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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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分析者の目



絶望の色は、暗い紫だった。


 凛のラボ。六面のモニターに囲まれた分析室の中央に、巨大な三次元ホログラムが浮かんでいる。アイリスが全世界四十七のダンジョンから収集したデータを可視化したものだ。地球の全体図にダンジョンの位置がプロットされ、それぞれのゲートの状態がリアルタイムで色分けされている。


 ほぼ全てが赤だった。「暴走」を示す赤。ゲートが拡大し、モンスターが流出し、周辺住民が避難を強いられている状態。


 だが俺の鑑定が捉えているのは、そんな表面的なデータじゃない。


 Reader Level 3。ダンジョンの「意図」を読む力。俺はモニターの前に座り、両手で額を押さえながら、コアから流れてくる膨大な情報を処理していた。営業時代、月末の棚卸しで何百もの取引先データを処理した時の感覚に似ている。だがスプレッドシートの数字の代わりに流れてくるのは——感情だった。


┌──────────────────────────────────┐

│ <鑑定:ダンジョンコア状態分析> │

│ │

│ 大崩壊進行状況: │

│ ├ 暴走ダンジョン数:47/47(全基) │

│ ├ ゲート拡大率:平均340%(加速中) │

│ ├ モンスター流出量:毎時約12,000体(全世界合計) │

│ └ 完全崩壊予測:約48時間後 │

│ │

│ コア感情パターン分析: │

│ ├ 怒り:12% │

│ ├ 恐怖:8% │

│ ├ 悲嘆:31% │

│ ├ 諦念:44% │

│ └ 希望:5% │

│ │

│ 判定:「絶望」——自己崩壊型の暴走 │

│ 注記:攻撃的暴走ではなく、存在放棄の兆候 │

└──────────────────────────────────┘


「……怒りじゃないのか」


 声に出した。モニターの隅で配信が続いている。大崩壊が始まってから視聴者数は跳ね上がり、今は三百万人を超えている。


「凛、見てるか。コアの感情パターン」


『確認しています。諦念が最大値。これは——攻撃ではなく、自殺に近い状態ですね』


 凛の声がスピーカーから流れた。普段の冷静な分析者の口調だが、その奥にかすかな動揺が滲んでいる。


「ああ。コアは人類を滅ぼそうとしてるわけじゃない。自分自身を壊そうとしてるんだ」


 宇宙から来た知性体。何億年も宇宙を漂い、星から星へと渡り歩いてきた存在。地球にたどり着き、試験場を設置し、人類の可能性を測定してきた。そして——何を見たのか。十年の観察で、何を感じたのか。


 諦めかけている。


 俺たちに、ではない。自分自身に。この星での使命に。


「被験者Alphaの融合事故が引き金だったのかもしれない」


 呟いた。影山が語った十年前の出来事。鑑定スキルの保持者がコアとの対話で精神崩壊を起こし、ダンジョンと融合した。コアにとっても、それは想定外の事態だったのではないか。


『一颯さん。アイリスの分析では、コアの自己崩壊が完了した場合——』


「ダンジョン全基が同時消滅。ゲートの暴発エネルギーが地表を直撃する。各ダンジョン半径五十キロ圏内は壊滅。東京、ニューヨーク、ロンドン、上海——主要都市のほとんどが範囲内だ」


『……その計算、合っています。48時間以内に止めなければ』


  ◇


 最深層への到達ルート。それが今、最も重要な議題だった。


 俺は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げた。蛍光灯の白い光が目に痛い。


「通常ルートだと、1層から50層まで順番に突破する必要がある。最短でも数週間。今の状況じゃ、そんな時間はない」


『はい。しかし——ダンジョンの内部構造データに、興味深いものがあります』


 凛がアイリスのホログラムを操作した。三次元のダンジョン断面図が拡大され、各階層の構造が透視図のように表示される。1層から50層まで、積み重なった円盤状の空間が縦に並んでいる。


 そしてその円盤同士を繋ぐ、無数の細い管。


「これは——」


『ダンジョンの循環系統です。以前、7層で一颯さんが発見した配管構造と、40層の血管状壁面。あれらは全て、この循環系統の一部でした』


 ホログラム上で循環系統が強調表示された。光の線が毛細血管のように複雑に絡み合い、各階層を縦横無尽に繋いでいる。メインの通路は太い動脈のように直線的だが、そこから枝分かれした無数の細い管が各階層のあらゆる場所に伸びている。


「これは——ダンジョンの血管だ。栄養とエネルギーをコアから末端に運ぶシステム。逆に辿れば——」


『コアに直接到達できる可能性があります。階層を順番に突破する必要はありません』


 俺は身を乗り出した。希望の光が差し込んだ。ダンジョンの設計図を読み解いてきたこの数ヶ月の積み重ねが、ようやく一本の線で繋がった気がする。だが——


「ただし」


『ただし、循環系統の内部環境は完全に未知です。通常の階層とは気圧も温度も魔力濃度も異なる可能性が高い。人体が耐えられる保証はありません』


 営業時代の感覚が蘇った。有望な新規案件が舞い込んだ時の高揚感と、同時に頭の隅で鳴る警鐘。うまい話には裏がある。でも——やるしかない案件は、リスクを承知で踏み込むしかない。


