表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/119

影山の告白

 凛のラボ。六面のモニターの一つに、アイリスが実行したトレースルートの結果が表示されている。Apostle_00のコメントが注入された経路を逆探知した結果——光の線がネットワーク図の上を跳び、最終的に一つのノードに収束した。


『管理局内部ネットワークです』


 凛の声が淡々と事実を告げた。だがその声の裏に、驚きを押し殺した緊張が滲んでいる。


「管理局——影山の膝元か」


 モニターに映し出されたトレースルートの末端。管理局本部のセキュアネットワーク。外部からの侵入は事実上不可能な、物理的に隔離された内部システム。つまりこのメッセージは——管理局の中にいる人間が送った。


 俺は通信端末を取った。朝霧千歳。管理局の政策部門を統括する若手のホープで、影山に最も近い部下の一人だ。そして——俺たちの協力者でもある。


「千歳さん。Apostle_00というアカウントに心当たりは?」


『Apostle? いいえ、聞いたことがありません。管理局内部の匿名アカウント——待ってください、内部ネットワークから?』


「ああ。凛のトレースで確認した。管理局のセキュアネットワークから直接、俺の配信システムにコメントを注入してきた」


 通信の向こうで、千歳が息を吸う音が聞こえた。長い沈黙。秒針が五つ刻む間。


『……影山局長だ』


「確信があるのか」


『管理局のセキュアネットワークに直接アクセスできる人間は三人。私と、情報セキュリティ部長と、局長だけです。情報セキュリティ部長は昨日からシンガポールの対策本部に出張中。つまり——』


「影山本人か」


『Apostle——使徒。プロジェクト・アポストルの名前をそのまま使うなんて、あの人らしい。皮肉なのか、それとも……』


 千歳の声が途切れた。数秒の沈黙の後、決然とした声が返ってきた。


『直接聞きます。今から局長室に行きます。柊さん、通信を繋いだままにしてください』



  ◇



 通信越しに聞こえる足音が、管理局本部の廊下を歩いている。千歳のヒールが大理石の床を叩くリズムが、規則正しく、しかし普段より速い。緊張しているのだ。


 ドアをノックする音。三回。間を置かずに開く音。


『失礼します、局長』


 影山の声が返った。いつもの穏やかなトーン。


『朝霧くん。こんな時間に何かね』


『Apostle_00。局長が送ったものですね』


 直球だった。千歳は遠回しが嫌いな性格だと聞いていたが、ここまで率直だとは。営業マンとしては、もう少しジャブを入れてから本題に入りたいところだが——状況が状況だ。回りくどいことをしている時間はない。


 長い沈黙が通信越しに伝わってきた。壁掛け時計の秒針だけが、規則正しく時を刻んでいる。カチ、カチ、カチ——十秒。二十秒。その間、影山は何も言わない。千歳も黙って待っている。


 三十秒が経った時、影山が口を開いた。


『……座りたまえ、朝霧くん。そして柊くん——聞いているだろう。君にも聞いてもらいたい』


 バレていた。当然か。管理局局長が、通信の傍受を見逃すはずがない。


「聞いています、影山さん」


 俺はモニターの前で姿勢を正した。影山の声が、いつもの冷静さを保ちながらも——どこか遠い場所に向かって話しているような響きを帯び始めた。



  ◇



『十年前の話をする』


 影山の声が静かに始まった。


『プロジェクト・アポストル。使徒計画。それは——ダンジョンの真実に到達できる人間を見つけ、育成し、送り込む計画だ。管理局の最高機密。関係者は当時五人。今、生きているのは私だけだ』


 通信の向こうで、千歳が息を呑む気配があった。


『計画の中心にいたのは、一人の女性だった。名前を——藤堂真理。当時二十四歳。管理局の特別調査員。鑑定スキルの保持者——柊くん、君と同じだ』


 藤堂真理。その名前を、俺は知らなかった。管理局のどの記録にも、冒険者登録のどのデータベースにも存在しない名前。影山が消したのだ。十年かけて、全ての記録から。


『彼女は優秀だった。いや——天才だった。鑑定の精度は柊くんを上回っていたかもしれない。ダンジョンの言語体系を最初に解読したのは彼女だ。設計図の断片を集め、循環系統の存在を仮説として提唱した。全ては彼女の功績だ』


 影山の声が、回想と共に柔らかくなった。十年前の記憶。若き日の管理局職員が、天才的な鑑定士と共にダンジョンの謎に挑んでいた日々。


『私は管理局の立場で彼女をバックアップした。資金、装備、人員——全てを用意した。上層部には別の名目で予算を通し、チームは非公式に編成した。プロジェクト・アポストルの原型だ』


『局長、その話は——』千歳が口を挟んだ。『なぜ今まで隠していたのですか』


『聞けば分かる』


 影山の声が沈んだ。


『藤堂は順調に深層を突破していった。10層、20層、30層——鷹取くんのチームが壊滅した30層を、彼女は鑑定だけで突破した。戦闘力ではない。ダンジョンの構造を読み、トラップを解析し、モンスターの行動パターンを予測して回避する。力ではなく知恵で。君と同じ戦い方だ、柊くん』


 同じ。鑑定しか持たない人間の、唯一の戦い方。俺がやってきたことを、十年前に誰かが先にやっていた。その事実が、胸の奥に重く沈んだ。先駆者がいた。俺と同じハズレスキルを持ち、同じように知恵だけで深層に挑んだ女性がいた。そして——消えた。


 営業時代、先輩が残した顧客リストを引き継いだことがある。先輩の築いた関係性を引き継ぎ、先輩が失敗した案件のやり直しをする。あの感覚に似ている。だがこれは——命がかかっている。


