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【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件  作者: ぽんぽこライフ


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アポストルの真実——影山の贖罪

 80層の星空を走る最中、イヤピースに凛の声でもコメントでもない通信が割り込んできた。ノイズの層を突き破って、明瞭な音声が直接届く。帯域を強制的にこじ開けたかのような、暴力的にクリアな通信。


「柊」


 影山だった。


 ダンジョン管理局の元局長。アポストル計画の首謀者。権力の座を自ら降りた男。40層よりさらに上——おそらく地上から、全回線を使って通信を入れてきた。


「影山さん」


「この通信は——配信に乗っているかね」


 一瞬の間。凛がどこかで操作する気配。


「——乗って——ます——全世界——」


 凛の途切れ途切れの声が確認した。影山の通信は配信にも乗っている。2000万人超の視聴者が、この会話を聞いている。


「それでいい」


 影山がそう言った。


 その声を聞いた瞬間、背筋が凍った。影山の声には——いつもの重厚な威厳がなかった。官僚口調の鎧を全て脱ぎ捨てた、裸の人間の声。


「柊。君が今見たものを、私も——10年前に見た」


 立ち止まった。


 走っていた足が止まった。80層の星空が無言で瞬いている。ダンジョンの不整脈が空間を揺らす中、影山の声だけが鮮明に響いた。


「10年前。私はまだダンジョン管理局の調査部にいた若い職員だった。久我山のチームに同行する形で深層に潜った。久我山、藤堂、鋼一郎、そして私。四人のパーティで50層まで到達した」


 【マコト:影山が……自分から話し始めた?】


 【一般:え、影山って10年前のパーティにいたの!?】


 【ドクター:これは……告白だ】


「50層で——私は知った。ダンジョンの正体を。君が今見た記憶の断片を、私も見た。鑑定スキルは持っていなかったが、藤堂のスキルを介して部分的に読み取ることができた」


 影山が息を吸った。通信越しに、その呼吸が震えているのがわかった。


「私は——恐ろしくなった」


 声が低くなった。告解する罪人の声だった。


「知性体。宇宙からの存在。ダンジョンの正体。それを世界が知ったらどうなる。パニックが起こる。経済が崩壊する。ダンジョン産業は消滅し、探索者という職業がなくなる。国家間の力のバランスが崩れる——そんなことを考えた。恐怖と、そして——」


 一拍の沈黙。


「——欲望だ。この情報を独占すれば、莫大な権力が手に入る。知性体の技術を制御下に置けば、世界をコントロールできる。若い私は——その誘惑に負けた」


 【一般:おい……まさか……】


 【マコト:プロジェクト・アポストルの真の起源か】


 【一般:嘘だろ。藤堂さんを見殺しにしたのか】


「私は久我山と鋼一郎に嘘をついた。50層の記録を一部改竄し、知性体の存在を隠蔽した。そして藤堂に——彼女にだけ真実を伝えた上で、利用しようとした」


 影山の声が途切れた。数秒の沈黙。通信のノイズだけが響く。そして——続いた。


「藤堂は拒否した。『この真実は全人類のものだ。あなた個人の権力のために使わせない』。彼女はそう言って——単独で深層への降下を選択した。知性体との対話を成立させるために。私の手が届かない場所で」


 鑑定のレンズが自動で起動した。影山の通信音声から、声紋分析と感情パターンを読み取っている。


 ┌──────────────────────────────────┐


 │ <音声分析:影山の通信> │


 │ │


 │ 声紋一致率:影山征四郎 99.97% │


 │ 感情パターン:深い後悔(長期蓄積型) │


 │ 欺瞞指標:0.02%(ほぼ完全な真実を述べている) │


 │ │


 │ 補足:10年分の感情抑圧が解放されつつある │


 │    声帯の震えは意図的な演技ではなく自然反応 │


 └──────────────────────────────────┘


 嘘じゃない。鑑定が証明している。影山は——本当のことを言っている。


「藤堂は結晶の繭に取り込まれた。鋼一郎は彼女を助けるために単独で深層に潜り——帰ってこなかった。久我山は50層で足止めされたまま、二人を待ち続けた。そして私は——」


