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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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全ての糸が繋がる時





装備店カーゴの奥は、いつもと変わらない匂いがした。


 金属油と革。十年以上この場所に染み込んだ匂い。崩壊が進む世界の中で、ここだけが妙に落ち着いている。整然と並べられた探索者用の装備品、壁に掛かった使い古しの武器類。どれもが久我山修という男の十年間を物語っていた。


 影山の告白から三時間。俺はカーゴの奥で久我山と向き合っていた。


「久我山さん」


 声が掠れた。仕方ない。次の質問は、この十年間ずっと封をされていた箱をこじ開けることになる。


「藤堂真理を——知ってますよね」


 久我山の手が止まった。磨いていたナイフを作業台に置く。金属が木に当たるカチン、という小さな音。その音が、静まり返った店内にやけに大きく響いた。


 カーゴの奥は照明が薄い。天井の蛍光灯が一本切れていて、久我山はそれを直さないまま何年も過ごしている。薄暗い作業場。油染みのついた作業台。壁一面に吊るされた修理待ちの装備品。この空間は久我山の十年間そのものだった。戦場から退いた兵士が、武器を修理する側に回った十年間。


 沈黙。五秒、十秒。久我山は何も言わなかった。だがその右手が——無意識に、右膝をさすっていた。古傷を庇う仕草。俺は何度もこの動作を見ていたが、その意味を知らなかった。今まで。


「影山から——聞いたのか」


 久我山の声は低かった。いつもの飄々とした口調が消えている。店主の仮面の下にある、元Bランク探索者の素顔。


「全部じゃない。だから久我山さんの口から聞きたい」


 久我山は長い息を吐いた。煙草を吸わない男の、煙草を吸いたそうな息。目を閉じ、天井を仰ぐ。蛍光灯の光が久我山の顔を照らし、目元にうっすら光るものが見えた。


「——十年前。藤堂真理は、お前と同じだった」


「同じ?」


「鑑定スキル持ち。それも、コアとの対話資格を持つ『読み手』だ」


 心臓が跳ねた。俺と同じ。藤堂真理はダンジョンのコアと対話する資格を持つ——読み手だった。


「あいつは50層まで到達した。当時はまだ大崩壊なんて起きてなかったが、ダンジョンの異常は始まっていた。深層のモンスターが活性化し始めて、管理局が極秘調査チームを編成した」


 久我山が作業台の引き出しを開けた。奥から古い写真を一枚取り出す。色褪せた、デジタルプリント。五人の探索者がダンジョンの入口で笑っている。中央に立つ女性——長い黒髪、細い体躯、だが目だけが異様に強い光を放っている。


「藤堂真理。Bランク探索者。鑑定スキル持ち。そして——俺の、戦友だった」


 久我山の声が僅かに震えた。写真を持つ指先に力が入る。


「50層でガーディアンと遭遇した時、藤堂は——対話を始めた。お前がやったのと同じだ。コアとの直接通信。だが藤堂が聞いた内容は、俺たちの想像を超えていた」


 久我山が革のエプロンのポケットに手を突っ込んだ。そこから使い込まれたメモ帳を引き抜く。ページが茶色く変色した、十年前のメモ帳。


「何を聞いたんですか」


「コアが『助けてくれ』と言った。試験装置として起動させられたが、自分はそれを望んでいない。人間と共存する方法を探したい、と。藤堂はその言葉を——信じた。そして俺にこのメモを渡して笑った。『もし私が帰ってこなかったら、次の読み手に渡して』って」


 鑑定を起動した。久我山の言葉を確認するために。


┌──────────────────────────────────┐

│ <過去記録照合:被験者Alpha> │

│ │

│ 藤堂真理 │

│ ・Bランク探索者(当時25歳) │

│ ・スキル:鑑定(探索開始時レベル2→最終レベル4) │

│ ・50層到達日:2016年3月15日 │

│ ・ガーディアンとの対話:成立 │

│ │

│ 対話内容(推定復元): │

│ コアからの要請——共存プロトコルの構築 │

│ 藤堂の判断——要請を受諾 │

│ ⚠ 以降の記録:管理局により分類制限 │

└──────────────────────────────────┘


「藤堂は——自分から深層に降りた。コアの要請に応えるために。俺が止めようとしたが、あいつは笑って言った。『これは読み手にしかできない仕事だから』って」


 久我山が右膝をさすった。今度は意識的に。痛みを確かめるように。


「追いかけた。50層より下——当時のマッピングデータもない未踏領域に、俺一人で潜った。Bランクの装備で。馬鹿だったよ」


 久我山が右膝を両手で掴んだ。十年越しの痛みを握りしめるように。


「55層で大型の甲殻種に右膝を砕かれた。膝蓋骨粉砕。靱帯三本断裂。激痛で意識が飛んで、気がついたら暗闇の中で三日間動けなかった。回復ポーションを全部使い切って、やっと這って上の階層まで戻った。管理局の救助隊に引きずり上げられた時には、藤堂はもう——戻ってこなかった」


