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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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鷹取の賭け



電話会議に13人が参加していた。


 首相、官房長官、防衛大臣、国土交通大臣、各省庁の危機管理責任者——日本の意思決定層が一堂に会している。ただし全員が別々の場所から。首相官邸は避難対象区域に入っており、物理的に集まることができなかった。


 13人の声が重なり合う。事務的で、焦燥を隠しきれない声。避難状況の報告、自衛隊の展開計画、国際連携の調整——全てが同時進行で、全てが後手に回っている。


 その中で一つだけ、異質な声があった。


「緊急対策統合本部の設立を提案いたします」


 鷹取誠一郎の声は低く、落ち着いていた。13人の中で最も冷静な声だった。感情がない。計算がある。声色に必要な重みだけを正確に載せる技術——政治の世界で磨かれた話術だった。


「現状、管理局は影山局長の指揮下でダンジョン対応に全力を注いでおりますが、事態は管理局単独の対応能力を超えています。軍事、外交、経済、情報——全ての分野を統合した指揮系統が必要です。クロノスは民間として探索者ネットワークと国際企業連携のパイプを持っています。統合本部の設立に、全面的にご協力させていただきたい」


 謙虚な言い回し。だが提案の本質は明確だった。統合本部を作り、その長に自分が座る。協力という名の支配。


 首相が沈黙した。3秒。5秒。


「……検討します。影山局長の意見も聞きたい」


「影山局長は現在、東京サードダンジョンの現場指揮で多忙を極めておられます。私から連絡を——」


「結構です。こちらから直接連絡します」


 首相の声に、かすかな警戒が混じった。だが——迷いもあった。大崩壊の混乱の中で、確かに統合指揮は必要だった。鷹取の提案は正論でもある。それが厄介なのだ。正しいことを言う人間ほど危険な場合がある。正論は盾になる。その盾の裏で何を握っているかが問題だ。


 だが首相には判断する余裕がなかった。東京以外にも、大阪、福岡、札幌のダンジョンでモンスターの地上流出が報告されている。自衛隊の展開が間に合わない。各国からの支援要請と支援提供が同時に飛び交い、外交チャンネルがパンク状態だった。


 鷹取はそれを知っている。だからこのタイミングで提案した。混乱の極致。決断を迫られる側に考える余裕がない瞬間——営業の世界で言えば、クロージングの最適タイミングだ。


 ◇


 クロノス本部。23階建てビルの最上階。鷹取誠一郎の執務室。


 デスクの上に5つのモニターが並んでいた。左端に一颯の配信映像。中央に世界の株価チャート——ダンジョン関連銘柄が軒並み暴落し、防衛関連銘柄が急騰している。右端にリアルタイムのニュース映像。残りの2面にはクロノスの内部データと各国の政治動向が表示されていた。


 鷹取はスーツの袖を直し、椅子に深く座った。


 62歳。だがその体躯には衰えがない。元Sランク探索者。前線を退いて七年。政治と経済の世界に移り、クロノスを世界最大の探索者マネジメント企業に育て上げた。だが筋肉は覚えている。背筋が真っ直ぐなのは姿勢のためではなく、体が戦闘態勢を忘れていないからだ。


 左端のモニターに目を向けた。柊一颯の配信。380万人が視聴している。元営業マンのDランク探索者が、鑑定というハズレスキル一つで世界に情報を発信している。


「面白い男だ」


 独り言。窓の外では東京の空が灰色に煙っている。遠くでゲートの青白い光が脈動し、その周囲をヘリコプターが旋回している。23階の高さから見下ろす大崩壊は、まるで戦略シミュレーションの画面のようだった。だがモニターの向こうで死んでいく人間は現実だ。鷹取はそれを理解していた。理解した上で、冷静に駒を動かす。それが指揮官の仕事だと——Sランク時代に学んだ。


 独り言だったが、声には感嘆があった。


 鷹取は柊一颯を過小評価していなかった。この男は正直すぎる。見えたものを全て伝える。嘘がつけない。それは武器であり、弱点でもある。正直な男は信頼を得るが、政治はできない。


 鑑定ウィンドウの金色の文字を、鷹取は配信の録画で確認していた。「最深層での直接対話」「残存対話資格者:1名」。世界を救えるのは柊一颯だけ。


 鷹取の口角がわずかに上がった。


 世界を救うのは柊一颯でいい。だが——救われた世界を誰が統治するのか。英雄は英雄のまま祀り上げ、実権は裏方が握る。歴史はそうやって回ってきた。


 鷹取のシナリオはこうだ。


 大崩壊の鎮静化を指揮した統合本部の長として国際的な信頼を得る。柊一颯の最深層到達を全面支援する——その功績の管理者として。ダンジョンの真実が公開された後の世界秩序を設計する側に立つ。探索者産業の再編、ダンジョン資源の国際管理機構、新たな安全保障体制——全てクロノスが中核を担う。


 悪意はない。少なくとも鷹取自身はそう信じていた。


 秩序が必要だ。大崩壊の後に来るのは混乱と権力の空白。その空白を埋められるのは、探索者の世界と政財界の両方に足場を持つ人間だけだ。影山は探索者寄りすぎる。柊は政治を知らない。朝霧は若すぎる。消去法で——自分しかいない。


 鷹取はモニターに手を伸ばし、配信映像を拡大した。柊一颯の顔。鼻血の痕が残る頬。疲弊した目。だがその目には——折れない意志がある。


「お前が対話しに行く間、俺が外を整える。それでいいはずだ」


 鷹取は誰に言うでもなく呟いた。デスクの引き出しを開け、古い写真を一瞬だけ見た。20代の自分。Sランクの称号を得た日の写真。隣に若い影山が写っている。二人とも——まだ世界を信じていた頃の顔だ。


