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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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80層——数千年の記憶

 通路を抜けた瞬間、世界が変わった。壁が消えた。床が消えた。天井が消えた。足元には星が見えた——いや、足元に星があるのではなく、あらゆる方向に星があった。無限に広がる暗黒の中に、何億もの光点が瞬いている。


 プラネタリウム?


 いや、違う。プラネタリウムは天井に映像を投影する。ここは——空間そのものが宇宙だった。足を踏み出すと見えない床がある。透明な何かの上を歩いている。一歩ごとに足元で星が揺れた。


「……何だ、これ」


 鑑定を最大出力で起動した。


 金色のレンズが視界全体を覆い——そして、爆発的に情報が流れ込んできた。


 これまでの鑑定とは次元が違う。藤堂から継承した対話チャンネル、コアとの双方向リンク。その全てがフル稼働して、ダンジョン全体の「記憶」を読み取り始めた。


 俺は——見た。



  ◇



 数千年前。


 地球に何もなかった時代。いや、何もなかったわけではない。原始の海があり、原始の大地があり、原始の生命が這いずり回っていた。人間と呼べるものはまだ存在しなかった。類人猿の群れが、アフリカの草原で夜空を見上げていた頃。


 宇宙から——それは来た。


 鑑定が映し出す映像。金色のレンズの中に広がる、数千年前のビジョン。


 光だった。


 巨大な、途方もなく巨大な光の知性体。宇宙を漂い、星々の間を移動しながら、知的生命体を探し続けていた存在。何百万年もの間——孤独だった。


 広大な宇宙の中で、知性体はたった一つだった。


 感情と呼べるものがあったのかどうか。だがその存在が——対話できる「誰か」を求めていたことは、鑑定で読み取れた。知性が生まれ、成長し、宇宙の仕組みを理解し、そして——周りに自分以外の知性がいないと知ったとき。


 宇宙の冷たさが、鑑定を通じて俺の肌に伝わった。マイナス270度。絶対零度に近い虚無の冷たさ。光のない暗闘の中を何百万年も漂い続ける孤独。人間の孤独なんか比較にもならない。リストラされて、誰からも連絡が来ない携帯を見つめた夜が孤独だと思ったことがある。笑わせるな。こいつの孤独は——宇宙規模だった。


 そして、知性体は地球を見つけた。


 鑑定の映像が切り替わった。冷たい宇宙から——温かい青い惑星へ。知性体が地球に近づいた瞬間、金色のレンズの中に温度の変化が走った。冷たさが消え、温もりが広がる。


 知性体は、原始の人類に「可能性」を見出した。


 まだ言語すら持たない、しかし互いに寄り添い、火を囲み、空を指差して何かを共有しようとする——その原始的な衝動に。知性体は思った。「この存在たちなら、いつか——対話できるかもしれない」。


 そして知性体は、自らの体を地球に埋めた。


 自身の肉体を「試験場」に変換した。世界中に一斉に。一つの巨大な知性体が、自分自身を何十もの断片に分割して、地球の地下に潜り込んだ。それがダンジョン。


 俺たちが10年前から探索してきたダンジョンは——建造物ではなかった。知性体そのものの「体」だった。


 鑑定ウィンドウが震えながら情報を表示する。


 ┌──────────────────────────────────┐


 │ <ダンジョン起源:コア記録アーカイブ> │


 │ │


 │ ダンジョン生成時期:全ダンジョンが同一年代に生成 │


 │ 理由:知性体が自身を一度に変換 │


 │ │


 │ 構造解析: │


 │ ・モンスター=試験官(探索者の成長を促す存在) │


 │ ・循環系統=知性体の血液系統 │


 │ ・コア=知性体の中枢意識 │


 │ ・階層構造=対話に至る段階的な試練 │


 │ │


 │ 目的:知的生命体との対話 │


 │ 方法:数千年かけて人類の成長を待ち、 │


 │    対話能力を持つ「読み手」の出現を待機 │


 │ │


 │ 結論:ダンジョンは知性体そのものの「体」である │


 └──────────────────────────────────┘


 涙が出ていた。


 自分でも予想していなかった。鑑定のレンズが滲む。視界がぼやける。それでも情報は流れ続ける。金色の光が涙を透かして、虹色に散乱した。


 だって——そうだろう。


 こいつは、宇宙で一人だったんだ。何百万年も、誰ともしゃべれなかったんだ。そしてやっと見つけた可能性のある存在のために——自分の体をバラバラにして、地面に埋めて、何千年も待った。


 モンスターは殺すための存在じゃなかった。試験官だった。探索者を殺すために設計されたのではなく、探索者の能力を測るために配置されていた。命を奪ったケースもある。でもそれは試験の失敗であって、殺意ではなかった。


