21.遭難中の月曜日
――ピピピピッピピピピッ♪
「……はいはい……」
反射でスマホに手を伸ばす。
……しかし、空振り。
「……あ?」
目を開けると、そこは見慣れた天井やない。
木々の隙間から、朝の光が差し込んどる。
「……あー、せやったな……」
森の中での目覚め。
昨日、遭難したまま一夜を明かしたんやった。
身体を起こすと、背中がバッキバキや。
「……ソファって、偉大やったんやな……」
隣では、カコが丸まって寝とる。
ポテチは、さすがにない。
「おはよーございま……ッス……」
寝ぼけた声で起きる。
「今日はポテチないんやな」
「……ここ、自然ッスから……」
「そこは持ってこいよ」
「荷物かさばるから、ポテチは留守番ッス」
「お前なりに考えてるんやな」
軽口を叩きながら、周りを見る。
少し離れた場所で、ミクちゃんが座っとるのが見えた。
もう起きとったみたいや。
「おはよ、ミクちゃん」
「……おはようございます、課長」
いつも通りの声。
やけど、どこか静かや。
「よく寝れたか?」
「……最低限は」
「せやろな、身体痛くないか?」
「はい。やはり、地面が硬かったですからね……」
矢名井さんは、少し離れたところで優雅に伸びをしとった。
「おはようございますわ、皆様。
仲良しサバイバル大作戦、二日目開始ですわよ」
「作戦名、変わっとるがな……」
ワイはスマホをつけるが、やっぱり圏外。
「ニュースも見れへんか……」
ふと、少しだけ違和感がよぎる。
「……なんやろな。
別に見たいわけやないんやけど、見れへんとなると、逆に違和感やわ」
「ニュース依存症ッスね」
「ちゃうわ。ええ習慣や」
「同じことッス」
やり取りはいつも通りや。
でも、昨日とは空気が違う。
ほんの少しだけ、柔らかい感じや。
ワイは立ち上がり、課長として、みんなをまとめる。
「ほな、まずは現状整理や。
・現在地は、不明。
・スマホの電波は、来とらん。
・食糧は、ない。
・そして……、今日は、七月二十四日の月曜日……」
「最後いらなくないッスか?」
「一番大事やろがい!
出勤日やぞ!!」
「課長、そこですか……」
「当たり前や」
ワイは真顔で頷く。
「無断欠勤とか、上司からの信頼、ガタ落ちやぞ……」
「命の危機より優先されるんですわね……」
矢名井さんは、久しぶりにメモを取っている。
「地球の社会人なめんなや……」
ミクちゃんはため息をつく。
「……ですが、現実問題として、早急に下山する必要がありますね」
「せやな……」
矢名井さんも頷く。
「太陽の位置からして、こちらが東ですわね。
昨日の進行方向を考えると――」
「すごいッスね。
なんで分かるんスか?」
「車の免許を取りながら、地球の常識も勉強していましたのよ」
「矢名井さん、ホンマに地球、気に入ったんやな……」
「当然ですわ」
地球にとって、頼もしい助っ人であることには、間違いなさそうやな。
「ワイらは、この山の東側から入山したんよな?
