24.記憶やない、記録するんや
――ピピピピッピピピピッ♪
「……ん……」
目を開ける前に、指を折る。
「一、ワイ。
二、ミクちゃん。
三、カコ。
四、矢名井さん。
五……」
一瞬、止まる。
「……せや、鈴香部長や」
アラームを止めて、天井を見る。
今日は八月七日、月曜日。
毎朝、指で全員を数えると決めてから、一週間以上が経った。
「……今日も、ギリギリ言えたな」
「おはよッス……」
カコが起きる。
ポテチの袋を抱えたまま、眠そうに目をこする。
「……数えたッスか」
「おう」
「……ウチもやるッス」
カコは天井に掌を掲げ、指を折る。
「ウチ、おじさん、ミク、矢名井さん……」
止まる。
「えっと……」
「……おい」
「……あ、鈴香部長ッス」
その一言で、ようやく顔に色が戻る。
「……危ないッスね、これ」
「ワイもや……」
ワイはリモコンを手に取る。
――ピッ。
『――先週から行方不明となっている男性について、家族が記者会見を開きました――』
「……ん?」
何気なく見ていたが、違和感が引っかかる。
『家族は「突然連絡が取れなくなった」と話しており――』
画面に映るのは、疲れ切った顔の女性。
たぶん、失踪した男性の妻っぽい。
『一方、勤務先の会社は「該当する社員は在籍していない」とコメントしており――』
「……は?」
思わず声が出る。
「おい、今の……」
「会社に“存在しないことになっている”……ッスか」
カコも真顔になる。
『警察は事件性も含めて調査を進めていますが――』
テレビは淡々と流れる。
まるで、“よくある話”みたいに。
「……いや、おかしいやろ」
ワイは呟く。
「家族は、おった言うてんのに、会社は、おらん言うてるって……」
「……認識の分断ッスね」
カコが静かに言う。
「……なんか、矢名井さんみたいな言い回しやな」
「えへ、ちょっと真似してみたくなったッス」
カコは照れ笑いした。
「でも、鈴香部長みたいなことが、他でも起きとるって事やな……」
ピンポーン。
その時、いつものように玄関のチャイムが鳴った。
「ミクちゃん、来たみたいやな。
ほな、会社行くで」
「了解ッス!」
◇
今日も三人で仲良く歩き、会社に到着した。
「おはようございますわ!」
「矢名井さん、おはよ。
今朝もちゃんと数えてくれたか?」
「おーっほっほ! もちろんですわ」
「そっか、ありがとな。
みんな毎日これだけ数えてれば、誰かが欠けても気づけるはずや」
「おじさんはすぐ“賭け”るッスけどね〜」
「上手いこと“掛け”へんでええねん!
クソッ、昨日のパチ、大負けしたん思い出してもうたわ……」
いつものやり取りで、少し安心した。
……はずやのに、胸の奥に何か引っかかる。
なんや……、こういうの“フラグ”言うんかな……。
「……ほな、今日も仕事やるで」
ワイはメモ帳を開く。
「あれ?
課長がメモなんて、珍しいですね?
矢名井さんの真似ですか?」
ミクちゃんが不思議そうに見つめてくる。
「ああ、これは記録や。
みんなの名前、書いといた方がええかなって」
「外部記憶……というわけですね」
「せや。頭がアカンかった時のために、物体として残すんや」
「……やってみる価値はあるッスね。
ウチもやってみるッス」
「私もやってみます」
「私もいたしますわ。
メモは得意なんですの」
それぞれ、メモ帳を取り出し、書き始める。
ワイは必要以上に大きく書いた。
『開発部メンバー
・錆田斬鉄
・カコ
・ミク
・矢名井
・北かゆ鈴香部長』
相変わらず、ワイの名前は画数多いな……。
てか、二十年近く一緒におるのに、“粥”が書けへん……。
「……よし、まあええか」
ちゃんと五人書いたことを確認した。
◇
「やっと、昼飯や……。
腹減ったなぁ」
ワイは弁当を広げる前に、ふと、さっきのメモ帳が気になった。
「弁当食う前に、もう一回見とくか……。
って……、あれ?」
さっき書いた文字に、違和感を感じた。
「……なんやこれ」
文字は“読める”はずやのに、意味として入ってこない。
「課長?
