこれを執行せよ。
「……執行対象?」
ノエルの声が、裏返った。
「待ってください。ジルドさんは、暴走なんて、してません。私、見ました。あの人が連れてた元勇者たち、誰も、暴走してなかった。むしろ、静かで……匿って、救ってるんです。なのに、なんで、執行対象なんですか!」
「認定は、下りている」
ヴェルナーの声は、平らだった。
「暴走を"拡散させる者"は、暴走そのものと同じ危険物。……そういう解釈だ。書類の上ではな」
「解釈って」ノエルは、令状を睨んだ。「本当に暴走を作ってるのは、国家のほうじゃないですか。ロゼが、封印を、こじ開けてた。バルカが――」
「ノエル」
カイが、短く、遮った。
ノエルは、唇を噛んで、口をつぐんだ。だが、その目は、まだ、令状を睨んでいた。
カイは、令状を、机に戻した。そして、局長を、まっすぐに見た。
「局長は、これが正しいと、思ってるんですか」
ヴェルナーは、答えなかった。
軍人上がりの鋭い眼光が、令状の封蝋を、じっと見ている。何を考えているのか、その表情からは、読めない。味方なのか。それとも、執行局を守るために、国家の令状に、判を押すしかないのか。
「……私が思うことは、関係ない」やがて、局長は、低く言った。「これは、命令だ。上から、下りてきた」
「上、とは」
ヴェルナーは、令状の、発行者の欄を、指で示した。
カイは、その名を、見た。
――軍務卿バルカ・オルデン。
ロゼが去り際に残した、真の黒幕の名。その男が、今度は、執行局そのものに、令状を突きつけていた。ジルドを狩れ、と。国家が「作る」暴走には目を瞑らせ、暴走を「止める」男を、暴走扱いにして。
「その、バルカ様が」ヴェルナーは、令状を、引き出しにしまった。「近く、この局へ、じきじきに、来られるそうだ」
鍵の、回る音がした。
「カイ。ノエル。……粗相の、ないようにな」
*
局長室を出ると、廊下の窓から、夕日が、差していた。
ノエルは、しばらく、黙って歩いていた。だが、階段の踊り場で、こらえきれなくなったように、足を止めた。
「先輩」
「なんだ」
「先輩は……ジルドさんを、執行できるんですか」
カイは、答えなかった。
「あの人のやり方が、正しいとは、私も思いません。でも、あの人は、暴走勇者を、逃がしてる。救ってる。……それを、暴走扱いにして、狩れって。そんなの、執行局の仕事じゃない。ただ、国家の、都合です」
ノエルの声が、震えていた。怒りと、混乱で。
「先輩は、平気なんですか。あんな令状、突きつけられて」
「平気なわけが、あるか」
カイは、窓の外の、夕日を見た。
平気なわけが、ない。あの令状に記された名は、ただの標的では、なかった。ジルド・ヴェレンティ。十年前、同じ魔王に剣を向けた、かつての仲間。誰よりも聡明で、誰よりも、力を憎んでいた男。その男を、狩れと、国家は言う。
だが、それを、ノエルには、まだ、言えなかった。言えば、この熱い新人を、自分の過去ごと、巻き込むことになる。
「……ノエルは、あの令状のことは、忘れておけ」カイは、歩き出した。「バルカが来たら、俺が話す。お前は、余計なことを、言うな。あの男は、感情を、値踏みしてくる。付け入られる」
「……はい」
ノエルは、納得のいかない顔で、それでも、頷いた。
半歩前を行く先輩の背中が、いつもより、ほんの少しだけ、重く見えたことは、口には、しなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
暴走を「作る」国家が、暴走を「止める」男を、暴走扱いにして狩らせる――倒錯した令状の話でした。ジルド・ヴェレンティは、カイの古い仲間にして、被験者リストの筆頭。その名を、カイはまだ、誰にも言えずにいます。
次話、この令状を発した男――軍務卿バルカが、自ら執行局の扉を叩きます。英雄を「駒」としてしか見ない、真の黒幕の顔が、ようやく現れます。
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