ほな、ともかく東に進むで」
◇
それから、(たぶん)東と思われる方角に歩き始めて、二時間は経った。
昨日とは違う。
ちゃんと“まとまって”動いとる。
「……カコ、足元気をつけてくださいね」
「分かってるッスよ、ミク」
「……昨日みたいに突っ走らないでくださいね」
「……ッス」
ミクちゃんの言い方も優しくなった。
カコも素直になった。
それだけで、十分や。
――そして、
「……どっちや、これ」
道が二手に分かれとった。
「こっちが下り坂ッスね」
「でも、足跡があるのはこっちです」
「……分からへんなぁ」
ワイは腕を組む。
「どう思う?」
「私は、足跡のある方を推します」
「ウチは直感でこっちッス」
「根拠は?」
「なんとなくッス」
「却下です」
「はぁ!?」
……また始まりそうやな。
「……ちょい待ち」
ワイは二人の間に入る。
「今回は、多数決やなくて“合わせる”で」
「……どういう意味ですか?」
「どっちかが折れるんやない」
一拍置く。
「両方の意見を使う」
「……?」
カコもミクちゃんも、首を傾げる。
「簡単や。
足跡の方向に進みつつ、地形はカコの直感も参考にする」
「……なるほど」
「つまり、ミクの理屈ベースに、ウチの感覚も混ぜるってことッスか?」
「せや」
ワイはニヤッと笑う。
「こないだ、学んだやろ?」
二人を見る。
「お前らは、単体やと足りひんけど、合わせたら最強なんや」
「……はい」
「……ッスね」
小さく頷く。
「それでええ。
ほな、こっちの足跡を辿るが、気になる地形があったら、すぐに言うんやで、カコ」
「……了解ッス!」
ワイらは、再び歩き出す。
今度は、さっきよりスムーズや。
「……課長」
ミクちゃんが小さく言う。
「なんや」
「……昨日の件ですが」
「ん?」
「……ありがとうございました」
「なんの話や」
「……その、カコを……」
「別にええよ」
ワイは軽く手を振る。
「上司の仕事や」
「……そうですか」
ミクちゃんは少しだけ笑った。
その前を、カコが振り返る。
「……おじさん」
「ん?」
「……その……」
少しだけ言い淀む。
「……ありがとッス」
「おう」
短い返事。
それで十分や。
◇
さらに進むと――
「……あ」
カコが声を上げた。
「なんや」
「あの地形、昨日、見たッス」
カコが指差す先。
幹の曲がった特徴的な木があった。
「……ワイは、覚えとらへん。
あったから来たってことか?」
「絶対にそうッス」
「分かった。信じるで」
ワイらはカコの記憶を頼りに、さらに道を進む。
すると……、舗装された道に出た。
「助かったんや……」
「これで帰れるッスね!」
「ええ、ここまで来たら、もう分かりますね!
流石です、カコ」
「ミクに褒められると気持ち悪いッス」
「カコさん、ここは素直に受け取りましょう」
ワイのセリフは、矢名井さんに取られた。
「……そッスね」
カコは恥ずかしそうに頭を掻いている。
「ふぅ……」
「どうかいたしましたか? 課長」
ワイのため息に、矢名井さんが反応する。
「いや……」
空を見上げる。
「午後から会社、間に合うかもしれへんな……」
「地球人は本当に仕事がお好きなんですね」
「好きちゃうわ!
スマホも電波届かんし、無断欠勤とかアカンやろ……。
まあ、今回はしゃーないとしてもやな……」
ぶつぶつ言いながら歩く。
「さすがに怒られるで……、部長には――」
――そこで、止まる。
「……あれ」
足も、思考も止まる。
「……誰やったっけ」
「……おじさん?」
カコが不思議そうに見る。
「いや……ナントカ……部長……?
……に怒られるなぁ思って……」
そこまでは出る。
でも――
「……名前……出てこんな……」
引っかかる。
何か、大事なものが抜け落ちとる感覚。
ミクちゃんが、静かに口を開く。
「……鈴香部長……ですよ……」
「……せやったっけ……?
でも、なんやろな……」
胸の奥が、ざわつく。
「……そんな人、おったっけ……」
「消されたんです。
“ナニカ”によって、存在ごと……」
ミクちゃんは躊躇なく、言った。
「……ワイ、記憶力には、自信あるんやけどなぁ……」
しっくりくるようで、こない。
ワイは頭をかく。
思い出せるはずの記憶が、うまく噛み合わへん。
「……まぁ、ええか」
そう言いながらも、胸の奥の違和感だけは、消えへんかった。
「とにかく、午後からは会社に戻れるよう、急ぐで」
さっきまでの軽さが、少しだけ消えた。
◇
ワイらのテントが見えてきた。
やっと、日常に戻れる。
――はずやのに。
「……」
ワイは、無意識に振り返る。
その森の奥の暗い影の中に、気配を感じた。
「……気のせい、か」
小さく呟く。
そして前を向くと、カコとミクちゃんが並んで歩いとる。
昨日より、少しだけ近い距離で。
「あいつら、仲良くなれたんかな……?」
でも、その光景だけは確かや。
せやけど、“思い出せへん存在”も、確かにそこにあった。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




