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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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元Sランクの矜持




刃が鳴った。


 クロノス本部の大会議室。長さ十メートルの楕円テーブルが真ん中から真っ二つに裂かれ、断面の焦げた匂いが鼻を突く。散乱した資料と砕けた花瓶の破片を踏みしめながら、二人の剣士が対峙している。


 神代蒼真。二十八歳。Aランク冒険者。双剣使い。


 鷹取誠一郎。六十二歳。元Sランク冒険者。クロノス理事長。


 蒼真の左手の剣が閃光のように突き出された。鷹取はそれを片手の大剣で軽く弾く。金属同士が衝突する甲高い音が会議室の壁に反射して、まるで鐘を鳴らしたように残響が尾を引いた。右手の追撃。それも弾かれる。二連撃を鼻歌でも歌うように捌いた鷹取が、カウンターの横薙ぎを繰り出した。蒼真が後方に跳ぶ。革靴が床のタイルを削り、白い粉が舞い上がる。


「まだ若いな、神代」


 鷹取の声には余裕があった。大剣を肩に担ぐように構え直す。六十二歳とは思えない体幹の安定。筋肉の一つ一つが正確に連動し、呼吸すら乱れていない。元Sランク——その肩書きは伊達じゃなかった。営業時代、何度も「実力は肩書きじゃなくて結果で示せ」と偉そうに言っていた上司がいたが、鷹取はまさにそれを体現している。肩書きを裏打ちする圧倒的な実力。


「若いから勝てないとは限りませんよ」


 蒼真が両手の剣を構え直す。左が逆手、右が順手。彼独自の二刀流。俺はモニター越しにその戦いを見ていた。凛のラボに設置された監視カメラの映像。大会議室の天井カメラが、二人の動きを俯瞰で映し出している。


「蒼真……」


 拳を握った。行きたい。だが俺が行っても足手まといにしかならない。鑑定は強力な分析ツールだが、元Sランク同士の斬り合いに割って入れる代物じゃない。元営業マンの三十二歳が剣の達人二人の間に飛び込むのは、新入社員が役員会議に乗り込むより無謀だ。


 配信のコメント欄が爆発的に流れている。


【マコト:蒼真の攻撃パターン、さっきと変わった。間合いを詰めすぎてる】

【シロ:鷹取の筋出力データ、年齢を考慮すると異常値。Sランクの身体強化スキルはまだ健在】

【ドクター:蒼真の心拍、上がってないな。まだ余力がある】


 その通りだ。蒼真はまだ本気じゃない。鷹取の動きを観察している。営業でいうところの「ヒアリングフェーズ」——相手の出方を見極めてから提案に入る。蒼真はそれを剣で行っている。


  ◇


 蒼真が攻めた。


 左の剣で上段から斬りかかり、鷹取が大剣で受けた瞬間——右の剣が下段を狙う。二刀流の利点。一撃を囮に、もう一撃を本命にできる。


 だが鷹取は読んでいた。大剣の柄尻で右の剣を弾き、そのまま蹴りを放つ。蒼真の腹に直撃。衝撃で蒼真の体が浮き上がり、三メートルほど後方に吹き飛ばされた。壁際のキャビネットに背中から激突し、書類が雪のように舞い散る。


「二刀流は確かに手数が多い。だが一撃の重さが足りん」


 鷹取が大剣を構え直す。刃に蛍光灯の光が反射して、冷たい光の線が走った。


「元Sランクを倒すには——手数じゃなく、一撃で意識を断つ覚悟がいる。お前の剣には迷いがある。斬るのか、止めるのか。中途半端な剣は——」


「中途半端で結構」


 蒼真が立ち上がった。口の端から血が一筋流れ、顎先から床に落ちた。しかしその目は——折れていなかった。むしろ、何かを掴んだような輝きがある。


「覚悟の話をするなら」


 蒼真が双剣を左右に広げた。構えを変えた。左右とも順手。刃を外に向けた開放型の構え。守りを完全に捨てている。胸が無防備に晒されている。鷹取の一撃をまともに受ければ、それで終わる構えだ。