 引き出しを閉じた。感傷は不要だ。今は動く時間だ。


 鷹取はスマートフォンを手に取り、海外の要人リストをスクロールした。アメリカの国防長官補佐官。EUのダンジョン管理委員長。中国の探索者協会理事長。全員と個人的なパイプがある。15年かけて築いたネットワーク。影山にはこれがない。管理局は国内組織であり、国際的な政治力が弱い。大崩壊後の世界秩序を設計するには、国際的な合意形成が不可欠だ。その合意を形成できるのは——。


 鷹取が電話を取ろうとした時——執務室のドアが開いた。


 ノックなし。秘書が止める間もなく。


 ◇


 神代蒼真が立っていた。


 白い髪に灰が付いている。戦闘服の右袖が破れ、そこからかすかに血が滲んでいた。前線から直接来たのだ。目が充血している。だがその瞳の奥には——決意があった。


「蒼真か。前線はどうした」


 鷹取の声は穏やかだった。部下を迎える上司の声。だが椅子から立ち上がりはしなかった。


「前線は自衛隊が持ちこたえてます。俺がいなくても——しばらくは」


 蒼真が執務室に入った。ドアが閉まる。秘書の慌てた声が遮断された。


 蒼真は鷹取のデスクの前に立ち、右手に握っていたものをデスクに叩きつけた。硬い音が執務室に反響した。USBメモリ。黒い小さな記録媒体。


「クロノスの経理操作記録。探索者ランク審査への介入ログ。管理局への裏献金の振込明細。桐生恭子が取材で掴んだ情報を裏付ける証拠を——俺が内部から集めた」


 蒼真の声は平坦だった。感情を殺している。だが指先がわずかに震えていた。USBをデスクに叩きつけた手。この証拠を集めるのにどれだけの葛藤があったか——その痕跡が、震えに現れていた。


 鷹取はUSBを一瞥し、蒼真の目を見た。


 沈黙が3秒。


「成長したな」


 鷹取が微笑んだ。驚きはなかった。怒りもなかった。師が弟子の成長を認める——そういう顔だった。USBメモリを一つ一つ裏返すように見つめ、それからデスクの上に戻した。その動作には余裕があった。この事態を予測していたかのような、計算し尽くされた落ち着き。


「俺を育てたのはあなたです。戦い方も、情報の集め方も。だから——あなたの不正を暴く方法も知っている」


「そうだ。お前は俺の最高傑作だ。Aランクまで育てた中で、お前が最も優秀だった」


 鷹取が立ち上がった。62歳の体が、椅子から離れた瞬間に変わった。背筋がさらに伸び、肩幅が広がったように見えた。元Sランクの体が——臨戦態勢に入った。


「だがな、蒼真。この証拠を外に出すな。今じゃない」


「今だからこそです。大崩壊のどさくさに紛れて権力を握ろうとしている。あなたを止めるのは——今しかない」


「止める? 俺を止めて誰が世界を回す? 影山は現場で手一杯だ。柊は英雄だが政治家じゃない。大崩壊が終わった後、世界はどうなる? ダンジョンの真実が公開され、既存の秩序が崩壊した世界を——誰が再建する?」


 鷹取の声に力がこもった。信念だった。独善的であれ——この男は本気で世界を救おうとしている。ただし、自分のやり方で。自分の手で。


「秩序には権力が必要だ。綺麗事では人は守れない。柊一颯は真実を伝える。だが真実を伝えただけでは世界は回らない。運営する人間が必要だ。俺は——その運営者になる」


「あなたの秩序は、あなたが頂点に立つ秩序だ」


「そうだ。それの何が悪い。能力のある者が上に立つ。探索者の世界の原理だろう」


 蒼真が一歩踏み出した。デスクが二人の間にある。USBメモリが鷹取の視界の端にある。窓の外でヘリコプターの音が遠ざかり、一瞬の静寂が執務室を満たした。


「師匠」


 蒼真の声が低くなった。師匠。その呼び方をするのは——本気の時だけだ。


「柊一颯は見えたものを全て伝える男です。あの男の配信を380万人が見ている。不正の証拠がなくても、あなたの動きはいずれ公になる。あの男の鑑定は——人の嘘も見抜く」


「知っている。だからこそ急いでいる」


「その論理を突き詰めれば——最も強い者が全てを支配する世界になる。それは秩序じゃない。独裁だ」


 鷹取の目が細くなった。微笑みが消えた。代わりに——静かな圧力が空間を満たした。Sランクの気配。七年のブランクがあっても消えない、頂点に立った者の覇気。


「言葉で決着がつかないなら」


 鷹取がカフスを外した。左手首の銀色のカフスリンクス。右手首の金色のカフスリンクス。それぞれをデスクの上に静かに置いた。袖をまくる。露出した前腕に——古い傷痕が走っている。Sランク時代の勲章。


「元Sランクの流儀でいこうか」


 会議室の空気が変わった。


 物理的な圧力。肌を押す目に見えない力。鷹取から放たれる殺気と、蒼真が応じる殺気が、執務室の空気を圧縮していた。デスクの上のコーヒーカップが微細に振動している。壁に掛けられた額縁がかすかに傾いた。


 蒼真が双剣の柄に手をかけた。


 師弟の対峙。元Sランクと現Aランク。十年の時間が二人の間に横たわっている。ダンジョン出現直後、鷹取が十八歳の蒼真を拾い、育て、Aランクまで導いた歳月。その全てが——今、この瞬間に収束しようとしていた。


 窓の外で爆発音が響いた。ゲート付近での交戦だろう。だがこの部屋の二人には聞こえていないかのようだった。互いの殺気だけが世界の全てになっている。


 世界が崩壊する最中に——この部屋だけが、別の戦場になろうとしていた。



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