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22.怒られへん方が怖いんやが……


 ――ピピピピッピピピピッ♪


「……はいはい……」


 手探りでスマホを掴み、アラームを止める。

 目を開けると、いつもの天井。

 時刻は六時。七月二十五日、火曜日。


「……はぁ」


 布団の中で、ぼんやり昨日を思い出す。


「そういや、昨日、あの後会社戻ったけど……」


 山から降りて、そのまま出社して。

 汗だくで、半日遅刻。


「……特に誰にも怒られへんかったな」


 普通なら説教や。

 絶対に怒られる。


「……なんか、物足りんかったなぁ……」


 怒られへんことに、違和感を覚える。

 それが一番、気持ち悪いんや。


「おはよーございまッス……」


 横を見ると、カコがもぞもぞ起きとる。


 ……手にはポテチ。


「いつもの、復活しとるやん……」


「地球文明の勝利ッス!」


「……はぁ、呆れた」

 

 ワイはリモコンを手に取る。


 ――ピッ。


『――都内の食品製造会社で発生した設備破損について、依然として原因は不明です――』


「……まだやっとるんか、ワイらの会社のニュース」


『現場では不可解な損壊が確認されており、専門家は――』


 カコが画面を覗き込む。


「結局、宇宙人の存在自体はバレてないッスね」


「そら、『宇宙人です』言われても、誰も信じへんやろしな」


『なお、関係者への聞き取り調査によりますと――』


「……ん?」


 ワイは眉をひそめる。


「……聞き取り?」


「なんスか?」


「いや……」


 昨日までの会社での事を思い出す。


「……ワイ、何も聞かれてへんな。

 一番の当事者って、ワイやろ……?」


「こういうの、本来はウチの仕事なんスけど……、やっぱ“ナニカ”の意図で改変されてるみたいッスね〜」


「この聞き取りは、“ナニカ”に都合よく改変されとるはずや……」


 プツンッ。


 その時、テレビの電源が切れた。


「なっ、一番大事な所やのに……」


「これも、“ナニカ”の仕業ッスかね……?」


「ああ、おそらくそうやな」


「ウチら、今も見られてるッスね」

 

「せやな……。

 ……アカン、スマホでも調べられんくなっとる。

 このニュース関連の記事だけ、開けへんわ」


 ピンポーン。


「……ん?」


 玄関のチャイムが鳴った。

 開けると――


「おはようございます、課長」


 ミクちゃんや。


「……朝から、どしたん?」


「その……一緒に、出社しませんか」


 一瞬だけ、言葉を選ぶ。


「……カコも……です」


 それを聞いたカコは、後ろで呆然としとる。


「ミクちゃん、丸くなったみたいやな」


「……そ、そういうわけじゃないです……!」


 ワイは小さく笑う。


「ほな、三人で行こか」


 ミクちゃんは、ほんの少しだけ安心したように頷いた。

 歩きながら、カコも自然と会話に混ざってきた。


 三人で歩く通勤路。

 今までなかった距離感や。


「なんか変な感じッスね」


「そうですね」


「せやな」


 ぎこちないけど、悪くない。

 そこへ――


「おーっほっほ!」


 後ろから高笑い。


「おはようございますわ、皆様!」


「……出た」


「矢名井さんッス」


 開発課の四人が、自然に合流する。

 

「出社前から全員揃うのなんて、初めてやな!」


 ワイは自分で言った“全員”という言葉に、少し引っかかった。


「チーム感、出てきたッスね」


「仲良し大作戦、順調ですわ!」


「その名前、やめてくださいよ」


 ミクちゃんは、軽く笑っている。


 ――でも。


「……」


 ワイは、やはり気になる。

 “誰か、忘れとらんか……?”

 ――いや。


「……まあ、ええか」


 ◇


 会社に着く。

 みんなで話しながら歩く通勤は、あっという間やった。

 

 そして、見慣れた建物。

 見慣れたはずの事務所の中。


「……」


 一瞬だけ、足が止まる。


「課長?」


「……いや、なんでもない」


 ふと、事務所内のデスクが気になった。

 開発課は四人で全員のはずやのに、デスクは五つあった。


 いや、別に空きのデスクがあったって不思議やない。

 いつも通りの余りのデスクなんやないか……?


 ――のはずやのに。


「……なんか、静かやな」


「そうですか?」


「こんなもんッスよ」


「……せやったっけ。

 なんか、ワイにも上司とかおらんかったっけ、と思ってな……」


「私が来た時から、課長はこの部署のトップでしたわ」


「……そうやったんか」


 席に座り、パソコンを起動する。

 メールをチェックして、みんなの予定を見て――


「……なあ」


「なんスか?」


「……この部署、何人やったっけ」


 少しの沈黙。


「四人ッスよ?」


「ウチ、おじさん、ミク、矢名井さん」


「……せやな」


 納得する。


 でも――


「なんかこの予定欄、不自然に一列、抜けてるんやけど……」


 空気が止まる。

 ミクちゃんが口を開く。


「……四人……です。

 ……四人……の、はずです」


 視線が揺れる。


「……でも」


 小さく続ける。


「……誰かもう一人がいた感覚は……、あります」


「……ッスね……」


 カコも珍しく真面目な顔や。


「ウチも、なんか変な気がしてきたッス」


 矢名井さんも腕を組む。


「……認識の齟齬、ですわね」


 ワイは頭をかく。


「……ワイだけやないんやな……、気になっとったの」


 でも――


「……まあええわ。仕事、取り掛かるで」


 ワイは無理やり切り替える。

 逃げるように。


 キーボードを叩いて、レシピを作成する。

 ちゃんと“合理的”なレシピを。


 ◇


 なんやかんやで昼休みになった。

 四人で並んで話しながら弁当を食べる。

 昨日までは、あり得なかった光景や。、


「平和ッスね」


「素晴らしいことですわ」


「そうですね」


「……せやな」


 周りも普通に飯を食っとる。

 何も問題ない。


 ――はずやのに。


「……」


 ワイは小さく呟く。


「……昨日、“怒られへんかった”んやなくて」


 三人がこっちを見る。


「……“怒る人がおらんかった”だけなんちゃうか?」


「……」


 誰も、否定せぇへん。


「……なあ、ミクちゃん」


「なんです?」


「……この会社、こんな人数少なかったっけ」


「……」


 ミクちゃんが、ゆっくり答える。


「……減っています……ね。

 でも……」


 一瞬、言葉が詰まる。


「……“誰がいなくなったか”が曖昧なんです」


 カコが小さく呟く。


「……ウチの能力よりもタチ悪いッスね……」


 矢名井さんも頷く。


「おそらく、存在そのものが、まるで最初からいなかったかのように改変されていますわ……」


 ワイは、無意識に“空席のデスク”を見る。

 でも、名前も、顔も、思い出せへん。

 ただ、“おったはずや”って感覚だけが残っとる。


「……」


 誰も、それ以上踏み込まへん。

 踏み込めへん。

 まるで、そこから先は禁断の領域かのように。


 それでも、日常は続く。

 何も変わらん顔で。

 確実に、何かを失いながら。


 明日、ワイらの中の誰かが消されても――

 その時、ワイはちゃんと“覚えていられる”んやろか。

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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!

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