どうかしましたか?」
「……ミクちゃん、これ読めるか?」
メモ帳を見せる。
「……はい。読めます」
「……ほんまか?」
「“北かゆ鈴香部長”です。
……てか、なんで平仮名なんですか……?」
「……いや、そこは気にせんといてくれや……。
漢字だけは、なぜか昔から苦手やねん」
そう言われて、もう一度見る。
確かに“北かゆ鈴香部長”と書いてある。
でも――
「……さっきは、こんな字やなかった気がするんやけど……」
「……それって、ゲシュタルト崩壊ですかね?」
ミクちゃんが言う。
「いや、なんか……、そういうんやない。
文字として“記録”は残っているのに、それを正しく認識できない。
伝わらんと思うが、なんか、変な感覚や……」
「話だけ聞くと、おじさん頭おかしくなったのかと思ったッスけど、……確かに、ウチも同じ感覚ッス」
近くにいたカコもメモ帳を取り出し、呟いた。
「“記録”が壊されたら、終わりッスよ」
「……“ナニカ”、チート能力やな」
◇
時刻は夕方の十七時。
定時になって、仕事が終わった。
今は三人で帰りの準備をしとる。
「なあ、最近、残業少なくなったよな」
「そうッスね〜。
きっと、ウチが仕事覚えてきた証拠ッス!」
「まあ、それは助かっとるが……、なんて言うか、仕事の量自体が少なくなっとる気がするんや」
事務所はいつも通りのはずやのに、やたら静かや。
営業部の席、あんなに空いとったっけ。
「……なあ、ミクちゃん」
「はい」
「……なんか今日、静かやないか?」
「……そうですね」
ミクちゃんも頷く。
「なんとなく、会話が少ないですよね」
「……なんか、人が足りん感じがする。
特に、営業部」
「あ、だから持ってくる仕事が少なくなったんスね!」
カコは納得した様子や。
「そうなんやが、問題はそこやないで。
別に、みんな退職したわけやない。
いつの間にか、“存在”がなくなっとるんや……」
「……」
ミクちゃんとカコは唖然とした。
「考えすぎかもしれんが、きっと“ナニカ”はワイに心の余裕を持たせようとしとる。
そして、そのために仕事量を少なくした。
そして、そのために……、営業部を……消した」
「“ナニカ”はザンテツ課長に“非合理”を産み出させないために、そこまでするってことですね……」
「もう、なりふり構ってられないって感じッスね……」
「かもな……。
まあ、今日は帰って休むで」
「はい、そうしましょう」
三人はそのまま会社を出て、アパートへ向かって歩いた。
道路のアスファルトに響く音。
コツ、コツ、コツ――
――三つ。
◇
「……じゃあミク、また明日ッス」
「はい。また明日ですね」
「……またな」
それぞれの部屋に分かれる。
「……はぁ」
部屋に入ると、ワイはそのまま座り込んだ。
「……疲れたな」
「月曜から大変ッスね〜」
「まあ、もうひと頑張りや。
夕飯、何食べたい?」
「あ、今日はおじさんの当番ッスね!
んー、ポテチだけは忘れないでほしいッス」
「……はいはい。
じゃあ、テキトーに買ってくるで」
「よろしくッス!」
ワイはエコバッグを持って再び外へ出た。
そして目を閉じ、指を折る。
「一、ワイ。
二、ミクちゃん。
三、カコ。
四……」
止まる。
「……あれ?」
四人目、誰やったっけ。
「……矢名井さん、やろ」
口に出す。
「……なんで、迷ったんや……?」
胸がざわつく。
「……いや、ちゃうやろ」
頭を振る。
「四人や。ちゃんとおった……と思う」
そう言い聞かせる。
でも、帰り道の足音が頭から離れへん。
「……三つ、やったよな」
その違和感に、まだ理解が追いついていなかった。
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