「環境の問題は——何か対策があるか」


『一つ、提案があります』


 凛の声のトーンが変わった。分析者の冷静さの中に、発明家の興奮がわずかに混じる。


『星霜鉱のレンズ。以前、鑑定の精度を上げるために使用した特殊鉱石です。あのレンズにはダンジョンの環境と共鳴する特性がありました。その共鳴特性を逆利用すれば——人体を包む防護フィールドのプロトタイプを作れるかもしれません』


「どのくらいの時間でできる?」


『設計は既にアイリスが並列計算中です。製作に必要な素材は、クロノスの在庫にある星霜鉱の原石で足ります。問題は加工と調整。最短でも十二時間は必要です』


 十二時間。48時間のタイムリミットから引くと、三十六時間。循環系統を通ってコアに辿り着き、対話する時間を考えると——ギリギリだ。ギリギリだが、不可能じゃない。


 俺は頷いた。そして——配信カメラに向き直った。


  ◇


「みんな、聞いてくれ」


 配信画面の向こうに、三百万人がいる。日本だけじゃない。大崩壊は全世界で同時に起きている。自動翻訳を通じて、世界中の人間がこの配信を見ている。


「大崩壊の原因は、ダンジョンのコアの暴走だ。でもこれは攻撃じゃない。コアは——諦めかけてるんだ。自分自身を壊そうとしてる」


 コメント欄が一瞬止まり、そして爆発した。


【マコト:諦めてる……? あの強大な存在が?】

【ドクター:自殺行動か。人間で言うなら自暴自棄の極み】

【シロ:感情パターンの数値、見ました。論理的に整合性があります】


「俺には方法がある。ダンジョンの循環系統——内部の血管のような通路を使って、直接コアまで辿り着く。そしてもう一度、対話する。今度はコアを止めるんじゃない。——助けるんだ」


 自分で言いながら、営業マンの血が騒いだ。クロージングの瞬間。契約を取るために全てを賭ける、あの一瞬。だが今回の「契約相手」は宇宙から来た知性体で、「商品」は人類の未来だ。スケールが違いすぎて笑えるが、やることは同じだ。相手の話を聞いて、相手が本当に求めているものを見極めて、一緒に解決策を探す。


「ただし、俺一人じゃ厳しい。ルートの安全確認、装備の調達、地上のモンスター掃討——全部同時に進めないといけない。力を貸してほしい」


 コメント欄が各国語で埋まっていく。英語、中国語、スペイン語、アラビア語——自動翻訳を通じて、支援の言葉が次々と流れてくる。ドイツの冒険者ギルドが装備提供を申し出、ブラジルの分析チームがルートデータの共有を始め、韓国のSランク冒険者がゲート防衛に動いたという報告が入る。


【「We're with you」——アメリカ冒険者協会】

【「データ共有開始します」——EU統合分析センター】

【「全支部のSランクを東京に派遣する」——中国冒険者総局】


 人数で言えば微々たるものだ。だが——一人じゃない。三百万人が見ている。その何割かが動いてくれる。営業で学んだ最大の教訓。人は「買ってくれ」では動かない。「一緒にやろう」で動く。


 俺は深呼吸した。48時間。長いようで短い。やるべきことが山積みだ。


 その時——コメント欄の流れが止まった。


 正確には、止まったように見えた。大量のコメントが流れ続ける中で、一つだけ——金色に光るコメントが現れた。通常のコメントは白い文字だ。有料会員は青。だがこのコメントだけが金色。アイリスの表示システムにそんな機能はないはずだ。


 匿名アカウント。名前は——「Apostle_00」。


 使徒、ゼロ号。


 たった一行だけのメッセージ。


【Apostle_00:循環系統のアクセスポイントは40層にある。座標を送る】


 コメントの下に、数列が表示された。三次元座標。ダンジョン内部の正確な位置情報。


 俺は画面を凝視した。Apostle——使徒。プロジェクト・アポストル。影山が語った、あの計画の名前だ。


 偶然じゃない。この情報を送ってきた人物は、プロジェクト・アポストルの関係者だ。


 凛の声が鋭くなった。


『一颯さん。このコメント——通常のルートで投稿されていません。アイリスのシステムに直接注入されています。高度なハッキング技術か、あるいは——内部の人間です』


 金色の文字が、コメント欄の他の全てのメッセージを押し流すように、画面の中央に残り続けていた。三百万人の視聴者の言葉が洪水のように流れる中で、その一行だけが微動だにしない。まるでシステムそのものに刻まれた不可侵のメッセージのように。


【マコト:Apostle……使徒? 何だこのアカウント】

【シロ:表示方式がおかしい。通常のコメントシステムでは実現できない色彩パターンです】

【ドクター:投稿者情報が完全に匿名化されてる。追跡不能】


 Apostle_00。使徒ゼロ号。


 俺は座標データをメモしながら、背筋を這う冷たい予感を振り払えずにいた。この情報を持っている人間は、世界に何人いる? ダンジョンの循環系統のアクセスポイントという、極秘中の極秘情報。影山か。それとも——十年前のプロジェクトに関わった、まだ名前を知らない誰かか。


 十年前のプロジェクトの亡霊が——動き出した。



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