 影山の声がさらに低くなった。


「——地上に戻って、全てを隠蔽した。藤堂と鋼一郎の失踪を『事故』として処理し、50層以降の探索を禁止する規制を敷いた。プロジェクト・アポストルを立ち上げ、鑑定スキル保持者を管理下に置く体制を構築した。全ては——真実が漏洩しないように。私の罪が、露見しないように」


 怒りが込み上げてきた。


 握りしめた拳が震えた。藤堂真理。60層で結晶の繭に包まれ、10年間メッセージを送り続けた人。「正直でいて」——それが最後の言葉だった。鋼一郎。73層の壁に血で文字を刻み、75層で結晶に保護されていた父親。


 二人とも——影山のせいで、こうなった。


「……ふざけるなよ」


 声が出た。低い声。自分の声とは思えないほど冷たい声だった。


「藤堂さんは10年間、結晶の中で一人でメッセージを送り続けてたんだ。あの人の最後の言葉を知ってるか。『正直でいて』——それが、あんたに裏切られた人間の最後の言葉だ」


 通信の向こうで影山が息を呑んだ。


「鋼一郎は——俺の親父は、左脚を骨折しながら這って壁に文字を刻んだ。自分の血で。『彼女を助けてやってくれ』って。動けない体で、最後まで藤堂さんのことを——」


 声が震えた。怒りと悲しみが混ざって、制御できなくなりかけた。


 だが——鑑定が、もうひとつの情報を示していた。


 影山の音声データの奥に、鑑定のレンズが捉えたもの。10年分の後悔のパターン。抑圧された感情の地層。夜ごと眠れず、書斎で一人、藤堂と鋼一郎の名前を呟いていたであろう夜の数。


 俺は——読めてしまった。


 影山が10年間、どれだけ苦しんできたかを。権力を得た代償として、どれだけの夜を悪夢で過ごしたかを。局長の椅子に座りながら、その椅子の脚が二人の犠牲者の骨で出来ていることを知っていた男の——10年分の地獄を。


「柊」


 影山の声が震えた。官僚口調が完全に崩れ、そこにいたのはただの老いた男だった。


「私は——許されるべきではない。藤堂も、鋼一郎も、久我山も——全員を裏切った。だが——」


 沈黙。


「——この10年間、一日も忘れたことはない。それだけは——嘘ではない」


 【一般:影山……お前……】


 【マコト:10年間の隠蔽。確かにこれは許されることではない。だが——】


 【ドクター:声の震えは本物だ。医者としてわかる。この男は限界まで自分を追い詰めてきた】


 【一般:許せない。でも泣いてしまう。何なんだよこれ】


 【一般:藤堂さん……鋼一郎さん……】


 コメントが荒れていた。怒りと同情が入り混じり、賛否が渦を巻いている。当然だ。影山の行為は許されるものではない。二人を見殺しにし、真実を隠蔽し、10年間嘘をつき続けた。


 でも——。


 俺は深呼吸した。80層の星空が静かに瞬いている。ダンジョンの不整脈が空間を揺らし続けている。


「影山さん」


「……何だ」


「俺は藤堂さんと同じ選択はしない」


 声が安定した。怒りが消えたわけではない。ただ、それ以上に大きなものが胸にあった。


「藤堂さんは『正直でいて』と言った。だから俺は正直に言う。あんたのやったことは最低だ。許せないと思ってる。藤堂さんと親父を返せと言いたい。でも——」


 息を吸った。


「——あんたの罪を、否定もしない」


 影山が沈黙した。


「あんたは50層で真実を見て、恐怖に負けた。欲望に負けた。人間としては——まあ、わからなくはない。営業マン時代に何度も見た。大きすぎる案件を前に判断を誤る人間。結果を見てから後悔する人間。あんたはそれの最悪のケースだ」