「柊と潜った時に学んだことがある」


 蒼真の声が静かに響いた。


「戦いは力比べじゃない。相手を読むことだ」


 鷹取の眉が微かに動いた。


「あいつの鑑定は——対象の本質を読む力だ。俺は鑑定なんか持ってない。でもあいつと一緒に戦ってるうちに、気づいたんですよ。ダンジョンのモンスターも、トラップも、ボスも——全部、動く前に兆候がある。目で見て、耳で聞いて、肌で感じれば——相手の次の動きは読める」


 蒼真が踏み込んだ。


 速い。だがさっきまでとは質が違う。力任せの突進ではなく、鷹取の重心を見極めた上での一歩。鷹取が大剣を振り下ろす——その軌道の起点となる右肩の微かな動きを読んだ蒼真が半歩ずれて紙一重で回避。風圧が頬を撫でるほどの距離。右の剣が鷹取の脇腹を掠めた。スーツの布地が裂け、薄い血の線が走る。


 初めての有効打。


 鷹取の目が細くなった。蒼真を見る目つきが変わった。格下を見る余裕の目から——対等の戦士を見る目に。


「……面白い」


 鷹取が低く笑った。そして——本気の気配を纏った。空気が変わる。会議室の温度が二度は下がったような錯覚。大剣を正眼に構え、腰を落とす。十年前のSランク現役時代の構え。


  ◇


 二人の剣戟が加速した。


 鷹取の大剣が会議テーブルの残骸を粉砕し、木片が弾丸のように飛び散る。蒼真が破片の間を縫うように滑り込み、双剣で連撃を叩き込む。三連、四連、五連——鷹取が全てを弾き、蒼真が読み、鷹取がさらに裏をかく。


 互角。いや——蒼真がわずかに押し始めている。二十八歳の持久力が、四十五歳の経験値を上回り始めていた。


 攻防の合間に、鷹取の呼吸がわずかに乱れた。その一瞬の隙を見逃さず、蒼真が双剣を同時に振り下ろす。鷹取が大剣の腹で受けたが、衝撃で膝が沈んだ。


「十年前」


 鍔迫り合いの中で、鷹取が口を開いた。押し込まれながら、語り始めた。


「ダンジョンが出現した初期。俺も真実に近づいた一人だった」


 蒼真が目を見開いた。だが剣は緩めない。


「管理局の初代特別調査チーム。俺はそのリーダーだった。ダンジョンの深層には何かがある——その確信を持って30層まで到達した。仲間を二人失いながら」


 鷹取の攻撃が重くなった。言葉と共に、十年分の感情が剣に乗っている。鍔迫り合いを弾き返し、逆に蒼真を押し込む。大剣の刃が蒼真の頬を掠め、一筋の血が飛んだ。


「だが力が足りなかった。30層のボスに叩き返された。三人のチームで挑んで、帰ってきたのは俺だけだ。仲間の田所は俺を庇って押し潰され、技術担当の宮本は毒でやられた。命からがら帰還して——管理局に報告した」


 大剣が唸りを上げて振り下ろされた。蒼真が双剣を交差させて受ける。衝撃が両腕を痺れさせ、膝が床にめり込む。


「情報は握り潰された。『社会不安を煽る』とな。俺の報告書は機密指定され、チームは解散。仲間の死も『通常の探索事故』として処理された」


 鷹取の声に、初めて怒りが混じった。十年間溜め込んだ怒り。


「俺は思い知った。真実に辿り着くには力がいる。個人の武力じゃない。組織の力、政治の力、金の力。だからクロノスを作った。冒険者を束ね、管理局に対抗できる勢力を——十年かけて」


 蒼真が鍔迫り合いから離脱し、間合いを取った。二人とも肩で息をしている。会議室は見る影もない。テーブルは木っ端微塵、椅子は倒れ、壁には剣の傷跡が走り、蛍光灯は半分が割れて薄暗い。


「ようやく、管理局と対等に渡り合える組織を作り上げた」


 鷹取が大剣を構え直す。だが——その刃先がわずかに揺れていた。呼吸が荒い。体力の限界ではなく、感情が荒れているのだ。十年間封じ込めてきた記憶が、剣と共に溢れ出している。