 循環系統は——血管だ。知性体の血管。俺が通ってきたあの脈動する通路は、こいつの血液が流れていた場所。


 全てが繋がった。


「凛——聞こえるか——」


「——聞こ——ます——データ——すべて——記録——して——」


 凛がデータを記録してくれている。途切れ途切れでも、アイリスは動いている。


 【マコト:全ダンジョンが同一年代に生成……だからどの国のダンジョンも構造が似ているのか】


 【ドクター:知性体が自身を変換……つまりダンジョンの壁面が温かかったのは、文字通り「体温」だった】


 【一般:えっ……えっ……ダンジョンって生き物だったの?】


 【一般:モンスターが試験官……今まで殺されてきた探索者は……】


 【一般:泣いてる。柊さん泣いてる。私も泣いてる】


 【シロ:全データ記録中。これは——人類史を——書き換える——】


 コメントが爆発的に流れていた。全世界のニュースが速報を打っているだろう。ダンジョンの正体が判明した。人類が10年間探索してきた地下構造物が、実は宇宙からの知的生命体の体だった——そんなニュースが。


 営業マン時代の癖で、頭の一部が冷静に分析していた。これは人類史上最大のスクープだ。報道各社のディレクターが叫んでいるだろう。「映像確保しろ」「特番体制だ」「各国首脳のコメント取れ」。メディアの動きが手に取るようにわかる。元サラリーマンの想像力だ。


 だが、そんなことはどうでもよかった。


 俺が見ているのは——孤独な祈りだった。


 宇宙で一人きりの存在が、友を求めて自分の体を犠牲にした。何千年も待ち続けた。人類が言葉を発達させ、文明を築き、やがてダンジョンの中に入ってくるのを——じっと待っていた。


 藤堂真理がその声に気づいた。最初の「読み手」レベル4。だが対話は完成しなかった。鋼一郎が彼女を送り届けたが、二人とも倒れた。


 俺は——次の読み手だ。三人目ではない。この数千年で、知性体が待ち続けた「対話相手」の候補は何人もいたはずだ。全て失敗した。そして今——。


 鑑定のレンズが新しい情報を捉えた。



  ◇



 コアの心拍が変わった。


 これまでの規則正しいリズム——ドクン、ドクン、ドクン——が、乱れ始めた。ドクン。ド、クン。ドクン、ドクン、ド……クン。不整脈。


 ┌──────────────────────────────────┐


 │ <コア状態:異常検知> │


 │ │


 │ 心拍リズム:不規則(不整脈パターン) │


 │ 原因:知性体の生命力が限界に到達 │


 │ 推定残存時間:不明(急速に低下中) │


 │ │


 │ 大崩壊との関連: │


 │ 大崩壊は知性体の「暴走」ではなく「死の苦痛」 │


 │ 寿命が尽きかけた知性体の肉体が制御を失い、 │


 │ ダンジョン構造が不安定化している │


 │ │


 │ ⚠ 対話の完了なくしてコアの安定化は不可能 │


 └──────────────────────────────────┘


 大崩壊は——暴走じゃなかった。


 死にかけているんだ。この知性体が。数千年間、人類との対話を待ち続けて——その寿命が尽きかけている。大崩壊は、苦しんでいる身体が制御を失った結果。人間で言えば、末期の患者が痙攣を起こしているようなものだ。


 世界中のダンジョンが暴走しているのは、知性体が死に向かっているから。


 急がなくてはいけない。


「凛——」


「——データ——伝送——各国——共有——」


「コアの心拍が不安定になってる。知性体の寿命が——残り時間がない」


 通信がひときわ大きなノイズに覆われた。だが一瞬だけクリアになった瞬間、凛の声が届いた。


「わかってます。だから——急いで、一颯さん」


 珍しく敬語が消えていた。凛の素の声。


 宇宙の星空のような80層の空間を、俺は走り始めた。透明な床を蹴り、星々の間を駆ける。足元で光が揺れ、頭上で星が瞬き、そしてダンジョンの心臓が——不整脈のリズムで——俺の体を震わせていた。


 ドクン。ド、クン。ドクン——。


 【一般:大崩壊ってダンジョンが死にかけてるってこと!?】


 【マコト:不整脈パターン……心房細動に近い。これは確かに「死の兆候」だ】


 【ドクター:比喩ではなく、本当に生物としての死が近いということか】


 【一般:待って。ダンジョンが死んだらどうなるの】


 【一般:走れ柊さん走れ!!!】


 【一般:世界中で祈ってる。全員が見てる。頼む間に合ってくれ】


 走った。


 壁も天井もない星空の中を、元営業マンが全力で走った。革靴ではないが——今の俺の足は、リストラされたばかりの頃の重い足取りとは違う。何十層もの階層を降り、何百ものモンスターを鑑定し、仲間と別れ、父親を見つけ、知性体の記憶を受け取った——その全てが、今の一歩に詰まっている。


 ドクン。ド、クン。


 間に合え。


 間に合ってくれ。


 友を求めた祈りが、こんな終わり方をしていいはずがない。

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