26-1(Side-Yanai).弓折れ「矢」尽きる
――音が、ない。
目を開けた瞬間、矢名井はそう認識した。
風も、空気の流れも、時間の進行すら感じない。
「……ここは、何ですの……?」
白い。
ただひたすらに白い空間が、どこまでも続いている。
床と壁の境界すら曖昧で、距離感も狂う。
だが、思考だけは、やけにクリアだ。
「座標は不明。それに、なんだかフワフワしますわ。
重力が……非常に小さいのですわね」
軽く足を踏み鳴らす。
音は、遅れて消えるように拡散した。
「……物理法則が、安定していませんわ」
その時――
「……その声、もしかして――」
振り返ると、そこに立っていたのは見覚えのある人物だった。
「鈴香部長……ですわよね?」
腕を組み、いつものように鋭い視線を向けてくる女性。
見慣れたその姿に、ほんの僅かな懐かしさを感じた。
「あなたも来たのね、矢名井さん」
「はい。どうやら、そのようですわ」
淡々と返す。
再会のはずなのに、感情の起伏はほとんどなかった。
今は、身に起きた現象の解明が先だった。
「鈴香部長、ここが何なのか分かりますか?」
「……“削除領域”と、説明を受けたわ」
「“削除領域”……。
誰から説明を受けたんですの?」
「誰かは分からない。
ただ、頭の中に直接“声”が聞こえたのよ」
「確かにこの、観測情報、空間構造、時間の不整合……、いずれも、“現実から切り離された領域”の特徴と一致しますわね」
「矢名井さん……、あなたって……」
「別に隠してるつもりはありませんでしたのよ。
私は、地球人から見たら、“宇宙人”と呼ばれる存在なのですわ」
「やっぱり……、時々おかしいと思ってたのよ……。
けど、なんとなくそんな気はしてたわ」
鈴香部長は少しだけホッとしたような仕草を取った。
「鈴香部長、他に人は見ていませんの?
気配は感じますわ……」
矢名井は辺りを見回す。
「あぁ、さっきまで営業部の何人かは居たけど……、今は出口を探すために四方八方に走らせてるのよ」
「さすが鈴香部長。異次元でも、えげつねぇですわ……。
とにかく、この空間は、おそらく“ナニカ”が管理しています。
きっと出口など、存在しないと考えた方が良さそうですわよ」
「“ナニカ”……って何なんだ?」
その単語に、鈴香部長はわずかに反応した。
「私たちを消した存在、ですわ……」
「そう……」
鈴香部長は、それ以上追及しなかった。
◇
どれくらい時間が経ったのか、分からない。
この空間には、“経過”という概念が薄い。
矢名井と鈴香部長は、無言のまま背中を合わせていた。
「……奇妙よね」
鈴香部長が呟く。
「何がですの?」
「あなた、やけに落ち着いてるじゃない」
「そう振る舞っているだけですわ」
「いや、普通はもっと取り乱すものよ。
だって、存在を消されたのよ?」
「合理的に考えれば、取り乱す意味はないと判断しましたので……」
二人は淡々と言葉を交わす。
「現状を分析し、最適解を探る方が有益ですわ」
「……ふぅん。
あなた、私と似たタイプなのね。
将来は部長かしら?ふふ」
鈴香部長は、珍しく笑顔を見せた。
「……鈴香部長、笑うと可愛らしいですわね」
「……なっ!」
鈴香部長は顔を赤くした。
「あなたみたいな小娘に言われたくないわよ!」
「おーっほっほ!
こう見えて私、鈴香部長の何倍も生きているんですのよ?
その笑顔、錆田課長に見せてあげれば、きっと会社でも上手くいくと思いますわ」
「サ、サビ残くんは、今は関係ないでしょ……!」
鈴香部長はさらに顔が真っ赤になる。
「……好きなんですの?」
「……!?」
「顔に書いてありますわよ。
それにしても、好きなのにイジメちゃうって、やっぱり地球人は非合理ですわね」
「べ、別に好きなんかじゃ……!
もっとこう……」
一瞬、言葉を探す。
「ちょっと、からかい過ぎましたわね」
「あなた、会社に戻ったら減給よ!
上司に対する失礼な態度で!」
「その分、錆田課長の給料に当ててくださいますわよね?」
「……さぁな」
その時――
『――業務復帰の準備が整いました』
声が、脳内に響いた。
無機質で、均一な音。
しかし矢名井には、どこかで聞いたことがあるような、奇妙な感覚を伴う声だった。
「……鈴香部長も聞こえましたか?」
「あぁ、これがさっき話した“声”だ」
白い空間の一部が歪む。
そしてそこに、黒い“穴”のようなものが現れる。
いや、穴ではない。
“存在の欠落”そのもの。
『お前は本来、この任務を担う存在だった』
「……理解しています」
『また我と共に、業務に戻らぬか?
さあ、このVOID亀裂の中へ、来るのだ』
矢名井は、躊躇うことなく、一歩前に出た。
しかし足を踏み出す直前、ほんの一瞬だけ、何かが胸の奥で引っかかった。
「……」
視線が、わずかに揺れる。
何か、大事なものを置いていくような感覚。
だが――
「……問題ありません。
今、そちらへ向かいますわ」
その違和感は、すぐに消えた。
「あなた、本気?
その穴、何なのよ……」
鈴香部長の声。
しかし、振り返ることはなかった。
そして矢名井は、その“穴”へと踏み込む。
白い空間が、遠ざかっていく。
そして――
完全に、消えた。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




