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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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それぞれの覚悟



全員が揃ったのは、翌日の午後2時だった。


 凛のラボ。6台のモニターが並ぶ壁面に、ガーディアンとの対話記録が映し出されている。50層の球状空間。虹色の光。影山の証言。鑑定ウィンドウの「総階層数:測定不能」。全員の顔が青白い画面の光に照らされて、普段より二段階ほど蒼ざめて見えた。


 三島が壁に背を預けている。桐生がパイプ椅子に座り、ノートPCを膝に載せている。凛がメインのデスクに。俺は立ったまま——腕を組んで、全員の顔を見回した。


 営業時代、重要なプレゼンの前にやっていた動作だ。相手の表情を読む。温度を測る。提案の方向性を、相手の空気感から微調整する。


 だが今日は、プレゼンじゃない。もっと重い。


 三島の顔は硬い。普段ならこの場で「柊さん、コーヒーくらい出してくださいよ」と軽口を叩くはずの男が、唇を一文字に結んでいる。桐生は取材モードだ。ジャーナリストの目でこの場を観察している。凛だけがいつも通り——画面に向かって、データを整理していた。


「全員に見てもらった通りだ。ダンジョンは宇宙から来た知性体が作った試験場。モンスターは測定装置。人類は——試験を受けている。10年前に管理局の調査員が50層に到達して、ガーディアンと融合した。影山はそれを隠し続けてきた」


 沈黙。ファンの音。凛のモニターに映る映像の光が、壁に虹色の影を落としている。


「で、俺はこれを配信で公開しようと思ってる。意見を聞きたい」


 最初に口を開いたのは三島だった。


「やるべきでしょう」


 声のトーンが違った。普段の三島は軽口を叩く。冗談を言う。ムードメーカーだ。だが今の声は——低く、硬い。22歳の青年の声ではなく、ダンジョンで命を懸けてきた冒険者の声だった。


「俺の親父は——今もダンジョンの深層にいるかもしれない。行方不明になって何年も経ってる。もしダンジョンの正体を最初から公開してたら、親父は別の選択ができたかもしれない。試験場だと知っていたら、無茶な攻略なんてしなかったかもしれない。隠してたことで、人が死んでるんです。これ以上隠す理由がない」


 三島の右手が、無意識に腰の剣の柄を握っていた。Cランクの冒険者。22歳。父親の鋼一郎がダンジョン深層で行方不明——その事実が、この青年の全ての原動力だ。


「三島くんの気持ちはわかります」


 桐生恭子がノートPCから顔を上げた。ジャーナリスト。切れ長の目。冷静な声。


「でも、全てを一度に出すのは危険です。影山局長の言う通り、社会的なインパクトが大きすぎる。宗教、政治、経済——全方位に波及します。段階的に、受け止められる量ずつ公開するべきです。最初はダンジョンの構造に関する科学的データだけ。次に意思を持つ存在であること。最後に試験場という意味。3段階に分けて、社会が消化する時間を作る」


「段階的に出したら、最初の段階で管理局に潰されます」


 三島が即座に反論した。壁から一歩前に出て、桐生と真正面から向き合う。22歳の若さが、怒りと正義感をそのまま声に乗せている。


「影山は10年間隠し通した男です。こっちが小出しにしてる間に、証拠を消す時間を与えるだけです」


「証拠は消せません」


 凛が静かに言った。全員が凛を見た。


「アイリスのサーバーに完全なバックアップがあります。暗号化済み。分散ストレージ。管理局が全てのノードを同時に押さえない限り、消去は不可能です。技術的に言えば——桐生さんの段階的公開案でも、証拠の保全は問題ありません」


 凛がモニターを操作して、データの構造を表示した。


「ただし、私からの提案があります。公開するなら、科学的に検証可能な形で出すべきです。映像と音声だけでは『フェイクだ』と言われます。鑑定ウィンドウの記録、ガーディアンのエネルギーパターン、ダンジョン構造のスキャンデータ——全てを添付して、第三者が独立に検証できる形にする。感情ではなく、データで語る。そうすれば、否定する側にも反証の義務が生まれます」


「科学論文みたいに出すってこと?」


「配信で出す内容と、裏付けデータを同時に公開します。配信は一颯さんの言葉で。データはアイリスの解析レポートとして。二本立てです」


 凛がモニターに分析レポートのプレビューを映した。グラフ、波形データ、タイムスタンプ付きの鑑定記録。素人が見ても美しく整理されている。専門家が見れば検証に耐えるだけの情報量がある。


 営業時代の提案書を思い出した。クライアントに見せる表紙と、技術部門に渡す仕様書を同時に作る。凛はそれを一人でやっている。


 凛の目が俺を見た。冷静な分析者の目。だがその奥に——信頼がある。一颯さんが喋る。私がデータで支える。そういう役割分担を、この子は最初から想定していた。


「わかった」


 俺は頷いた。だがまだ——一人、意見を聞いていない。


  ◇


 別室に移動して、暗号化通信を繋いだ。


 ノイズ混じりの回線。微かなハム音。盗聴対策で三重に暗号化されたチャネル。朝霧千歳の声が、ノイズの向こうから聞こえた。


「柊さん。結論から言います」


 千歳の声は抑えられていた。管理局調査課主任。影山の部下でありながら、俺たちに協力してきた女性。その声には——緊張があった。周囲に人がいるのかもしれない。


「私は、公開を支持します」


「……本気か」


「管理局の内部から変えます。影山局長が10年間独断で情報を隠蔽していた——これは組織として異常です。局長一人の判断で人類の命運に関わる情報が秘匿されていた。内部告発ではありませんが、組織を正常化するためには——真実の公開が前提になります」