「それで?」


 蒼真が静かに言った。挑発ではない。純粋な問いかけ。


「それで、あんたは真実に辿り着いたのか」


 鷹取が答えない。


「力を集めるうちに——何のために集めてたか、忘れたんじゃないですか」


 沈黙が落ちた。壊れた空調のダクトから風が漏れ、散乱した書類がかさかさと音を立てている。


 鷹取の目に——一瞬、何かが過ぎった。若い頃の光。理想を追っていた時代の、純粋な輝き。仲間と共にダンジョンの真実を求めて深層に挑んだあの日の目。それは一瞬で消えたが、蒼真は見逃さなかった。


「俺だってそうだった」


 蒼真が双剣を下ろした。構えを解いた。完全な無防備。鷹取が斬りかかれば、防ぐ手段はない。


「Aランクの実力があれば何でもできると思ってた。強ければ正しい、速ければ偉い。ランクが全てだと。下位ランクの冒険者を見下して、ハズレスキルの奴なんか相手にもしなかった」


 蒼真の目が真っ直ぐに鷹取を見据える。


「柊に会って変わった。あいつは——ハズレスキルの鑑定しか持ってない。戦闘力はDランク以下だ。元営業マンの三十二歳。冒険者としてのキャリアも実績もない。でもあいつは誰よりもダンジョンを理解してる。力じゃなく——見る力で」


 蒼真が一歩踏み出した。鷹取に向かって。剣は下げたまま。


「あんたの十年は無駄じゃない。クロノスの組織力、冒険者ネットワーク、装備の開発力、資金力——全部、今この瞬間のためにあったんだ」


 もう一歩。鷹取の大剣の間合いに入る。


「大崩壊を止めるには柊を最深層に送り届けなきゃならない。管理局だけじゃ足りない。クロノスの力が必要だ。あんたの力が必要だ」


 蒼真が右手を差し出した。剣ではなく——素手を。掌を上に向けて、鷹取の前に。


 鷹取は黙ってその手を見つめた。五秒。十秒。壊れた蛍光灯がちかちかと明滅し、二人の影を不規則に揺らしている。


 俺はモニター越しに息を止めていた。コメント欄も止まっている。百万人が、この瞬間を見守っている。


 鷹取が大剣を床に突き立てた。重い金属音と共に刃が床タイルに食い込み、静止する。


 そして——蒼真の手を掴んだ。


 握り返す力は、四十五年分の重さだった。蒼真の手の温かさと、鷹取の掌の硬い剣ダコが重なり合う。十年の孤独と、二十八年の矜持が、一つの握手に凝縮されていた。


「……柊一颯か」


 鷹取が苦笑した。初めて見る、力の抜けた表情だった。理事長の仮面が剥がれ、一人の冒険者の顔が覗いている。


「あいつの周りにはお人好しが集まるな。君も、久我山も、桐生も——まったく」


【マコト:泣いた。普通に泣いた】

【ドクター:二人とも軽傷で済んでる。良かった】

【シロ:……ここからが本番ですね】


 その時だった。


 窓ガラスが白く染まった。


 巨大な閃光。壊れた蛍光灯なんか比べ物にならない、太陽を直視したような灼熱の白が窓の外から射し込み、会議室の残骸を真昼のように照らし出した。蒼真と鷹取が同時に窓に駆け寄る。


 東京湾の方角。サードダンジョンのゲートが——拡大していた。直径がさっきまでの三倍以上に膨れ上がり、紫色の光の渦が天空に向かって竜巻のように伸びて、雲を貫いて成層圏まで達している。夜空が紫に染まり、星が見えなくなった。


 そしてゲートの中から——影が現れた。


 見たことのない形。四本の腕と六本の脚を持つ、高さ二十メートルを超える甲殻類のような巨大モンスター。通常のダンジョンモンスターとは根本的に異質な禍々しい気配が、モニター越しにすら伝わってくる。あの存在がゲートからゆっくりと這い出し、最初の一歩で湾岸のコンクリート岸壁を踏み砕いた。


 蒼真の顔から血の気が引いた。


「——あれは」


 鷹取が呟いた。その声には、十年前の恐怖が滲んでいた。


「30層のボスと同じ気配だ。深層級が——地上に出てきやがった」


 俺はモニター越しにその光景を見ながら、鑑定を起動した。距離が遠い。データが断片的にしか取れない。だが一つだけ、はっきりと読み取れた数値があった。


 脅威レベル:推定Sランク超。


 大崩壊は——まだ始まったばかりだった。




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