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23.思い出してはいけない名前


 ――ピピピピッピピピピッ♪


「……もう、朝か……」


 いつも通り、手探りでスマホを止める。

 七月二十六日、水曜日。時刻は午前六時や。


「……なんやろなぁ」


 布団の中で、ぼんやりと考える。


「昨日、なんか大事なこと考えとった気がするんやけど……」


 思い出そうとすると、やはり霧のように消える。


「……気のせいか」


「おはよッス……」


 横でカコが起きる。

 当然のようにポテチを開け始める。


「朝からそれやめぇや……」


「ウチのエネルギー源ッス。

 これが枕元にあるから、安心して眠れるんスよ」


「若いうちだけやで、そんなん……」


「悪魔って、何歳までが若いんスかね。

 てか、生活習慣病に罹って悪魔なんて、聞いたことないッスよ!」


「じゃあ、お前が宇宙初になるかもやな」


 ワイはリモコンを手に取る。


 ――ピッ。


『――都内の食品製造会社で発生した設備破損について、新たな情報が入りました――』


「……お?」


 思わず身を乗り出す。


『関係者への聞き取り調査の結果、事故当時の状況が徐々に明らかになってきています。

 現場にいた従業員への取材の様子です。


「……来たな」


 カコもポテチの手を止める。


『「まあ、単なる設備の老朽化による破損やな」』


 ワイと同じ顔、同じ話し方。

 そして、テロップには――


 黒糖製菓株式会社 開発課長 錆田斬鉄さん(40)


「……は?」


 思わず声が出る。


「なんやこれ……。

 ワイ、こんな取材、受けてへんで……」


『また、同従業員は「当時は通常業務中であり、特別なトラブルは確認されていない」と話しています』


「いやいやいや……」

 

 ワイはテレビにツッコむ。


「そんなわけあるかいな……」


「完全に“ナニカ”に改変されてるッスね……」


 カコが真顔で言う。


『なお、この証言は複数の関係者と一致しており――』


 テレビに映し出されたのは、顔は映っとらんが、矢名井さんらしき女性やった。


「いや、胸アップで撮りすぎやろ……!」


 ワイは頭を抱える。


「てか、機械は吹き飛んどるし、壁は抉れとるし。

 どう見ても“普通の事故”やない。

 取材した奴らは、何も不思議に思わんのかいな」


『その他の従業員も「特に異常は感じませんでした」と、冷静に当時の状況を説明しています』


 今度は、カコとミクちゃんらしき女の子も映った。

 カコはお尻、ミクちゃんは太ももがアップで映し出されている。

 ……このカメラマン、みんなのチャームポイント分かっとるな。

 

「……って、いやいやいやいや!!」


 ワイは立ち上がる。


「おじさん、なに興奮してるんスか……」


 カコがジト目で静かに言う。

 その時――


 ピンポーン。


 ドアを開けると、今日もミクちゃんがおった。

 

「おはようございます。課長、カコ」


「ミクちゃん、今のニュース見たか?」


「……はい。

 課長が証言したことになっていますね」


「してへんって!」


「それは、分かっています。

 あのテレビに映っていた課長はニセモノです。

 ホンモノは、もうちょっと……覇気がないですから」


「ぷぷ、間違いないッス」


「おい、お前ら……」


 イジられたのは癪やが、二人は仲良くなったみたいやな……。


「そろそろ行こか。

 今日は、ちょっと嫌な予感しかしないわ」

 