 千歳の声が少し震えた。すぐに持ち直す。この人も覚悟を決めている。管理局の人間として、組織に残りながら変える。それは——外から壊すより、よほど困難な道だ。


「ただし、一つお願いがあります」


「何だ」


「被験者Alphaの本名は伏せてください。ご家族がいます。藤堂という姓だけでも——」


「わかった。伏せる」


 即答した。それは——当然の配慮だった。


「ありがとうございます。それと——もう一つ、伝えなければならないことがあります」


 千歳の声のトーンが変わった。緊張が——警戒に。


「影山局長が動いています。極秘裏に——全世界のダンジョン管理機関に『緊急連絡会議』を招集しました。アメリカ、EU、中国、ロシア——全ての主要国のダンジョン管理トップが、72時間以内にオンラインで会議を行います」


 背筋が冷えた。


「タイミングが——」


「はい。柊さんが50層から帰還して3日後。偶然ではありません。影山局長は——柊さんが公開に動くことを予測しています。先手を打っているんです」


 影山の顔が脳裏に浮かんだ。あの微笑み。あの警告。


『覚悟したまえ。明日から世界が変わる』


 あの男は——俺が公開を選ぶことを、最初から知っていた。そして世界中のダンジョン管理機関に先手を打った。俺が真実を配信する前に——各国の管理機関を束ねて、対応策を練ろうとしている。


 あるいは——封じ込めを。


 営業の世界でもある。競合他社が先にクライアントを囲い込む。そうなれば——後からどんなに良い提案を持っていっても、ドアは開かない。影山はそれをやろうとしている。世界規模で。


「72時間、か」


「はい。それ以上待てば、影山局長の準備が整います。各国が連携して情報統制を敷けば——柊さんの配信は『デマ』として処理される可能性があります」


 暗号化通信のノイズが、沈黙を埋めた。壁一枚向こうで三島たちが待っている。この情報を——彼らにも伝えなければならない。


「千歳さん。リスクは——」


「承知しています。管理局内で私の立場が危うくなる可能性は高い。でも——10年間の隠蔽を、もう一度繰り返させるわけにはいきません」


 通信を切った。


  ◇


 全員のいる部屋に戻った。


 三島が壁際に立ち、桐生がパイプ椅子に座り、凛がデスクに向かっている。全員の目が俺に集まった。3つの意見。即時公開、段階的公開、科学的検証付き公開。そして千歳からの警告——72時間のタイムリミット。


 俺はテーブルの上に置いた鑑定眼鏡を手に取った。星霜鉱のレンズ。昨夜から続く微かな自発光。この眼鏡越しに——俺は世界の真実を見てきた。


 レンズを柔らかい布で拭いた。ゆっくりと、丁寧に。営業時代、大事なプレゼンの前に革靴を磨いた時と同じ動作。準備の儀式。心を整える時間。


「全部は出さない」


 全員が黙って聞いた。


「桐生さんの言う通り、一度に全部出せば社会が受け止められない。三島の言う通り、小出しにすれば潰される。だから——核心だけを出す」


 鑑定眼鏡を掛け直した。レンズ越しに見る世界が、ほんの少しだけ明るく見えた。自発光のせいだ。


「二つだけ。ダンジョンが意思を持つ存在であること。そして——人類が試されていること。この二つだけを出す。50層以下の構造、被験者Alphaの詳細、影山の10年間の隠蔽——これらは伏せる。まだ出さない」


「理由は?」三島が聞いた。


「営業の基本だ。クライアントに全部の情報を一度に渡したら、消化できない。大事なのは——相手が次の質問をしたくなる量だけ出すこと。ダンジョンに意思がある。人類は試されている。この二つで十分だ。視聴者は自分で考え始める。メディアは検証を始める。そうすれば——次の情報を出すタイミングを、こっちがコントロールできる」


「凛のデータパッケージは?」


「同時に出す。配信で俺が喋る。裏付けデータをアイリスが公開する。否定する側にも根拠を求められる形にする」


 凛が小さく頷いた。桐生がノートPCを閉じた。三島が——ようやく剣の柄から手を離した。


「凛のデータパッケージは?」桐生が確認した。


「同時に出す。配信で俺が喋る。裏付けデータをアイリスが公開する。否定する側にも根拠を求められる形にする」


「タイムリミットは72時間。影山が世界中のダンジョン管理機関を束ねる前に——俺が先に出す。明日の夜、配信を再開する」


 三島が壁から背を離した。


「俺にできることがあれば——何でもやります」


「三島。お前は視聴者としてコメント欄にいてくれ。パニックを抑えるのに——お前の言葉は効く」


「了解」


 桐生がペンを胸ポケットに差した。


「私は公開後の報道対応を引き受けます。テレビや他メディアが歪めて報じる前に——正確な記事を出す」


「頼む」


 凛はもう振り返っていなかった。キーボードの音が再開されている。データパッケージの最終調整。この子は——言葉ではなく行動で覚悟を示す。


 全員の目が合った。


 孤独な決断が——共有された決断に変わった瞬間だった。テーブルの鑑定眼鏡を手に取り、レンズを布でもう一度磨いた。営業時代、大事なプレゼンの前に革靴を磨いたのと同じ儀式。準備を整える。心を整える。


 鑑定眼鏡を掛け直した。レンズ越しに見る世界が、ほんの少しだけ明るく見えた。昨夜から続く微かな自発光のせいだ。ダンジョンの鼓動が、このレンズを通じて俺に伝わっている。


 明日。全てが動く。



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