表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/105

カウントダウン——残り60時間

 緊急配信を開始した。機材のセッティングに三分。手が震えてケーブルを二度差し直した。営業時代の大型プレゼンの前でもこんなに震えなかった。カメラの前に座り、鑑定ウィンドウを展開する。暗い配信部屋の中に、カウントダウンの赤い数字が点滅していた。59:47:23。59:47:22。59:47:21。一秒ごとに削られていく数字が、俺の顔を赤く染めている。モニターに映る自分の顔が、赤い光で血を浴びたように見えた。


「皆さん——緊急の報告がある」


 配信開始から十秒で同時接続が50万を突破した。一分後に80万。コメント欄が濁流のように流れていく。


「ダンジョンが——カウントダウンを開始した」


 鑑定ウィンドウをカメラに向けた。カウントダウンの数字。評価値38%。必要値70%。試験終了手続き。画面の向こうで、80万人が息を呑む気配がした。


 【マコト: 試験終了手続き——ダンジョンが人類を不合格にしようとしている】


 【ドクター: 評価値38%……半分にも達していない。残り60時間で70%まで上げるのは……】


 【シロ: 各国の反応データをリアルタイム集計中。現状、否定・パニック・利権争いが支配的です】


 【嘘だろ……あと60時間?】


 【何すればいいんだよ!】


 【ダンジョンが消えるってことか? 冒険者産業終わるぞ】


「落ち着いて聞いてくれ」


 俺は画面を見つめた。カメラのレンズの向こうに、80万の瞳がある。


「ダンジョンは俺たちの反応を見ている。真実を告げられた時に、人類がどう振る舞うか。争うのか。否定するのか。それとも——理解しようとするのか。今のところ人類の反応は基準値の38%だ。合格には程遠い」


 一呼吸。


「つまり——今この瞬間の、俺たち一人一人の行動が、試験の点数を決めている。何ができるかはわからない。だが少なくとも——パニックと否定と利権争いは、点数を下げてるってことだけは確かだ」


 コメント欄が一瞬、静まった。そして——変わり始めた。


 【マコト: 拡散します。この配信を世界中に届ける必要がある】


 【ドクター: 医療従事者のネットワークで共有します。冷静な対応を呼びかけます】


 【シロ: 各国語字幕を即時生成中。アイリス全力稼働】


 俺は頷いた。これが——俺にできる全てだった。見えたものを、伝える。それだけだ。Dランクの元営業マンに世界を動かす力はない。だが——見えたものを正直に伝えることだけは、営業時代から変わらない俺の唯一の武器だ。



  ◇



 配信を続けたまま、千歳に電話をかけた。スピーカーフォン。配信にそのまま載せた。隠すことは——もう何もない。


「千歳さん。カウントダウンのデータを管理局に送った。影山局長に直接届けてくれ」


「受信しました。しかし柊さん、局長は今——各国の管理局とのテレビ会議中です。アメリカ、EU、中国、ロシアの代表が——」


「つないでくれ。この情報は全員が知るべきだ」


 三十秒の沈黙。通信のノイズ。そして——影山の声が聞こえた。


「柊君か。データは見た」


 影山の声は疲弊していたが、芯は折れていなかった。10年間嘘をつき続けた男が——ようやく真実の側で動くことを選んだ声。


「各国代表に共有する。そして——全世界に警報を出す。ダンジョン周辺の避難勧告を引き上げる。カウントダウンの存在を公式に認める」


「影山さん——」


「遅すぎた。だが、やる。10年分の借りを——残り60時間で返す」


 その時——別の声が割り込んだ。穏やかで、しかし圧のある声。テレビ会議の別回線から。


「影山局長。少々お待ちいただけますか」


 鷹取誠一郎。クロノスの代表。テレビ会議に民間ギルドの代表として参加している。


「全世界に警報を出すのは時期尚早ではないかな。カウントダウンという情報は、一探索者の鑑定スキルに依拠している。科学的な検証が——」


「鷹取。今さらそれを言うのか」


 影山の声が低くなった。


「48時間前の会見で、私はあなたと同じ論法を使った。科学的検証。主観的解釈。そう言って真実を否定した。その結果がどうなった。世界は混乱し、評価値は38%まで下がった」


「だからこそ慎重に——」


「慎重にしている時間がないと言っているんだ。残り60時間だぞ」


 テレビ会議の音声が乱れた。各国代表の声が重なる。フランス語。英語。中国語。混沌とした議論がスピーカーから溢れ出す。鷹取の声は穏やかなままだったが、その穏やかさが——壁のように議論を阻んでいた。


「影山局長。パニックを煽れば評価値はさらに下がります。冷静な対応が——」


「冷静な対応とは何だ。否定するのが冷静か。隠すのが冷静か。あなたのクロノスが各国政府に圧力をかけて情報統制を敷いているのは——私の耳にも入っている」


 沈黙。鷹取の沈黙は、否定ではなかった。肯定でもなかった。ただの——計算だった。


 影山が再び口を開いた。


「各国代表に申し上げる。管理局として正式に——全世界のダンジョン周辺に緊急警報を発出します」


 鷹取は反論しなかった。ただ——テレビ会議の回線を静かに切った。回線が切れた瞬間の微かなノイズが、まるで舌打ちのように聞こえた。


 俺は配信を続けていた。80万人が、この会話を聞いていた。影山と鷹取の対立。管理局とクロノスの亀裂。それが全世界に配信された。鷹取にとっては想定外だっただろう。俺がスピーカーフォンのまま配信に載せていたことに——気づいていたのか、いなかったのか。どちらにしろ、あの男は怒りを見せない。ただ計算を修正し、次の手を打つだけだ。