 ◇


 会社に到着し、いつも通りメールのチェック。

 すると、矢名井さんが事務所に入ってきた。


「おはようございますわ。みなさん。

 今朝のニュース、見ました?」


「ああ、見たで。

 矢名井さんは、どう思う?」


「明らかに情報操作ですわね。

 ニセモノの課長、覇気があって素敵でしたもの。

 おーっほっほ!」


「はぁ……、矢名井さんも、そこで気づくんかいな……」


 呆れて聞いていると、ふと気づいた。


「……せやけど、あの事件から二週間以上経っとるのに、最近は掘り起こすように、そのニュースばっかりや。

 おかしないか……?」


「確かに、言われてみれば、そうッスね……」


「今のワイらに対する、警告ってことか……?」


 矢名井さんはメモを取り出し、神妙な面持ちで答える。


「……きっと“ナニカ”は、カコさんとミクさんの関係の変化を警戒しているのですわ……。

 仲良し大作戦が成功したってことですわね」


「……そ、そうなんやろか……」


 ワイは深く息を吐く。


 事務所の空気は、昨日と同じはずやのにどこか違う。

 どこか……静かすぎた。


 ◇


 時刻は十一時半。

 お昼休み前のもうひと頑張りや。


 ワイはいつも通り仕事をしとる。

 レシピを作り、資料をまとめる。

 異常はない……はずやのに。


「……」


 気づけば、手が止まる。


「……なんやろな、この違和感」


 でも、正体が分からへん。

 その時――


「課長、これ、承認お願いします」


 ミクちゃんが書類を差し出す。


「おう。もうすっかり慣れたもんやな」


 ワイは受け取り、目を通す。


「うむ。問題なしや」


 ポンッとシャチハタを押す。


「はい、承認」


 その書類を持って、無意識に立ち上がる。

 そして、迷いなく“あの空席のデスク”の前まで歩いた。


「……」


 何の疑問もなく、そこに資料を置いた。


「……ザンテツ課長?」


 少し低いミクちゃんの声。


「……なんで、その席に置いたんですか?」


「……え?」


 我に返る。


「いや……」


 手元を見る。

 書類は、確かに空席のデスクの上に置いた。


「……なんでやろな」


 自然すぎた。

 “そこに置くのが当然”みたいに。


「……おじさん」


 カコの声も震えとる。


「その席に置いて、どうするんスか……?」


「……分からん」


 矢名井さんも、真剣な顔。


「開発部の書類の回覧は、課長で終わりですわよ……?」


 空気が張り詰める。


「……変やな。

 ここ、誰もおらんはずやのに」


「……確認しましょう」


 ミクちゃんが、そのデスクに近づく。

 そして、引き出しに手をかける。


「……開けます」


 ギィ……


 中には、書類と――


「……シャチハタ……?」


 ミクちゃんが取り出す。

 それを見た瞬間、全員の呼吸が止まる。

 そこに刻まれていた名前。


 北粥鈴香


「……ッ!!」


 頭に、何かが流れ込む。

 記憶が、声が、怒鳴り声が……。


『ちょっと、サビ残くん!

 あの件、どうなってんのよ!?』


「……あ」


 思い出す。


「部長……」


 ワイの口から、自然に出る。


「鈴香部長や……」


「……はい……」


 ミクちゃんの声も震える。


「いました……。

 確実に……」


「ウチも……思い出したッス……」


 カコが頭を押さえる。


「めっちゃ怒る人ッス……」


「厳格で、合理性を重んじる方でしたわよね……」


 矢名井さんも静かに言う。


 全員、思い出した。

 “存在を消された人間”を。


「……なんでや」


 ワイはシャチハタを見る。

 鈴香部長が好きやったキャラクターのシールが貼ってある。


「なんで、忘れとったんや……」


「……消されていたんです」


 ミクちゃんが言う。


「記憶ごと」


「……そんなこと、現実に起こるんか……?」


「起きてるから、今こうなってるんスよ……」


 カコの声が低い。


「……怖いッスね」


 初めて聞くトーンやった。


「ちょっと待つッス……。

 もしかして、ウチら……消される側にも、なるってことッスよね」


「ええ。そういう可能性も、考えられますわね……」


 あの矢名井さんも、声が震えとる。


「……アカンやろ」


 ワイは、空席のデスクを見る。

 さっきまで、“何もなかった場所”。

 でも今は――


「……おったんやな、ここに」


 確かに、誰かがいた。

 それが、分かる。分かってしまっている。

 そして――


「……消された」


 跡形もなく。

 周囲の人間の記憶ごと。


「……課長」


 ミクちゃんが小さく言う。


「なんや」


「……もし、私たちの誰かが消えたら」


 一瞬、言葉を止める。


「……気づけますか?」


「……」


 答えられへん。

 さっきまで、気づけてなかったんやから。


「……そうッスね」


 カコはゆっくり言う。


「ウチは正直、自信ないッス……」


 そう言いながら、笑う。

 でも、いつもの笑い方やない。


「じゃあ、決まりッスね」


「……何がや」


「“絶対に忘れない”ようにするしかないッス」


「どうやってや」


「……毎日、確認するッスよ」


 カコは指を折る。


「おじさん、ウチ、ミク、矢名井さん――」


 一瞬、止まる。


「……あと一人」


 全員が、その名前を口にする。


「「……鈴香部長」」


 空気が、変わる。

 鈴香部長が放っていた、あの空気感や。


「……せやな」


 ワイは震える手を開き、みんなに見せた。


「この五本の指が、ワイら開発部の“全員”なんや。

 忘れへんようにするんやで」


 三人は頷く。


 でも、心のどこかでは、みんな分かっている。

 その決意すら、“ナニカ”に消されるかもしれないということに。

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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!

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