『彼女は40層で循環系統のアクセスポイントを発見した。Apostle_00で送った座標——あれは彼女が残した記録だ。そして50層に到達した。ガーディアンと対話を開始した。宇宙から来た知性体。試験場としてのダンジョン。全ての真実を——』


 影山が言葉を切った。


 通信越しに、微かな物音が聞こえた。引き出しを開ける音。壁から何かを外す音。フレームの裏側を触る音。紙が擦れる音。


『これが——藤堂真理だ。朝霧くんに見せているが、柊くんにも後で送る』


 千歳の声が震えた。


『……若い女性ですね。眼鏡をかけた。二十代前半——笑顔が、とても明るい』


 影山が壁の写真を外し、フレームの裏に隠していた別の写真を取り出したのだ。十年間、誰にも見せずに。毎日その壁を見るたびに、裏側にある彼女の写真を思い出しながら。局長の執務室に飾られた表向きの写真——おそらく管理局の公式な記念写真——の裏に、たった一枚の私的な記録を隠し持っていた。それが影山の十年間だった。


『彼女は50層で——崩壊した。ガーディアンとの対話で、真実の重さに精神が耐えきれなかった。人類が宇宙の知性体の試験対象に過ぎないという現実。彼女のアイデンティティが根底から崩れた。そして——ダンジョンと融合した』


『融合……?』千歳が繰り返した。


『私は目の前で見ていた。彼女の体が光に変わり、ガーディアンに吸い込まれていくのを。手を伸ばした。指先が彼女の手に触れた瞬間——光が弾けて、私は壁まで吹き飛ばされた。目を開けた時、藤堂真理はもういなかった。代わりに——ガーディアンの光が、少しだけ明るくなっていた』


 沈黙。壁掛け時計の秒針が、残酷なほど正確にリズムを刻み続けている。


 俺は拳を握りしめていた。爪が掌に食い込む。痛みで思考を繋ぎ止める。


 十年前。影山の年齢から逆算すれば、当時三十代前半。キャリア官僚として出世街道を歩んでいたはずの若い男が——目の前で仲間を失い、その事実を隠蔽し、次の「読み手」を探すプロジェクトを始動した。罪悪感を燃料にして、十年間走り続けた。局長の椅子に座り、権力を集め、情報を操作し——全ては、もう一度50層に人を送るために。


「次の候補が——俺だった、と」


『そうだ。鑑定スキルの保持者は世界でも極めて少ない。その中でReader Levelに到達できる可能性がある人間を、十年かけて探した。柊くん——君は三人目の候補だ。一人目は藤堂。二人目は適性検査で不合格。そして——』


「それが、俺をダンジョン配信に誘導した本当の理由か」


『……そうだ。配信という形で君にダンジョンに潜らせ、自然に鑑定レベルを上げさせた。全ては——もう一度、50層に人を送るために』


 千歳が立ち上がる音がした。椅子の脚が床を擦る鋭い音。


『局長。一つだけ確認させてください』千歳の声が硬かった。『藤堂真理さんは——生きているのですか。それとも死んだのですか』


 長い、長い沈黙。時計の秒針が十を数える間。影山の呼吸が通信越しに聞こえた。深く、ゆっくりとした呼吸。何かを決断する呼吸。


『死んではいない』


 影山の声が、十年分の重さで軋んだ。


『50層のガーディアン——あの虹色の光の人型。あれは彼女だ。藤堂真理だ。ダンジョンと融合した——最初の人間だ』


 通信が途切れたかと思うほどの静寂が落ちた。


 俺はモニターの前で固まっていた。50層のガーディアン。虹色の光の人型。あの存在と対話した記憶が鮮明に蘇る。穏やかな光。知的で冷静な応答。時折見せた——温かみのようなもの。あれは——藤堂真理という人間の残滓だったのか。


 十年間。ダンジョンの一部として存在し続けた女性。人間の体を失い、光の知性体と融合し、それでもなお——何かを伝えようとしていた。俺が50層で受け取ったメッセージの中に、彼女の意志が混ざっていたのだとしたら。


 千歳が無意識に握りしめた拳の音が、通信越しに微かに聞こえた。爪が掌に食い込む、痛みを堪える小さな音。管理局の若きエリートが、上司の十年の嘘を突きつけられ、それでも冷静であろうとしている。


「影山さん」


 俺は声を絞り出した。


「循環系統のアクセスポイントの座標。あれは藤堂さんが見つけたものだった。あなたがApostle_00として送ってきた——あれは、彼女の遺したデータを、俺に託したということか」


『そうだ。彼女が残した最後の記録。十年間、私だけが持っていた。もう——私一人で抱えるのは限界だ』


 影山の声が、初めて——本当に初めて、弱さを見せた。


「俺が行きます。50層に。ガーディアンに——藤堂さんに、会いに行きます」


 通信の向こうで、影山が何か言いかけて——止まった。代わりに、長い長い息を吐く音だけが聞こえた。十年分の息を、全て吐き出すような。


『……頼んだ、柊くん』


 それは命令ではなかった。局長の指示でもなかった。


 十年間の贖罪を背負った一人の男が——ようやく、誰かに助けを求めた声だった。


 俺は目を閉じた。暗闇の中に、50層のガーディアンの光が浮かぶ。虹色の人型。あの光の中に——藤堂真理がいる。


 大崩壊を止める。コアを救う。そして——彼女を取り戻す。


 やるべきことが、また一つ増えた。だが不思議と——重さは感じなかった。むしろ、霧が晴れたような感覚。全てのピースが揃いつつある。循環系統の座標。凛の防護装置。蒼真と鷹取の和解。世界中の冒険者の支援。


 あとは——俺が行くだけだ。


 40層の循環系統アクセスポイントへ。そこから、コアの元へ。藤堂真理の待つ場所へ。


 時計の秒針が、残り四十七時間を刻み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