  ◇



 午後三時。三島から通信が入った。


「先輩! サードダンジョンの浅層——1層から3層で、異常が起きてます!」


 三島は管理局の要請で浅層のパトロールに出ていた。カウントダウン開始後、管理局が各ダンジョンに偵察チームを派遣した。Cランクの三島が配属されたのは安全な浅層——のはずだった。だがその安全な階層で、異変が起きていた。


「モンスターの動きがおかしいんです。通常巡回パターンが——変わりました」


 凛がすかさずアイリスの解析を走らせた。三島の装備に取り付けたセンサーからのデータがリアルタイムで転送されている。


「確認しました」凛の声が緊張で硬い。「モンスターの行動パターンが『通常巡回』から『境界移動』に切り替わっています。全個体が同一方向に——ゲートに向かって移動しています」


 ゲートに向かって。


 浅層のモンスターが、ゲートに向かって移動している。つまり——地上に向かっている。


「三島。今すぐ撤退しろ」


「でも先輩、まだ確認したいことが——」


「三島!」


 声を荒げた。配信に乗っているのは承知の上だ。


「モンスターの移動速度はどうだ」


「歩いてます。走ってはいない。でも——全部同じ方向に。まるで行進みたいに。足音が——」


 三島のインカムから、音が聞こえてきた。


 ドン。ドン。ドン。


 モンスターの足音。だが通常の散発的な足音ではない。一定のリズム。数十体——いや、数百体のモンスターが同じタイミングで地面を踏む音。地鳴りのような、低くて重い振動。ダンジョンの壁面が共振しているのか、音が増幅されて三島のインカムに流れ込んでくる。


「凛、他のダンジョンでも同じ現象が起きてるか」


「確認中——はい。全世界47ダンジョンで同時に。モンスターの境界移動が始まっています。行き先は全て——ゲート方向です」


 モンスターがゲートに向かっている。全世界同時に。試験終了カウントダウンの残り60時間。試験場回収の前兆なのか。それとも——モンスターという「測定装置」が、最後の測定を完了して回収ポイントに移動しているのか。どちらにしろ——良い兆候ではない。


「先輩。もう一つ報告が」


 三島の声が震えていた。カメラの映像がブレている。走りながら話しているのだ。


「ゲート付近に——モンスターが集まり始めてます。1層のゲート前広場に。普段ゲート付近には出ないはずの深層のモンスターまで——数が」


 映像が乱れた。三島のカメラがゲート前広場を映し出す。


 モンスターの群れ。通常、1層のゲート付近はモンスターの出現が抑制されている安全地帯だ。だが今——広場を埋め尽くすほどのモンスターが、ゲートを取り囲むように集まっていた。ゴブリン、スライム、コボルト——浅層の低レベルモンスター。だがその奥に——3層以深でしか見ないはずのオーガの影。さらに奥には、10層クラスのワイバーンの翼が見えた。階層の垣根を無視して、モンスターが集結している。


「先輩——数が、おかしいです。こんなの——」


 通信にノイズが走った。


「三島! 聞こえるか!」


 ザザ、と静電気のような音。三島の声が途切れ途切れに聞こえる。


「ゲート付近の——モンスターが——数が、数がおかしい。こんなの見たことな——」


 通信が切れた。



  ◇



 凛のラボに沈黙が落ちた。三台のモニターの光だけが、暗い地下室を照らしている。


 モニターの一つに、三島の通信ステータスが表示されている。赤い文字。「通信途絶」。その横に最終受信時刻——15:07:34。凛のキーボードを叩く音が止まっていた。指がキーの上で凍りついている。彼女の眼鏡のレンズに「通信途絶」の赤い文字が映り込んでいた。


 配信のコメント欄が爆発した。


 【三島くん!!】


 【通信途絶って——まさか】


 【誰か助けに行けないのか!】


 【マコト: 落ち着いて。通信途絶はダンジョン内の電磁干渉の可能性が高い。三島君の位置は1層——脱出経路は確保されているはずです】


 【ドクター: ゲート前広場なら管理局の駐留部隊がいるはず。単独ではないと信じたい】


 俺はインカムを握りしめた。プラスチックの筐体が軋むほどの力で。三島の最後の言葉が耳にこびりついている。「数が、数がおかしい。こんなの見たことな——」。あの声の裏にあったのは恐怖ではなかった。驚愕だ。22歳の若い探索者が——想像を超えた光景を目の前にした時の、純粋な驚き。


 カウントダウンの赤い数字が、配信画面の隅で点滅し続けていた。


 59:12:08。


 59:12:07。


 モンスターが動き始めた。カウントダウンは止まらない。そして三島は——沈黙したままだ。


 俺は立ち上がった。


「凛。装備を用意してくれ。サードダンジョンに入る」


 凛が顔を上げた。その目には——恐怖と、覚悟が同居していた。


「一颯さん。カウントダウンが進行中のダンジョンに入るのは——」


「三島が中にいる。それだけで十分な理由だ」


 営業時代の上司が言っていた。「数字が合わない時は現場に行け」。今は数字ではなく——後輩が危ない。現場に行く理由としては、それ以上のものはない。


 配信のコメント欄に、一つのコメントが流れた。


 【マコト: 行ってらっしゃい、柊さん。80万人が——見守ってます】


 カウントダウンの赤い光が、俺の背中を照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
影山はもう逃げられんと腹括ったのに鷹取の浅はかさが際立つな。さてどうするのやら
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