 自虐的な笑いが漏れた。


「でもな、影山さん。あんたは今——全世界に向けて全部喋った。配信に乗ってることを知った上で。それがどういう意味か、元官僚のあんたが一番わかってるだろう。逮捕。裁判。社会的な死。全部覚悟の上だ」


「……ああ」


「だったら——その覚悟を、俺は受け取る。否定しない」


 鑑定のレンズが反応した。だが今度は影山ではなく——ダンジョンの壁面が反応していた。


 空間全体を覆っていた振動が——変わった。


 ドクン。ドクン。ドクン。


 不整脈のリズムが、一瞬だけ——穏やかになった。規則正しい拍動ではないが、先ほどまでの苦しそうな乱れが和らいでいる。揺りかごのような、優しい周波数。母親が子供をあやすときの心拍のような。


 ┌──────────────────────────────────┐


 │ <コア反応:変動検知> │


 │ │


 │ トリガー:影山征四郎の告白(正直な自己開示) │


 │ 反応:コアの心拍リズムが一時的に安定 │


 │ 推定原因:知性体が「正直さ」に共鳴 │


 │ │


 │ 解析:知性体は「対話」を求めている │


 │    対話の前提条件は「正直であること」 │


 │    影山の全告白がその条件に合致 │


 │ │


 │ 注意:安定化は一時的。根本的な解決には │


 │    コアとの直接対話が必要 │


 └──────────────────────────────────┘


 コアが——反応した。


 影山の正直さに。10年間隠し続けた真実を、全世界の前で曝け出した正直さに。知性体が共鳴した。


 藤堂が最後に残した言葉が脳裏をよぎった。「正直でいて」。あの言葉は遺言であると同時に——コアとの対話の鍵でもあったのか。


「影山さん。聞こえるか」


「……聞こえている」


「コアが反応した。あんたの告白に。ダンジョンの振動が穏やかになった。知性体は——正直さを求めてる」


 通信の向こうで、影山が長い息を吐いた。


「……そうか。藤堂は——最初からそれを知っていたのだな」


「ああ。たぶん」


「柊」


「何だ」


「私は——ここにいる。地上で、できることをする。久我山と三島を——いや、全ての探索者を支援する。それが私にできる——」


 通信にノイズが走った。影山の声が途切れかけ——最後にひとつだけ、明瞭な言葉が届いた。


「——贖罪だ」


 通信が切れた。


 【一般:影山……】


 【マコト:コアが正直さに反応した。つまり対話の条件は「嘘をつかないこと」】


 【ドクター:影山の判断は許されないが……この告白そのものが、一つの治療だ。本人にとっても、世界にとっても】


 【一般:泣きすぎて画面見えない】


 【一般:柊さんの「否定しない」がすごすぎる。怒ってるのに否定しないんだ】


 【シロ:コア安定化——一時的——根本解決——必要——急いで——】


 凛のコメントが核心を突いていた。一時的な安定化。根本的にはコアとの直接対話が必要。


 走り出した。


 80層の星空を再び駆ける。影山の告白で一瞬穏やかになったダンジョンの振動が、再び不整脈に戻りつつある。時間がない。知性体の寿命が尽きかける前に——コアに辿り着かなければ。


 足元の透明な床を蹴る。星が揺れる。宇宙の冷たさと、知性体の温もりが混ざり合う空間を走り抜ける。


 藤堂が伝えた「正直でいて」。影山が選んだ「正直な告白」。俺が続ける「正直な対話」。


 全部、繋がっている。


 最深層が近い。コアの鼓動が壁を通じて——いや、もう壁などない。空間そのものを通じて、俺の全身に響いていた。


 ドクン。ド、クン。ドクン——。


 待ってろ。今行く。


 お前が何千年も待った「対話」を——俺が届ける。

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