25.ワイの会社、もっと人おったやろ……
――ピピピピッピピピピッ♪
「……ん」
目を閉じたまま、指を折る。
「一、ワイ。
二、ミクちゃん。
三、カコ。
四……」
止まる。
「……あれ?」
四人目が……出てこない。
指が、三本目で止まったまま動かへん。
まるで、“そこに指が存在しない”みたいに。
「……アカンわ、もう一回や。
一、ワイ。
二、ミクちゃん。
三、カコ……」
また止まる。
「……なんやこれ」
昨日までは言えとった。
確実に、“五人”おったはずやのに。
「……嫌な感覚や」
スマホを手に取る。
八月八日、火曜日。午前六時。
「おはよッス……」
カコが起きる。
「……数えたッスか?」
「いや……、四人目が出てこんわ」
「……マジッスか?」
カコの表情が変わる。
「……ウチも、やってみるッス」
カコも指を折る。
「ウチ、おじさん、ミク……」
しかし、止まる。
「……あれ?」
「せやろ?」
「でも、最初から三人じゃなかったッスか?」
「……お前、本気か?」
「ウチ、こう見えても、常に真面目ッスよ!」
カコの目は真剣そのものやった。
せやけど、絶対に指の本数と同じ人数がおったはずや。
その感覚だけは確実に残っとる。
でも――
「……名前が出てこん」
ピッ。
ワイは無意識にテレビをつける。
『――先週から行方不明となっている男性について、続報です――』
「……またこれか」
『家族は「確かに存在していた」と主張していますが――』
画面には、昨日と同じ女性。
目の下のクマが濃くなっとる。
『勤務先の会社は「そのような社員は確認できない」としており、記録上も在籍は確認されていません』
「やっぱ記録上も、か……。
とんでもない改変能力やな……」
ワイは呟く。
『なお、同僚とされる人物への取材も行われましたが、「そのような人物に心当たりはない」と話しており――』
「……家族だけが覚えてるんスね」
カコが小さく言う。
「……“繋がりが強い人”なら、記憶が残る可能性も高いってことやな」
ゾッとする。
「……ワイらも、そのうち――」
ピンポーン。
「おはようございます」
いつも通り、ミクちゃんが入ってきた。
「……なあ、ミクちゃん」
「はい? なんでしょう?」
「……ワイら、何人やったっけ?」
「四人……ですよね?」
ミクちゃんは、一瞬だけ言葉に詰まる。
しかし、ワイの中では、正解は五人や。
自分の手を見ると、指はちゃんと五本ある。
たしか、指の本数と同じやった気がするんや。
「……ほんまに言っとるんか?」
「はい。
課長、私、カコ……」
「……あとは?」
「んー、分からないですけど、“もう一人”いた気がします」
「“もう二人”やなくて……?」
「……んー、正直……自信ないです。
やっぱり、確認しに行きませんか?」
「……何をや?」
「会社に置いてある、メモ帳の記録です」
記録。
さっきのニュースを見る限り、おそらく頼りにはならない感覚があった。
しかし、今はそれに頼るしかないのも事実やった。
「まあ、せやな……。
そろそろ、出勤の時間やしな」
◇
ワイら“三人”は会社に到着した。
「……まず、ワイのメモ帳や」
ワイはデスクからメモ帳を取り出す。
「これ、昨日の朝に書いたやつやな」
開く。
「……」
やはり、と言うべきか――
「……三人しか書いとらんな」
『開発部メンバー
・錆田斬鉄
・カコ
・ミク』
「……アカンな。絶対におかしいわ。
昨日、ページいっぱいに名前を書いたような気がするんやけど……」
思考も蝕まれていく感覚がある。
「……課長」
ミクちゃんが静かに言う。
「その下の余白……不自然じゃないですか?」
「……そうやんな」
その空白は、やたら広い。
「……ちょうど二人分くらい、書いてあったスペースみたいやな」
「はい、そんな感じがしますね……」
「……一体、誰の分やったんや……。
肝心な部分がまったく思い出せへん……」
思考を巡らせていると、ミクちゃんが何かに気づく。
「ザンテツ課長、この事務所って、こんなに空席ありましたっけ?」
ワイとカコは事務所を見渡す。
「……」
「……確かに、机、多いッスね」
「そうなんですよ。
使われていない机が目につきます」
「……二人とも、ちゃうで。
机が多いんやなくて、人が減っとるんや」
「……もう、わけが分からないッス」
カコが首を振る。
ミクちゃんも、深刻な表情をしとった。
◇
状況を飲み込めないまま、昼休憩になった。
「……これ、見てください」
ミクちゃんが書類を持ってくる。
「……なんや」
「回覧書類の承認欄です」
見ると、欄は三つしかなかった。
「……やっぱり、元々三人だったんじゃないですか?」
納得しかけたが、ギリギリで思考を巡らせる。
「……ミクちゃん、その考え方じゃ“ナニカ”に飲み込まれるで。
この欄自体も、改変されとるかもしれん。
そう考えるんや」
ワイは珍しく上司らしいアドバイスをした。
「……ほな、やってみるか」
「……?」
ワイはペンを持つ。
そして、手書きで欄を追加する。
「ほら、しっくりくるやろ?」
「……すごいです、課長……!」
しかし数分後、追加した欄は綺麗さっぱり消え、その事実に気づく者はいなかった。
◇
そして、夕方。
今日も残業はなく、仲良く三人で帰る。
日中は仕事が無さすぎて、逆に時間をどう潰せばええか分からんくらいやった。
適度にやることがある方が、“幸福”なのかもしれへん。
「……なあ」
静かな空気に耐えかねて、ワイは話しかけた。
「はい」
「……足音、数えてみ」
三人は足を止めずに、耳を澄ます。
コツ、コツ、コツ――
――三つ。
「……三人ッスね」
「……はい」
「……でも、なんか寂しい気がするッス」
「……せやな。
なんか、派手なヒールの音が足らんよな」
その時――
『おーっほっほ!』
後ろから、声が聞こえた。
それに反応して、三人同時に振り向くが……、誰もおらんかった。
「今の……誰かの笑い声や。
それも、聞き馴染みのある……」
「……私も聞こえました」
「……ウチもッス」
全員、固まる。
でも、名前が出てこなかった。
◇
夜。
ワイは、持ち帰ったメモ帳を開く。
「……」
三つの名前と、その下の空白。
「……ここや」
ペンを持つ手が震える。
「……思い出せ、思い出すんや」
頭に浮かぶ。
あの声、あの笑い方。
『おーっほっほ!』
「……ッ!!」
ワイに電流走る。
『矢名井』
咄嗟にそう書いた。
しかし、その文字はスッと消えた。
「なんや……?」
もう一度。
『矢名井』
――消える。
「……なんでや」
何度書いても、その名前だけが消える。
「……アカンな」
理解する。
「……消えとるんや」
その名前を、今度は口にする。
「……矢名――」
言い切る前に、思考が途切れた。
「……あれ? 今、何を言おうとしたんや?」
分からない。
でも――
「……まあ、三人でええか」
その言葉に、違和感はなかった。
最初から、三人やった気がする。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