 久我山の目が据わった。十年分の後悔が、その瞳の奥で凝固していた。


「管理局は全てを隠蔽した。藤堂の存在も、50層の真実も、俺の怪我も。守秘義務契約を結ばされて、口外すれば逮捕だと脅された。影山が直々にな」


「それでも、カーゴを続けた」


「探索者の装備を整える仕事だ。いつか——藤堂を助けに行ける奴が現れるかもしれないと思ってた」


 久我山が俺を真っ直ぐに見た。


「お前だよ、柊。お前が現れた時——鑑定スキル持ちの元営業マンが、ダンジョン配信なんてふざけたことを始めた時、俺は直感した。こいつが、藤堂の後を継ぐ奴だって」


 営業マン時代の俺なら、こういうのを「運命の顧客」と呼んでいた。探しても見つからない。だが出会った瞬間にわかる。この人だ、と。久我山にとっての俺が、そうだったのか。


「十年間——ずっと、待ってたんですね」


 久我山は答えなかった。代わりに作業台のナイフを取り上げ、また磨き始めた。その手は微かに震えていたが、刃を滑らせる動作だけは正確だった。


  ◇


 足音が聞こえた。


 カーゴの入口に三島大輝が立っていた。包帯の巻かれた左腕をかばうように、右手でドアの枠を掴んでいる。その目が——久我山の手元の写真に吸い寄せられた。


「久我山さん。その写真——」


 三島の声が途切れた。写真の端に写っている人物に気付いたからだ。五人の探索者の左端。がっしりとした体格の男が、藤堂の隣で腕を組んでいる。


「親父……?」


 三島鋼一郎。三島大輝の父親。元Aランク探索者。十年前にダンジョン内で行方不明になった男。


「鋼一郎は藤堂の後を追って深層に降りた」


 久我山の声が小さくなった。三島に向けてではなく、自分に言い聞かせるように。


「俺が膝をやって現場を退いた後、鋼一郎が藤堂の話を聞き出した。どうやってかは知らん。だがあいつはAランクだ。独自に50層に到達して——藤堂を追って深層に降りた」


 三島の手が震えていた。ドアの枠を掴む指が白くなり、全身が微かに揺れている。


「親父は——藤堂さんを、助けに行ったのか」


「おそらくな。鋼一郎は義理堅い男だった。戦友を見捨てられるタイプじゃない」


 三島がポケットから何かを取り出した。ペンダント。久我山が目を見開いた。


「それは——」


「親父の遺品です。母さんから預かった」


「違う。それは藤堂のものだ」


 空気が凍った。三島の手が止まる。久我山が立ち上がった。古傷の右膝が軋む音がした。


「藤堂が深層に降りる前に俺に託した。『いつか読み手が来たら渡してくれ』と。だが俺は——守秘義務に縛られて、誰にも渡せなかった。鋼一郎がそれを俺のところから持ち出したんだ」


 三島がペンダントを握りしめた。手の震えが止まらない。父の遺品だと思っていたものが、実は藤堂真理から久我山に、久我山から父に渡ったもの。全ての糸が繋がっていく。


「久我山さん。このペンダント——時々、振動するんです」


「知ってる。藤堂が組み込んだ位置追跡装置だ。ガーディアンの位置を追えるように設計されている。鑑定スキルと共鳴する仕組みだ」


 俺は三島からペンダントを受け取った。手の平に乗せた瞬間、微かな振動を感じた。心臓の鼓動より遅い、不規則なリズム。鑑定を起動すると、ペンダントの表面に薄い光が走った。


┌──────────────────────────────────┐

│ <位置追跡デバイス解析> │

│ │

│ 製作者:藤堂真理 │

│ 機能:ガーディアン位置信号受信 │

│ 共鳴条件:鑑定スキル保持者の接触 │

│ │

│ 現在受信中の信号:2件 │

│ ⚠ 詳細解析には高精度機器が必要 │

└──────────────────────────────────┘


 信号が二つ。


「凛」


 インカムに向かって言った。


「今からペンダントを持ってそっちに行く。アイリスで信号を解析してくれ」


  ◇


 凛のラボ。十七面モニターの青白い光が部屋を染めている。


 ペンダントをアイリスのセンサーアレイの上に置いた。凛の指がキーボードを叩く。データが流れ込み、アイリスの3Dマッピングシステムが起動した。


 モニターにダンジョンの立体構造が浮かび上がる。上層から深層まで、既知の階層データが青い線で描かれていく。そしてその中に——二つの光点が現れた。


 一つは50層付近。淡い金色の点。規則的に明滅している。


 もう一つは——遥か深い場所。地図の最も下、データが途切れる暗闇の淵で、赤い点が微かに瞬いていた。


 凛が画面に顔を近づけた。データの数値を読み取る目が大きく見開かれる。


「信号源は二つ」


 凛の声が硬くなった。


「一つは50層。ガーディアンの現在位置と一致する。もう一つは——」


 凛が振り返った。三島を見た。


「最深層付近。既知のマッピングデータの遥か下。そこから——三島鋼一郎さんのものと思われる生体信号が検出されてる」


 三島が息を呑んだ。


「微弱だけど、確かに生きてる人間のバイタルパターン。十年間——ずっと、そこにいた」


 モニターの中で、二つの光点が明滅を繰り返していた。金色と赤。親と子を繋ぐ光。十年の嘘と十年の沈黙を貫いて、今ようやく——見つかった光。


 三島の目から、一筋の涙が落ちた。声は出なかった。ただペンダントを握りしめる手だけが、震え続けていた。





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